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同じ業種であっても、勤める会社が大企業か、中小企業かによって賃金には大きな差があります。では、定年まで勤めるとどれほどの差が生じるのでしょうか? 本記事では、Bさんの事例とともに、大企業と中小企業の賃金格差について社会保険労務士法人エニシアFP代表の三藤桂子氏が解説します。

年齢が上がるにつれて差が広がる賃金

一般的に、大企業に就職すると、長く勤めることができればスキルアップしながら給与も順調に上がり、いわゆる「勝ち組」といわれる人生になるのかもしれません。しかし当然、誰しもが大企業に入社するわけでもなく、また、大企業に入社できたからとしてもやりがいのある仕事、継続できる仕事というわけではないでしょう。

大企業と中企業、小企業の賃金を比較してみます。厚生労働省の賃金構造基本統計調査から、大企業と中企業、小企業では、入社時は8,000円〜1万4,000円の差ですが、年齢があがるにつれて差が広がっていき、定年間近になると男性では10万円以上の差が生じ、また男女間の差も大きくなっていることがわかります。

[図表1]企業規模、性、年齢階級別賃金、対前年増減率及び企業規模間賃金格差 出所:厚生労働省の賃金構造基本統計調査「企業規模、性、年齢階級別賃金、対前年増減率及び企業規模間賃金格差」より一部抜粋

大企業で働いてきた最高年収1,000万円超えのAさんと、中小企業で働いてきた年収640万円のBさん。2人は同じ大学の同級生で現在62歳。定年退職後の同窓会で再会した2人ですが、お財布事情はだいぶ違っていたようです。

AさんとBさんは大学卒業後に就職した会社で定年まで働き続けました。前段で、企業規模によって年齢を重ねるごとに賃金の差の開きが生じていました。では生涯賃金にしてみるとどのくらいの差が生じてくるのでしょうか?
 

[図表2]同一企業型職業生涯の生涯賃金(2022年大学卒、定年まで退職金含めない) 出所:労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2023」生涯賃金など生涯に関する指標より筆者作成

図表2のとおり、すでに大きな差が開いていますが、退職金を含めると、さらに差が広がるのがわかります。

[図表3]生涯賃金(2022年大学卒、退職金を含める) 出所:労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2023」生涯賃金など生涯に関する指標より筆者作成※学校を卒業してただちに就職し、60歳で退職するまでフルタイムの正社員を続ける場合(同一企業継続就業とは限らない)

図表3のように、企業規模で生涯賃金は約9,000万円の差が生じているのです。定年前後の同窓会では学生時代の昔話だけでなく、社会に出てからの自慢話や老後の話に花が咲くことが多いですが、Aさん、Bさんたちも例外ではありませんでした。

同窓会に訪れた2人

Bさんは、大学時代、Aさんと同じゼミに所属していました。専攻が同じだったこともあり、卒業後の志望業界が被り、当時参加していた企業説明会の会場でばったりと会うことが度々ありました。そんなAさんとBさんは、業界最大手の企業であるX社への採用面接を受け、2人とも内定をもらいました。Aさんは迷わずX社への入社を決意します。

しかし、Bさんは同時期に受けていた中小企業であるY社からも内定をもらって迷います。Y社は規模こそ小さいですが、Yさんのような志の高い若手が多く集まり、なによりも社長が非常に魅力的で、Bさんは大きな影響を受けます。こんな人になりたい、ここならやりたいことが実現できる、そのためにはこの会社へ入るしかない、とX社の内定を蹴ってY社へ入社を決めました。両親や同級生からも反対されましたが、当時のBさんの決意は固かったのです。

会社員としての生活がスタート

Y社は確かに成長過程の会社であったため、大きく業績を伸ばした年もありましたが、伸び悩んだ時期も少なくはありませんでした。結局、サラリーマン生活の後期には年収670万円程度で安定しましたが、懸命に仕事に打ち込み、妻とともに2人の子供を育てあげるために必死で生きてきたため、Aさんのことなど思い出す機会はありませんでした。

そこへ届いた同窓会の通知。社会人となってからはまったく会うことはなかった学生時代の仲間たちを思い出し、同窓会が楽しみになりました。

生涯賃金の差は「1億円」

Bさんが同窓会に少し遅れて行くと、なにやら賑わっています。輪の中心にいるのはAさんです。

Aさんの有名大企業で順風満帆に過ごしてきた話を聞くと、同級生は「そりゃすげーな」ともてはやします。身につけたブランド品を見せびらかし、定年祝いに自分には車、妻には海外旅行とカバンをプレゼントしてやったなどと自慢します。ほかにも大企業へ行った同級生たちは、身なりや話の内容など、やはり懐に余裕のある様子です。

Bさんはやりがいのある仕事をしてきたことに誇りを持っていましたし、満足した会社員人生だったと思っていましたが、Aさんのように羨望の的となるようなネタは持ち合わせておらず、ごく平凡な話になってしまいがちです。

調子に乗ったAさんは、さらに現役時代の給与の額まで赤裸々に話してくれました。聞いていると、その差が歴然とします。Bさん自身は裕福とまではいえませんが、経済的に困ることはなく、働いた分の対価はもらえていたと満足していましたが、「大企業と比べると生涯賃金で1億円も違っていたなんて……。妻にももっと楽をさせてやれたかもしれない」と子育てと仕事を両立し、何年も同じカバンを大切に使い続け、いつもくたびれた様子の妻の姿を思い浮かべ、やりきれない思いを感じました。

Aさんは、Bさんに「だから中小企業より大企業のほうがいいと助言してやったのに」と笑いました。セレブ的なAさんのお財布事情に猛烈にジェラシーを覚えたのはいうまでもありません。

生涯賃金の差が影響する「老後の年金」

偶然、同窓会でAさんと再会することによって生涯賃金の詳細を知ることになったのですが、これまでのBさんは満足の会社員人生だったわけですから、Aさんの言葉を気にせず、過ごしてほしいです。隣の芝生が青く見えることはよくあることです。BさんがX社へ就職していたとしても、いまのBさんと同じように満足できたかどうかはわかりませんから。

ただ賃金が違うということは、老後の生活設計として公的年金額も違っていることでしょう。Bさんが老後も満足いく生活を送れるようFPに相談したように、長い人生へ備えてお金について不安に感じたら専門家に相談してみることも一案かもしれません。

参考

令和5年賃金構造基本統計調査 結果の概況
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2023/index.html

独立行政法人労働政策研究・研修機構 ユースフル労働統計2023 ―労働統計加工指標集―
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/kako/2023/index.html

三藤 桂子
社会保険労務士法人エニシアFP
代表