気候変動の大きな原因となっている二酸化炭素などの温室効果ガス排出を削減するため、EUでは温室効果ガスの削減目標を排出権として売買する欧州排出権取引制度が導入されています。この仕組みを悪用して巨万の富を得た詐欺師らの手口について、作家のジェシカ・カミーユ・アギーレ氏が取材しました。

Watch It Burn - The Atavist Magazine

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国境をまたいだ巨大な炭素詐欺の立役者のひとりは、偽名を条件に取材を受けたグスタフ・ダフネです。2006年に別の詐欺事件で刑務所に入っていたダフネは、京都議定書から生まれた炭素排出権取引制度がEUに導入されることを聞きつけて、出所後にこの制度を悪用した詐欺を実行に移すことにしました。

ほどなくして大富豪になったダフネを、表社会は「炭素の王子」ともてはやしましたが、その影には詐欺スキームの考案者として仲間内で「ブレイン」と呼ばれていた別の詐欺師であるグレゴリー・ザウイがいました。ザウイはアギーレ氏に、「ダフネが王子なら自分は王だ」と語っています。

ザウイが考え出した炭素詐欺は、もともとザウイが手を染めていた携帯電話の「付加価値税(VAT)詐欺」を手本にしたもの。EUでは、加盟国同士で輸出入された物品のVATが免除されますが、これを利用して消費者からせしめたVATを当局に納めず懐に入れるのがVAT詐欺です。



ダフネと同じく、刑務所の仲間に感化されて環境ビジネスに目を付けたザウイは、出所後にフランスの環境事業プラットフォームのPowernextに電話をかけて、排出枠(EU-Allowance:EUA)にVATが課税されるかを確認しました。そして、その答えは「もちろん」でした。

フランスでは、EUAが売買される度に売り手がVATを徴収することになっていますが、EUAが流通する過程では付加価値が発生しないので、買い手は購入の際に支払ったVATの払い戻しを受けることができます。

この仕組みと前述のVAT詐欺を応用し、フランス国外からVATなしで仕入れたEUAにVATを上乗せしてPowernextに売りつけ、こっそりVATの払い戻しを受けるというのが、ザウイが思いついた「炭素版VAT詐欺」です。

確実にもうかると踏んだザウイは、マルセイユの詐欺組織を仕切っていたクリスティアーヌ・メルグラニという女と組もうとしましたが、準備が整った矢先にメルグラニが別件で逮捕され、メルグラニ名義の口座に預けていたザウイの資金にも手が出せなくなってしまいました。

パトロンを失ったザウイは次に、詐欺の計画をケヴィン・エル・ガズアニという男に持ちかけました。エル・ガズアニはザウイとは旧知の仲であり、また刑務所に入れられたザウイの保釈金を肩代わりしてくれた恩人でもあります。



利益を山分けする約束で話に乗ったエル・ガズアニとザウイは、2007年に共同でペーパーカンパニーを設立。エル・ガズアニは、まとまった金銭と引き換えなら喜んで名義を貸すような貧困層に声をかけて架空の人材を集め、企業の体裁を整えました。一方ザウイは、これまでにさまざまな会社を興してきた知識をいかして、国際的な取引ができる証券会社としてふたりの会社をフランス当局とPowernextに登録しました。

ところが、ザウイの計画はまたしても暗礁に乗り上げます。2007年の夏の終わりに、ザウイが会社のアカウントにログインしようとしたところ、パスワードが違うと表示されてログインに失敗しました。

そこで、ザウイは自分以外でパスワードを知っている唯一の人物であるエル・ガズアニにどういうことかと詰め寄りました。すると、エル・ガズアニは勇み足で投資した結果、事業が続けられなくなったので経営権を手放したと打ち明けて、その分け前としてザウイに8万ユーロ(約1350万円)を支払いました。

準備を進めていた会社を失ったのは痛手でしたが、エル・ガズアニとの友情を信じていたザウイはしぶしぶ承諾し、新しいパトロン探しを始めました。そのうちのひとりが、フランスの刑務所からの仮釈放中にイスラエルに逃亡し、自由の身になっていたダフネです。

携帯電話のVAT詐欺を通じた知り合いだったダフネに、ザウイは新しい事業を始めるのに資金が必要だと無心しましたが、詐欺から足を洗って馬主になりたいと話すダフネは取り合いませんでした。

仕方なく、ザウイは苦労して金を集めて再出発し、もくろみ通り大成功しました。この詐欺スキームが金になることが犯罪者の間で広まると、出所したメルグラニを含む詐欺師らがEUの炭素市場に群がりました。こうした犯罪者の中には、テロ組織に金を流す者もいて、VATの利益が記された書類はイスラム過激派テロリストのウサーマ・ビン・ラーディンが潜伏したパキスタンの洞窟からも見つかっているとのことです。



やっと詐欺が軌道に乗った2008年の夏、ザウイはエル・ガズアニとの共通の知人であるイガル・アビクザールという男から電話を受けます。この時、アビクザールがザウイに「エル・ガズアニがお前をこけにしていることは知っているか」と告げたことが、裁判資料に残されています。

アビクザールが言うには、実はエル・ガズアニはザウイと共同で立ち上げた会社を売却しておらず、そのまま自分でザウイが考案した炭素詐欺を行っていました。しかも、その共謀者の中には、ザウイの提案を蹴ったダフネもいました。つまり、ダフネが詐欺師を引退したというのは、真っ赤なうそでした。

ダフネは、「会社は自分が刑務所にいる間に別の人物と設立したもので、最初から自分の会社だった」と主張していますが、その共同設立者の名前は明かしておらず、アギーレ氏は獄中のダフネと会社を興したその人物こそエル・ガズアニだろうと推測しています。

また、ダフネは協力者とともに携帯電話のVAT詐欺で使ったペーパーカンパニーを維持しており、刑務所にいながらにして潤沢な資金を動かすことが可能だったため、ザウイは「欲に目がくらんだエル・ガズアニがダフネとともに自分を裏切ったのだろう」と考えています。

2009年6月までに、フランス当局は炭素市場でVAT詐欺が横行していることに気がつきましたが、EUAの取引を2日間停止してVAT制度を変更すると発表しただけで、有効策を打ち出すことはできませんでした。そうこうしているうちに、フランスの国庫から膨大な額の公金が盗み出されているとマスメディアが騒いだことで、フランスの炭素市場は一夜にして崩壊しました。



問題が明るみに出たとき、ダフネはとうにフランスからイスラエルに逃れた後でしたが、イスラエル警察は炭素詐欺とは無関係な暴力団がらみの別件でダフネを逮捕し、「フランスに送還されたいか、イスラエルの刑務所で性的虐待を受けたいか」と迫りました。そして、フランスに到着したダフネは炭素詐欺で告発され、芋づる式にエル・ガズアニやザウイも逮捕されました。

ザウイは当初、エル・ガズアニとダフネに関する情報を提供すれば自分は訴追を免れると思っていましたが、結局は自分を裏切った男たちとともに裁判にかけられることになりました。

その後、一連の詐欺事件でダフネらが使った企業・Crépusculeに関する裁判が2017年5月に始まり、エル・ガズアニは懲役7年、ダフネは懲役9年、ザウイは懲役6年の有罪判決を受けました。また、エル・ガズアニとダフネには100万ユーロ(約1億7000万円)、ザウイには30万ユーロ(約5000万円)の罰金も言い渡されました。



詐欺が気候変動と戦うEUの取り組みに影響を与えたか尋ねるアギーレ氏に、ダフネは「詐欺がいいことだと言っているわけではないが、詐欺がなかったら炭素の取引量はゼロだっただろう」と話しました。

また、ザウイは3年間刑務所に収監された後で釈放されましたが、新しく事業を始めることは禁止され、罰金を支払い終えるまで収入の一部をフランス政府に納付することが義務付けられました。その後、ザウイは炭素詐欺に関する本を書いたり、トークショーを開いたりした後、政治家になるべく選挙に出馬しましたが、落選しました。

両親は他界し、妻子とも疎遠になったというザウイですが、投獄される恐怖からは解放されており、アギーレ氏に「自由は金に換えられない」と話したとのことです。