工事現場を支えている下請け会社の立場が高まるか(撮影:今井康一)

変革の意識が乏しく、昔ながらの慣習が数多く残る「レガシー産業」の建設業界に、時間外労働の上限規制の適用という「2024年問題」が襲いかかる。

『週刊東洋経済』3月30日号の特集は「ゼネコン下剋上」。変革ののろしが上がる。


「今は力関係でいえばゼネコンよりサブコンのほうが上だ」。複数のゼネコン関係者はこう嘆く。

建設業界は元請けであるゼネコンを頂点に、重層構造になっている。仕事を発注するゼネコンと、受注する側であるサブコン(空調設備や電気設備などの専門工事会社)を含む下請け会社との間には、「殿様と家来の関係」(内装工事会社の社長)と言われるほど明確な上下関係があった。

しかし今、そのヒエラルキー構造が変わりつつある。

「引き受けてくれるサブコンをなかなか見つけられなかった」と肩を落とすのは上場中堅ゼネコン・大豊(だいほう)建設の幹部・A氏。2月9日、大豊建設は今2024年3月期の最終損益が16億円の赤字に転落する、と公表した。

「湯水のごとくお金がかかった」

理由は、あるホテルの建築工事で「最終段階の設備工事に入ったところで、サブコンが万歳した(工事を放棄した)」(A氏)ためだ。デザイン性の高いホテルにもかかわらず、そのサブコンは施工仕様を十分に認識していなかった。工事をこなせないと、今年1月に入って突如判断したという。

引き受けてくれる別のサブコンを何とか見つけたが、「2月の竣工に向けて超突貫工事となり、湯水のごとくお金がかかった」(A氏)。

準大手ゼネコンの社員も「最近、サブコンは工事を簡単には引き受けてくれなくなった」と話す。足元では工事発注者からの受注を決める前に、まずサブコンを確保するというゼネコンが増えている。


3つの新秩序が生まれつつある

建設業界は「2024年問題」への対応に必死だ。「働き方改革関連法」に基づく規制が4月から適用され、時間外労働を月45時間・年360時間以内に収めなければならない。労使合意で36(サブロク)協定を結んでいても年720時間が上限とされる。違反した場合は刑事罰の対象になる。

長時間労働の慢性化や若者の流入不足など多くの構造問題を抱える建設業界は規制適用を変革の好機と捉える。「今年がラストチャンス。変革しなければ人が業界に入ってこない」(協同組合東京鉄筋工業協会の飛田良樹理事長)。

変革機運が高まっており、2024年問題を機に、建設業界には「下剋上」ともいえる3つの新秩序が生まれつつある。


1つ目は冒頭で述べたゼネコンとサブコンの立場の逆転だ。「かつては工事代金や工期を厳しくする『サブコンいじめ』があったが、今はとてもそんなことはできない」(準大手ゼネコン幹部)。

サブコンは、半導体工場や製薬工場など、空調や電気に高度な設備を求める工事も多く手がける。近年はこうした利益率の高い工事の選別受注を強化している。

工場の設備工事はゼネコン経由ではなく、メーカーから直接受注することも多い。「直接受注したほうが利益率は数%高い」(大手サブコンの幹部)という。

今やサブコンにそっぽを向かれると自分たちの工事が進まないこともあり、ゼネコンはサブコンなど協力会社の囲い込みを強化する。戸田建設は「協力会社に選んでいただけるゼネコンになる」(山嵜俊博副社長)と、サブコンなどとの連携を密にする。「最近はスーパーゼネコンがサブコンを接待でもてなしている」(土木工事会社の幹部)といった声も聞こえる。

2つ目はハウスメーカーがゼネコンを凌駕しつつあることだ。

ゼネコンは長年、住宅を手がけるハウスメーカーを下に見る傾向にあった。だが大和ハウス工業が準大手ゼネコンのフジタを傘下に入れるなどゼネコン化して、業容を拡大。大和ハウスの23年3月期の売上高は5兆円に迫り、ゼネコン首位の鹿島の2倍超に膨らんだ。

「2024年問題」でも大和ハウスは先手を打つ。ゼネコンは工事現場の4週8休(週休2日制)の実現が約8割だが、大和ハウスは「かなり前から4週8休ベースの受注」(村田誉之副社長)をしており、今ではおよそ90%の工事現場で実現している。

生産性の低さが指摘されるゼネコンに対し、大和ハウスはDXでも先行する。20年に建設デジタル推進部を設置し、「相当な額をDX領域に投資してきた。2024年問題を見据えてデジタル技術を積極的に活用する」(村田氏)。

デベロッパーとの力関係

新秩序の3つ目はゼネコンがデベロッパーへの発言を強めていることだ。

再開発工事を発注するデベロッパーの立場は圧倒的に強い。最近は大型再開発が多く、工事代金が巨額化し、失注したときの痛手が大きいため受注競争が激化。大手ゼネコンは、工事代金のダンピング(不当な安値受注)だけでなく、工期のダンピング(短工期の受注)にも手を染めた。

しかし足元ではゼネコンもデベロッパーに対する発言を強め、工期の適正化に動いている。鹿島の天野裕正社長は「われわれの工期の提案を理解していただけなければ、受注できなくてもやむなしとする事例も出てきている」と語る。

ゼネコンの業界団体である日建連も後押しする。23年7月、「適正工期確保宣言」を掲げ、会員企業に徹底するように呼びかけた。「建設業の働き方として土曜日に仕事をするのは当たり前という常識を変えなければならない」と日建連の山本徳治事務総長は話す。

3月8日には政府が、工期のダンピングを禁止する建設業法改正案を閣議決定した。

いびつだった業界構造が2024年問題をきっかけに改善され、労働環境の向上につながれば理想的だ。だが、対応に手をこまねいている中堅・中小ゼネコンは多い。

労働環境が変わらず、若者の就労が減り続ければ「将来的にインフラ構築を手がける人材が極端に不足する」(準大手ゼネコン社員)。社会問題に発展する懸念があるだけに、建設業界は本気の意識改革が求められる。


(梅咲 恵司 : 東洋経済 記者)