“上”に対する態度と“下”に対する態度が違う人の心理に迫ります(写真:mits/PIXTA)

「精神科を受診する患者の最も多い悩みは、職場の人間関係に関するもの」と精神科医の片田珠美氏は言います。本稿は、片田氏の新著『職場を腐らせる人たち』より一部抜粋・再構成のうえ、職場の困った人たちの心理に迫ります。

強い自己保身欲求と上昇志向

IT系企業に勤務する40代の男性課長は、自分の上司に対する態度と部下に対する態度が全然違う。部長や役員に対しては平身低頭で穏やかだが、部下に対しては横柄で、「なんでこんな簡単なことができないんだ」「君の頭は小学生レベルか」などと暴言を平気で吐く。

そのため、部下が何人もメンタルを病んで休職中であり、次々に辞めていく。しかし、部下が会社の上層部に訴えても、「あの温厚な課長がそんなことをするわけがない」と言われ、取り合ってもらえないという。

この課長のように部下には暴言を吐くくせに、上層部にはぺこぺこする上司はどこにでもいる。たとえば、アパレル会社のショッピングモール内にある店舗に赴任してきた40代の男性店長は、店員が少しでももたもたしていると、「どうしてそんなにとろいんだ」「君の仕事が遅いから、能率が落ちるんだよね」などと怒鳴る。

また、店長には、これはこうしなければならないと思い込んでいる手順があるようで、それと少しでもずれたことをする店員がいると、客の前でも大声で叱責する。なかには、閉店後1時間以上、仕事の手順や接客態度などについて延々と罵倒され、「ちゃんとわかってんのか」と胸ぐらをつかまれた店員さえいるらしい。そのせいか、この店長が赴任してから3カ月足らずで、2人の店員が退職した。

もう1人の20代の男性店員も、店長から些細なことで責め立てられる出来事があって、それ以降、頭痛や目の奥の痛みを感じるようになった。そのうえ、店長とシフトが一緒になる前日には決まって気分が落ち込んで意欲も低下し、眠れなくなったため、私の外来を受診した。

この店員は、仕事自体は好きで、他の従業員や上司との関係は良好なため、継続して勤務したいという気持ちが強かった。しかも、人員不足の職場で自分が休めば迷惑をかけるため、できる限り休みたくないという希望だったので、軽い睡眠導入剤を処方した。

その後、この店員は本部の人事部長に相談し、なるべく店長と一緒に働かずにすむようにシフトと出退勤時刻の調整をお願いした。できれば他店舗に異動したいという希望も伝えたのだが、それに対して部長からは「あの温厚な店長がそんなことをするなんて信じられない。接客態度が悪かったら注意するのは当たり前だ。今時の若者は辛抱が足りないって話もよく聞くしなあ」という答えが返ってきた。調整と異動についても、部長は「検討する」と言ったものの、実際には何の配慮もしてもらえないまま、店員は服薬しながら働き続けている。

たしかに、今時の若者は叱責への耐性が低く、すぐ辞めるという話はあちこちで耳にする。だが、少なくともここで取り上げたIT系企業とアパレル会社では、課長もしくは店長の暴言や叱責などによって部下が何人も辞めており、上司の言動にまったく問題がなかったとは到底思えない。にもかかわらず、2人とも上層部から「温厚」と評されており、部下に対する“乱暴”ともいえるふるまいについても、「信じられない」という反応が返ってきている。

その一因として、2人とも“上”に対する態度と“下”に対する態度が全然違うことが挙げられる。私の外来に通院中のアパレル会社の店員によれば、本部から社長と役員が店舗の視察に来た際、店長は非常に礼儀正しく、きわめて丁寧な口調で話しており、日頃の言動と全然違うので、唖然としたという。

こうした違いは、自己保身欲求と上昇志向が強い人にしばしば認められる。その人に気に入られるかどうかで自分の出世が決まる“強い”相手、つまり人事権を握っている上層部に対しては極力下手に出て、自分の言いたいことも言わず従順にふるまう。

逆に、どんな暴言を吐いても、どれだけ厳しく叱責しても、自分の地位を脅かすことはありえない“弱い”相手、つまり何の権力もない部下に対しては、言いたい放題で、自分のやり方を押しつける。もしかしたら、“強い”相手の前では抑圧している分、その反動が出て、“弱い”相手に対してはより強圧的になるのかもしれない。

強い特権意識

この手の上司に共通する特徴として、特権意識が強く、「自分は上司なのだから少々のことは許されるはず」と思い込んでいることが挙げられる。こういう思い込みがあると、「普通の人に適用されるようなルールは自分には関係がない」「普通の人には許されないことでも自分だけは許される」と考えがちで、その結果パワハラまがいの言動を平気で繰り返す。

特権意識に拍車をかけるのが過去の成功体験だ。IT系企業の課長は、新しいソフトを開発して大ヒットさせた実績があり、アパレル会社の店長も、以前勤めていた複数の店舗で売り上げを伸ばした実績があるらしい。このように実績があると、どうしても特権意識を抱きやすい。しかも、自分のやり方で成功したという自負があるのか、それを他人にも押しつけがちになる。だからこそ、部下のやり方が少し違うだけで、怒鳴ったり叱責したりするのだ。

とはいえ、そういうことも許容されるのが世の常だ。上層部としては、稼ぎ頭に辞められたら困るというのが本音だろう。それほど稼げるわけでもない下っ端が何人メンタルを病もうが、退職しようが、大した痛手ではなく、代わりはいくらでもいるので、また雇えばいいくらいに上層部は思っている可能性が高い。上層部の顔色を常にうかがっている上司ほど、こうした認識を敏感に感じ取るので、さらに特権意識に拍車がかかる。

想像力の欠如

特権意識が強い上司ほど、自分の暴言や罵倒で部下がどれほど傷つき、つらい思いをするかに想像力を働かせることができない。いや、それどころか想像してみようとさえしない。想像力が欠如しているからこそ、感情に任せて暴言を吐き、罵倒し続けるのだろう。


もっとも、想像力の欠如を無自覚に露呈させるのは“下”に対してだけである。逆に、“上”に対しては、自分の言動がどう受け止められるか過剰ともいえるほど警戒し、不快感や反感をかき立てないよう慎重にふるまう。“上”からどう見られるかが最大の判断基準になっているからであり、そのおかげか“上”から気に入られ出世することも少なくない。

ところが、このような涙ぐましい努力が想定外の事態を招くこともある。センサーの感度を極力上げて、“上”にいい印象を与えられるように頑張っていたのに、その“上”が何らかの事情で退社したり、権力を失ったりする場合だ。そうなると、それまでの気遣いがどこにいったのかと首を傾げたくなるほど、ぞんざいな対応をするようになる。

よく聞くのは、ポストオフや定年後再雇用になった元上司に対して、一切話しかけない、場合によっては挨拶も返さない元部下がいるという話だ。元部下の豹変に悩んで落ち込み、眠れなくなった定年後再雇用の男性が私の外来を受診して、「管理職ではなくなり、何の権限もなくなった奴は無価値だと向こうは思っているから、ぞんざいに扱うのでしょうか」と尋ねたこともある。

聞けば、この男性が上司として人事権を握っていた頃は、挨拶さえしなくなった元部下は非常に従順で、盛んに媚びへつらっていたそうだ。しかも、この男性の定年後その後釜に座ったという。

この元部下のように、話しても挨拶しても一文の得にもならないと思えば平気で無視する人はどこにでもいる。根底に潜んでいるのは損得勘定であり、相手の地位や役職を見て行動し、平気で態度を変える。しかも、それを恥ずかしいとも、後ろめたいとも思わない。

(片田 珠美 : 精神科医)