岸田文雄首相(写真:時事)

自民党の安倍派(清和政策研究会・解散決定)などによる巨額裏金事件の真相究明のための衆参両院政治倫理審査会での関係者弁明が、18日の下村博文元文科相の出席で「当面の一区切り」(自民国対)となった。

ただ、安倍派幹部の“ラストバッター”として発言が注目された下村氏は、これまで出席した5人の幹部と同様に、「知らぬ存ぜぬ」と事件関与を完全否定。これには野党だけでなく与党内からも「火に油を注いだ」との不満・批判が噴出し、自民執行部の「政倫審弁明で幕引き」との思惑は「大外れ」(同)となった。

焦る岸田文雄首相ら自民執行部は、早急に80人を超える「裏金議員」への厳しい処分を下すことで、事態打開を図る構えだ。しかし、岸田派(宏池会・解散決定)の元会計責任者が立件されたことに伴う岸田首相自身の処分も絡むだけに、「国民を納得させる処分は極めて難しい」(自民長老)とみられており、時期、内容も含めて不透明感が強まるばかりだ。

野党側は、衆院政倫審に出席した安倍派5幹部と池田佳隆衆院議員(自民除名)の6議員の証人喚問を要求するとともに事件解明のカギを握るとみられている清和研元会長・森喜朗元首相の国会招致も迫る。これに対し、岸岸田首相も森氏を直接事情聴取する意向もにじませているが、「森氏が真相をしゃべるはずがない」(同)との見方が支配的。

このため、今後は岸田首相の指導力や決断力が一段と厳しく問われることになり、内閣と自民党の過去最低レベルの支持率に苦闘する岸田政権は、当面最大の焦点となる「4・28トリプル補選」に向け、さらなる窮地に追い込まれつつあるのが実情だ。

「キックバック復活」の経緯は不明のまま

下村氏の政倫審弁明は、18日午前からの参院予算委集中審議終了前の同日午後3時過ぎから行われた。同氏は清和研でかつて事務総長や会長代理を務め、故安倍晋三元首相の最側近として知られる。その一方で、現在も同派に強い影響力をもつ森氏との険悪な関係も際立っていただけに、弁明の内容が注目されていた。

当然、野党側は森氏の関与も含めて「新たな事実の証言」を期待していたが、下村氏は、パーティー券販売のノルマ超過分がキックバック(還付)されていることを「知らなかった」としたうえで、派閥の会計についても「全く関与していなかった」と主張。そのうえで「還付を決めたり、政治資金収支報告書への不記載を指示したり、了承したことはまったくないしあり得ない」と繰り返した。

下村氏への質疑で最大の焦点だったのは安倍派での「キックバック復活」の経緯。2024年4月に、安倍派会長時代の安倍晋三元首相が招集した幹部会合で、安倍氏が示した「現金でのキックバック中止」の方針を下村氏ら幹部が了承したにも関わらず、安倍氏死去後の同年8月以降に復活した経緯とその真相だった。しかも、これまで政倫審で説明した安倍派5幹部の間で説明が食い違っていたこともあり、2回の会合に出席していた下村氏の証言が注目されていた。

「ある人」が誰だったか記憶にないー下村氏

下村氏は弁明で「キックバックの是非」を巡る2回目となった8月5日の会合について、「今後の清和研の運営の仕方や、安倍さんの葬儀についての話が中心だったが、会合でも還付はやめるというのが前提だった」としたうえで「(ノルマ超過分を)戻してもらいたい人にどんな方法が取れるのかということで、個人でパーティーをした時に派閥が購入するというふうな方法があるのではないかと『ある人』が言った」と語った。

ただ、この「ある人」が誰かと詰問されると「だれが最初に言ったのかは覚えていない」と、他の出席者と口裏を合わせるように明言を避けた。さらに、「キックバックの復活は8月5日より後の会合で決まったはず。私はその会合には出ていないので、どこで決まったか、まったく分からない」と繰り返した。

こうした「知らぬ存ぜぬ」の下村発言は、それまでの安倍派幹部の「すべては歴代会長と事務局長が決めたことで、我々は全く関与していなかった」との弁明に沿った内容。それだけに野党側だけでなく与党内からも「歴代会長でただ一人存命な森氏に聞くしかない」(自民若手)との声が相次ぎ、野党側も「証人喚問も含めた森氏の国会招致」(立憲民主国対)の早期実現を強く要求する方針だ。

そもそも森氏は首相在任中を除いて1998年から2006年にかけて清和研会長を務めていた。裏金事件に関する自民の聞き取り調査の報告書にも、政治資金収支報告書への組織的な不記載が始まった時期を「遅くとも十数年前、場合によっては20年以上前」と書かれている。同派座長の塩谷立元文科相も3月1日の衆院政倫審で「二十数年前から始まったのではないかと思う」と説明した。

ただ、同氏を含め、衆参の政倫審に出席した塩谷立元文科相、松野博一前官房長官、西村康稔前経産相、高木毅前国会対策委員長、世耕弘成前参院幹事長の6氏はそろって「森氏が関与していたという話は聞いたことがない」(西村氏)などと弁明。岸田首相も3月6日の参院予算委で「具体的に森元総理の関与を指摘するような証言は確認されていない」と答弁していた。

「裏金議員」80人超の処分の行方も不透明

ただ、その岸田首相も、ここにきて森氏をめぐる発言を修正し、3月15日の国会質疑では、「関係者に対する追加聴取を党で検討している」としたうえで、「関係者の中には森元首相も入ると認識している」と述べた。このため、与党内にも岸田首相が自ら森氏に事情を聴くしかない」(自民幹部)との声が強まり、岸田首相の対応が注目されることになった。

そうした中、18日の下村氏の弁明を受け、自民党執行部が裏金事件に関与したとされる安倍派と二階派(志帥会、解散決定)の議員80人超を4月上旬にも処分する方向で検討していることを一部メディアが報じた。

岸田首相の指示で処分を決める立場の茂木敏充幹事長は17日の自民党大会後、記者団に対して処分の重さについては「一律に全員同じにはならない。『上に甘くて下に厳しい』という組織であってはならないと考えている」として派閥運営における責任が大きい元幹部には相対的に厳しい処分を科す考えを示した。

その一方で、自民党内には「最も重い『除名』は見送るしかない」(幹部)との声が支配的だ。というのも、派閥幹部により厳しい処分を科す場合、派閥の領袖だった岸田首相(自民党総裁)も処分対象にせざるを得ないからだ。このため、「厳しい処分と口で言っても、実際は(当該議員の)致命傷になるような処分はできない」との見方が少なくない。

「会期末解散」も困難視する声が支配的に

そうした中、岸田首相は18日の参院予算委で、「処分前の衆院解散は考えていない」と明言。そのうえで解散時期については、「まずは信頼回復のために、党として政治責任のけじめをつける。この国会で、再発防止策の法律を成立させることによって確定する」と述べた。

この発言は「通常国会会期中に政治資金規正法の抜本改革を具体化できれば、会期末解散もあり得ることを示唆したもの」(自民長老)と受け止める向きが少なくない。ただ、4月28日投開票となる衆院の島根1区、東京15区、長崎3区でのトリプル補選は「全敗もあり得る」(自民選対)とされるだけに、「岸田首相が多くの関門を乗り越えて会期末解散にたどり着くの可能性は極めて低い」(閣僚経験者)との声が広がるばかりだ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)