リニア中央新幹線・東百合丘工区で進むトンネル工事の現場(撮影:尾形文繁)

地表にぽっかり開いた大きな穴を工事用エレベーターでゆっくりと下りる。距離にして約100m。その高低差は25〜30階建てのビルに相当する。目まいがしそうな深さだ。

地底に到着すると直径約14mの巨大なトンネルが広がっていた。その133m先には黄色いカラーのシールドマシンがでんと構える。リニア中央新幹線、東百合丘工区(神奈川県川崎市)で進むトンネル掘削の最前線である。

首都圏でも進むトンネル工事

リニア中央新幹線といえば、工事が始まらない静岡工区をめぐる話題ばかりが取り沙汰されるが、品川―名古屋間のほかの工区では粛々と工事が行われている。山梨県内では、リニア実験線を除く本坑としては初めて、全長約710mの第一南巨摩トンネルが2023年10月に貫通した。そして首都圏では、品川駅と神奈川県駅(仮称、相模原市に設置予定)を結ぶ第一首都圏トンネルのうち、東百合丘工区で調査掘進が完了した。

第一首都圏トンネルの全長は約37kmで、4つの工区に分かれる、そのうちのほぼ中間にあたる東百合丘工区の全長は約4.2km。全体が地下40m以上の大深度地下使用区間で、シールド工法により掘進工事が行われる。


トンネル工事の現場は深さ約100m。縦穴は完成後に非常口として使われる(撮影:尾形文繁)

シールド工法は地盤が比較的柔らかい都市部の大深度トンネル工事でよく用いられる。トンネルの地上に設けられた大きな穴からシールドマシンの部品を下ろし、地下で組み立てて掘進を始める。

鋼鉄製の筒状の機械に付けられたカッターヘッドが回転しながら前方の土砂を削り取り、ベルトコンベアで土砂を後方に運ぶ。掘った部分が崩れてこないように、掘進作業と並行してセグメントと呼ばれるパネルで壁を造る。工事完了後、シールドマシンは分解して地上に搬出される。ほかの工区で再利用されることもある。東百合丘工区では作業用の縦穴は完成後に非常口として用いられる。

2017年2月に縦穴の工事が始まった。その後、シールドマシンのパーツを地下に下ろして組み立てた後、2023年3月から9月までシールドマシンによる調査掘進を実施した。地表面の変位、振動・騒音、地下水位などを何度も計測しながらゆっくりと掘進し、半年かけて周辺環境への影響を確認した。


トンネルを掘削するシールドマシン(撮影:尾形文繁)

「調査掘進」は計画どおり完了

2020年10月、東京外郭環状道路の地下トンネル掘削工事で東京都調布市内の道路が陥没するというトラブルがあった。その原因の1つはシールドマシンが掘進過程で想定より多くの土を取り込みすぎたという施工ミスだった。リニアの工事で同じ失敗は許されない。

調査掘進では泥土圧や取り込み土量の管理、泥土の性状確認などにとくに注意を払った。地表に騒音計や振動計を置いて地表への影響を確認したほか、周囲の井戸もチェックして水位の変化の有無も調べた。「調査掘進は概ね計画どおり完了した」とJR東海・中央新幹線神奈川東工事事務所の小野口博之所長は話す。


工事について説明するJR東海・中央新幹線神奈川東工区の小野口博之所長(撮影:尾形文繁)

現在、シールドマシンは133mの地点で停まっているが、今後はセグメントの搬入設備や掘削した土砂を搬出するベルトコンベアなどの設置といった準備工事の完了後、9月頃から本格工事となり再び動き出す予定だ。本格工事に際しては「住民と直接、工事関連の話し合いができるオープンハウスや24時間対応の受付ダイヤルを設置して住民のみなさまの不安が解消されるよう努める」(小野口所長)。工事完了予定は2026年12月である。

この工区ではおよそ20人が働いている。カッターヘッドで土を削る作業は地上のオペレーションセンターで操作している。


地上のオペレーションセンター。カッターヘッドで土を削る作業を操作している(撮影:尾形文繁)

実際の作業では、名古屋方面に向けて1日あたり10mずつ掘進する計画だ。休日や予備日を加味すると1カ月で200m程度の掘進を予定している。1年で2.4km、2年で4.8kmという計算となり、2026年12月の工事完了は余裕を持った計画といえる。

1人で突っ走る静岡県の川勝知事

唯一工事が進まない静岡工区の状況はどうなっているのか。工事の許認可権限を持つ静岡県の川勝平太知事は「リニア推進派」を自認するが、その言動は「リニア反対派」と言わざるをえないものばかりだ。本来なら、知事の発言は県民の声を代弁したものであるべきで、そのためには県民との密なコミュニケーションは欠かせないが、川勝知事の場合は異なるようだ。

たとえば、南アルプスの環境保全に関して国の有識者会議が2023年12月に報告書をまとめており、会議には県もオブザーバーとして参加しているが、大井川流域の8市2町の首長たちは、「県から報告書に関して説明してもらったことはない」という。

流域市町の首長たちから、「ぜひ話を聞きたい」という要望があり、1月21日に有識者会議の中村太士座長(北海道大学教授)や国土交通省の村田茂樹鉄道局長らが静岡県を訪問、静岡市役所で難波喬司市長、および島田市役所で染谷絹代市長ら大井川流域の8市2町首長らと相次いで意見交換した。


1月21日に開いた有識者会議座長や国交省鉄道局長と大井川流域8市2町首長との意見交換会(記者撮影)

どちらの会談も冒頭挨拶を除き非公開。会議後の報道陣への取材で、難波市長は、「南アルプスの環境への影響をどのようにして低減するかについて意見交換した」と話した。

難波市長の信条は「ゼロリスクはない」。想定されるリスクを事前にできる限り洗い出し、その対策を考えておくべきという立場を取る。「大井川の水は1滴たりとも他県には渡さない」というゼロリスク主義の川勝知事よりははるかに合理的である。それでも報告書がまとめた環境への影響の予測は不十分に映る。難波市長は「生態系への影響が出たら対策をするのではなく、生態系への影響を事前に推測し、どうするかあらかじめ考えておくべき」という話をしたが、委員からは「それは困難だ」という返答があったという。


1月21日の意見交換会後、取材に応じる静岡市の難波喬司市長(記者撮影)

中村座長は、「あまり細かく推測しすぎると、本当に起きると誤解されかねない」と説明している。「今回の報告書がパーフェクトなものとは思っていない。何年かけてもパーフェクトなものはできない。不確実性の中で決めていかなくてはいけない」。中村座長と難波市長、双方の考えを聞くと、事前の影響評価とその対策に関する程度の差こそあれ、同じようなことを話しているように感じられる。お互いが納得する妥協点はどこかに見出せそうだ。

JR東海と川勝知事、深まる溝

8市2町の首長との意見交換については、中村座長、染谷市長がともに「理解が深まった」と話し、有意義な会議だったことが感じられた。流域市町の首長たちからは国の関与をもっと強くしてほしいという発言があったという。村田局長は「環境対策をJR東海だけに任せるのではなく、国としてもJR東海の取り組みを継続的に監視していく。そのための体制作りについて現在検討している」と話す。ムードは悪くない。

1月24日、JR東海はリニア事業に関する報道向け説明会を静岡市内で開催した。年末年始にかけて川勝知事から出されたさまざまな発言が、JR東海が発表している事実と異なる点が多くあり、誤解を与えかねない状況になっているため、あらためてJR東海の考えを直接説明したというのがその趣旨だ。

静岡マスメディアの理解は深まったかもしれないが、川勝知事はそうではなかった。川勝知事は29日の定例記者会見で、「事実誤認はない」と反論。両者の対立構造が鮮明になり、その溝は深まるばかり。首都圏のトンネル工事が順調でも、静岡では“トンネル”の出口がまったく見えない。

2月5日には県が生態系への影響など47項目の懸念について会見を開く予定だ。7日には村田鉄道局長が県庁を訪問し川勝知事と面談する。はたして事態の打開につながる一歩となるか。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)