紫色に衣替えした京阪電気鉄道石山坂本線の石山寺駅。車両は「びわこ号色塗装」の600形(記者撮影)

「琵琶湖の水、止めたろか」は、プライドが高く“いけず”な京都人に対して滋賀県民が言い放つ決まり文句として、あまりにも有名なフレーズだ。そして「水の出口である琵琶湖疏水と瀬田川の堰は滋賀県の管轄でない」「実際に水を止めると困るのは滋賀県」という“マジレス”までがセットでご当地ネタの定番となっている。

琵琶湖疏水と瀬田川を沿線に抱えるのが京阪電気鉄道の石山坂本線(いしやまさかもとせん)だ。2両編成の電車が走る14.1kmの路線で「石坂線」とも呼ばれる。沿線はいま、大河ドラマ『光る君へ』を機に盛り上がりを見せている。

滋賀を走る京阪の路線

京阪電車はその名の通り、京都と大阪を結ぶ。京都市の出町柳と大阪市の淀屋橋の間では有料座席の「プレミアムカー」を連結した特急や快速急行が行き交い、同社の大動脈となっている。

三条駅では京都市営地下鉄東西線の三条京阪駅と地下で乗り換えられる。地下鉄東西線は、西端には京福電気鉄道嵐山本線の嵐電天神川駅、反対側の端にはJR奈良線や京阪宇治線の六地蔵駅がある。

その地下鉄東西線の途中、御陵(みささぎ)駅から東へは京阪の京津線が延びる。府県境を越えて滋賀県に入り、びわ湖浜大津駅に至る。1997年の東西線開業前は三条―御陵間が路面電車のように地上を走る併用軌道だった。

東西線と京津線は直通運転をしており、逢坂山越えでは登山電車のような急曲線・急勾配、大津市内では併用軌道区間と、地下鉄に入る車両ながらバリエーションに富む車窓が楽しめる。時間はかかるが、京都市中心部から混雑する京都駅を経由せずに直接大津方面へ抜けることができる。

そして、びわ湖浜大津駅から南北に走るのが石坂線。この石坂線と京津線と合わせて「大津線」といい、京阪電車にとっては京都と大阪に加え、もう1つの拠点エリアとなっている。JR東海道本線との乗換駅である京阪石山駅から南へ、終点にあるのが石山寺駅。途中の唐橋前は、瀬田川に架かる旧東海道の名所「瀬田の唐橋」の最寄り駅だ。


京阪石山駅付近の踏切を通る石坂線の電車(記者撮影)

駅から石山寺の山門までは徒歩で約10分の距離があるが、途中の参道や門前に店舗が並んでいて、それほど遠くは感じない。石山駅から山門前まで京阪バスを使う手もある。

石山寺は、747年に聖武天皇の勅願で良弁が創建したと伝わる古刹。良弁は東大寺の開山で、一説には幼いころ、母親が農作業をしている隙に鷲にさらわれ、奈良の二月堂まで連れてこられたところを助けられ僧として育ったという。

『源氏物語』ゆかりの古刹

大河ドラマで吉高由里子さんが演じる紫式部は、同寺で『源氏物語』の構想を練ったとされる。本堂には「源氏の間」と呼ぶ一角がある。内陣の硅灰石の上に座す本尊如意輪観世音菩薩は「日本で唯一の勅封秘仏」で、33年に1度、または天皇即位の翌年に開帳される。石山寺は花山法皇が再興したとされる西国三十三観音巡礼の第13番の札所でもある。


石山寺駅からは徒歩約10分。石山駅から山門前まで路線バスでもアクセスできる(記者撮影)

石山寺駅は1914年、大津電車軌道によって開業。1924年7月に同社が発行した『遊覧案内』によると、1913年3月1日に浜大津―膳所間が開通、1914年1月12日に石山駅前、2月15日に石山寺まで延伸した。また「電車は螢谷を以て終點とし、モーターボートを以て石山寺に連絡する。三井寺下から螢谷までの間、電車の旅行で車窓の外に湖畔の風光を賞した乗客は、こゝで自ら畫中の人となつて目差石山百歩の處に到着するのである」との記述がある。同書添付の路線図を見ると当時の駅名は蛍谷で、石山寺まで「電車連絡船」があったことがわかる。


50年以上前の石山寺駅の姿。写真の260型車両は1957年製(写真:京阪電車)

大津電車軌道は1927年に太湖汽船と合併して琵琶湖鉄道汽船となった。その鉄道部門は1929年に京阪電気鉄道へ合併された。蛍谷は1937年に石山寺に改称。駅名は1950年に石山蛍谷へと変わり、1953年に石山寺に名称が戻っている。

駅全体を紫色に衣替え

現在の駅は3面2線の頭端式ホームで日中は無人の小さなターミナル。朝は滋賀県立石山高等学校に通学する生徒たちが降りてきてにぎわうほか、路線バスから電車に乗り換えて石山駅方面へ向かう通勤客も多いという。乗降人員は2022年時点で2237人(11月8日調査)と、大津線管区の27駅中、11位となっている。

京阪電車は大河ドラマの放送に合わせ、紫式部をイメージして駅全体を紫色に衣替え。駅の正面には土佐光起筆『紫式部図』をデザインした看板を設置した。


柱や屋根、柵が紫一色になった石山寺駅の構内(記者撮影)

大津営業部営業課の中島喜久夫運輸係長は「大阪・京都・滋賀を結ぶ路線のネットワークで琵琶湖までお客さまを誘致するのが大津線。とくに土日は『光る君へ』の効果で、以前より石山寺への参拝利用が増えている印象がある。沿線に注目が集まることでたくさんの方にご乗車いただければ」と話す。


京阪電気鉄道大津営業部営業課の中島喜久夫運輸係長。現在は駅名看板も紫色に変更されている(記者撮影)

『光る君へ』の放送開始を受け、石坂線沿線はイベントが目白押しだ。1月29日、石山寺境内の明王院には、ドラマで使用した衣装や小道具を展示する「大河ドラマ館」、世尊院には平安時代の文化を楽しむことができる「恋するもののあはれ展」がオープンした。

大津市歴史博物館は「源氏物語と大津」と銘打った特集展示を開催。石山寺所蔵の源氏物語ゆかりの品などを紹介する。同博物館は園城寺(おんじょうじ)の北に隣接する。三井寺の名称で親しまれる園城寺は、西国三十三観音巡礼の第14番の札所で、紫式部の父、岸谷五朗さん演じる藤原為時が出家した寺でもある。石坂線の三井寺駅や大津市役所前駅から徒歩でアクセスできる。

「大河」で盛り上がる沿線

京阪は大津線1日乗り放題と石山寺入山券、大河ドラマ館入館券などをセットにした周遊チケットを2025年1月末まで販売。大河ドラマによる集客に期待を寄せる。


紫に変身した石山寺駅正面の案内表示。『紫式部図』が出迎える(写真:京阪電車)

歴史ある寺社仏閣が沿線に多く点在する石坂線は、大河ドラマとは相性がよい路線の1つと言える。最近では、2020年の『麒麟(きりん)がくる』。北端の坂本比叡山口駅は、明智光秀が琵琶湖に面して築いた坂本城や、光秀一族の墓がある西教寺などの玄関口になる。

2022年の『鎌倉殿の13人』に関しては、京阪膳所駅の近くに木曽義仲の墓や巴御前をまつった巴塚がある義仲寺が建つ。境内に松尾芭蕉の墓があることでも知られる。

琵琶湖からの唯一の自然流出河川である瀬田川は、京都府に入ると宇治川と名前を変える。宇治もまた、源氏物語の主要な舞台の1つ。こちらには京阪宇治線が延びている。大河ドラマのストーリー展開は京阪沿線の観光需要に少なからず影響を与えそうだ。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)