学生街で「700円台の油そば」が生んだ勢力図変化

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今、早稲田で油そばがアツい。理由を探ってみると、昨今の原材料高騰を背景にした「学生街」ならではの実情が色々と見えてきた。なお、写真は「油SOBA専門店 図星」の「油そば 並」(880円)(筆者撮影)

昨年、早大生のための総合情報誌『Milestone Express』を発行する早稲田大学マイルストーン編集会を取材した。早大の授業情報やサークル情報などを掲載した、早稲田生なら誰でも知っている情報誌だ。


(筆者撮影)

人気ランキングの1位から4位はすべて「油そば」

この『Milestone Express』の別冊『EXPO』には早稲田・高田馬場エリアの飲食店情報が掲載されている。マイルストーン編集会のサークル員が全店食べ歩いてレビューしている気合の入った一冊で、老舗から新店まで多数カバーされている。ラーメン店もたくさん掲載されていて、これほどまでにこのエリアのラーメン店をカバーした雑誌は他にないのではないか。

さらに興味深いのは人気ランキングだ。各サークルの幹事長600人から投票を募って決定しているランキングで、今早大生に一番アツいお店が紹介されている。


(筆者撮影)

高田馬場エリアは都内でもよく知られたラーメン激戦区で、醤油・塩・味噌・豚骨・つけ麺などあらゆるジャンルのラーメン店がひしめき合っているが、『EXPO』で発表されたランキングを見て本当に驚いた。ラーメン店のランキングを見ると、なんと1位から4位までがすべて「油そば」のお店だったのである。

今、早稲田で油そばがこれほどまでに上位を独占している理由は何なのか? 探ってみると、昨今の原材料高騰を背景にした、「学生街」ならではの実情が色々と見えてきた。

早大生人気1位の店をまずご紹介

早大生による投票で、第1位に選ばれたお店は「油SOBA専門店 図星」だ。2013年オープンで既に創業10年以上のお店だ。


(筆者撮影)

「油そば 並」は880円。


(筆者撮影)/外部サイトでは写真をすべて見られない場合があります。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

具はチャーシュー、細切れチャーシュー、細タケノコ、ネギ、カツオ節、ノリ。麺は極太ストレート。

油多めのタレが麺の下にしっかり敷いてあり、ブラックペッパーが多め。麺がパワフルでとても食べ応えがある。

低温調理のチャーシューの仕上がりもよく、細タケノコやカツオ節、ネギなど食感に飽きの来ないトッピングもセンスが良い。学生向けの大味な一杯かと思いきや、しっかり作り上げられた油そばだ。


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途中で「背脂」をコールすると背脂をかけてくれる。これがマイルドで旨い。卓上のお酢やラー油で味変を楽しむのも最高。


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最後は追い飯で締める。ご飯の上に特製のカエシをかけて出してくれる。魚介に塩と醤油を合わせた酸味の効いたカエシでこれがまた美味しい。

「安くて美味しく楽しい」油そばの魅力

「油そば」の人気の理由はまずは「カスタマイズ」だろう。


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豊富なトッピングや卓上調味料などで自分好みの味に仕上げられるのは油そばの圧倒的な魅力だ。スープのあるラーメンだと、味変やトッピングはやりすぎるとスープの味を壊してしまう。

一方、油そばはスープがない分、全体の味が壊れづらい。油そばを食べたことのある人であればお酢とラー油を回しかけたことがあると思うが、結構たくさん加えても味が壊れない。


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様々なアイテムでカスタマイズすることで、それぞれのマイ油そばが完成するのが楽しい。同じお店に何度も通って試せる学生にはピッタリといえる。

学生街では、1000円以上のラーメンは難しい

それから、学生街のラーメン店の課題としては価格の問題がある。

ラーメンの「1000円の壁」問題で揺らぐ中、学生街においては1000円以上のラーメンはよほどの有名店でないと厳しい。

しかし、都内は地方と比べると家賃が高く、また物価高の昨今は、原材料や水道光熱費の高騰が止まらないという現状がある。結果、店側の経営も、苦しくなりがちだ。

その点、スープのない油そばは低価格で提供するには魅力的なメニューである。スープがない分、麺量も増やせるので、お腹が空いた学生でも満足できる量を提供できるのも強い。

(ポイント1)値上げしにくい学生街では、油そばは低価格で提供できる魅力的なメニューである

早大生による投票で第3位に選ばれた「麺爺」の新ブランド店「焼き油そば専門店 焼爺」では、焼き油そばを750円で提供している。


(筆者撮影)

表面をパリパリに焼いた麺をヘラでバリバリ割って、下にある具と混ぜるという新感覚の油そば。

クセになる醤油ダレはまさに油そばテイストで、食感が楽しくとても美味しい。花椒粉、胡麻油、食べラー、米酢など味変もバラエティに富んでいる。

700円台で大満足。安くて美味しく楽しい。これは油そばの大きな魅力だ。

あとはこのエリアの油そば店はドミナント戦略に長けている傾向がある。

「東京麺珍亭本舗」は鶴巻町本店、西早稲田店、高田馬場店(理工キャン店)とこのエリアだけで3店舗ある。


(筆者撮影)

「麺爺」グループも早稲田店、馬場下店、高田馬場店、西早稲田店と4店舗を展開(別に1店舗が休業中)。「ぶぶか」もかつて高田馬場に2店舗あった。

ドミナント戦略的に同エリア内に複数店舗出店し、各キャンパスの近くの学生を取り込んで早大全体に口コミを広げる戦略は巧みだ。共通で使えるポイントカードを作り、各店のメニューを少しずつ変えながら食べ周りをさせるのも凄い。

(ポイント2)ドミナント戦略を取りながら、大学全体をターゲットに据えている

初めて食べた油そばの衝撃

筆者は1993年に早稲田実業学校中等部(通称「早実」)に入学した。現在早実は国分寺市にあるが、当時は早稲田鶴巻町にあった。

「東京麺珍亭本舗」が1997年にオープンし、筆者はここで初めて「油そば」というものを食べた。当時の早稲田エリアはラーメンといえば町中華が中心で、あっさりとした醤油ラーメンやタンメンがお決まりだった。そんな中で、極太麺にクセになるタレが絡んだ油そばは衝撃的だった。


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その後、高田馬場の「ぶぶか」にも通い、だんだんと油そばが身近な食べ物になっていった。筆者が大学を卒業した2003年から数年も、このエリアの油そばといえば「東京麺珍亭本舗」「ぶぶか」が二大巨頭だっただろう。卒業前にはこの2店のヒットに乗じてか、早稲田に油そばの店が増えてきた。

それから20年、このエリアの油そばはほとんど意識せずにいたが、近年さらに油そば人気が過熱していると聞き、最初は本当に驚いた。しかし、今回事情を取材してみると、「なるほど、これは時代の要請なのだな」と痛感した。


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早稲田の場合、近いエリアの中で4つ(早稲田・戸山・西早稲田・喜久井町)のキャンパスが隣接しているという背景があるため、他の学生街でもこのようなドミナント戦略が取れるかはわからない。

しかし、ラーメンの「1000円の壁」問題が今後も残るなかでは、値上げが容易ではない学生街において、油そばへのシフトが続いていくのは間違いないだろう。

早稲田に広がるワード「給油する」とは?

最後に、早稲田に広がる「給油」という言葉を紹介したい。早大生は「油そばを食べる」ことを通称「給油する」という。これは筆者が通っていた頃にはなかった言葉だが、油そば人気をそのまま表したような言葉だ。

その他、「キッチンオトボケ」や「わせだの弁当屋(通称わせ弁)」など揚げ物メインの定食屋でも使われる言葉だそう。

早稲田に広がるべくして広がった油そば。学生のニーズとラーメン業界の今の課題を捉えた戦略には、大きな学びがある。

(井手隊長 : ラーメンライター/ミュージシャン)