小田急多摩線の終点、唐木田駅の先に広がる車両基地。ここから先、相模原市方面への延伸計画がある(記者撮影)

多摩ニュータウンと東京都心を結ぶ足の1つ、小田急電鉄多摩線。小田急小田原線の新百合ヶ丘駅(神奈川県川崎市)から分岐する約10.6kmの路線だ。かつては同線内だけを往復する電車がほとんどだったが、2000年代以降は都心直通列車を増やすなどテコ入れを図り、現在は新宿への快速急行が走る路線に成長した。

同線の終点は、その名の通り多摩ニュータウンの中心である小田急多摩センター駅から1つ先の唐木田(からきだ)駅(東京都多摩市)。線路は駅の先に広がる車両基地へとつながっているが、その先、東京都町田市内を通ってJR横浜線の相模原駅やJR相模線の上溝駅(ともに神奈川県相模原市)、さらには厚木方面まで延ばそうという計画がある。

歴史は長い延伸構想

多摩線の唐木田―相模原―上溝間延伸は、2016年に国交相の諮問機関、交通政策審議会がまとめた東京圏の鉄道整備に関する答申で「地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクト」とされた新路線の1つだ。

延伸を求めているのは地元自治体などだ。沿線の相模原市や町田市などによる「小田急多摩線延伸に関する関係者会議」は2019年5月、同区間延伸の採算性や整備効果などの調査検討結果をまとめた報告書を公表。これを踏まえ、「事業化に向けたさらなる検討を行っていく」とされたが、その後の動きは見えてこない。多摩線延伸とはどのような構想で、現状はどうなっているのだろうか。

小田急多摩線は1974年6月に最初の区間である新百合ヶ丘―小田急永山間が開業し、現在の終点である唐木田まで延びたのは1990年3月。だが、小田急の路線を横浜線や相模線方面へ延ばそうという計画は同線の開業より前から存在した。


現在の小田急多摩線の終点、唐木田駅(記者撮影)

1958年、小田急は小田原線の鶴川駅(町田市)を起点に横浜線の淵野辺駅、相模線の上溝駅や田名(いずれも相模原市)などを経て城山町(現・相模原市緑区)へと至る「城山線」の免許を申請した。城山線は実現しなかったが、前述の関係者会議の報告書によると、同線の計画の存在が「横浜線沿線から上溝、田名を通り愛川方面へ向かう鉄道計画の端緒となった」という。その後開業した多摩線の横浜線方面への延伸については1985年、2000年に公表された東京圏の鉄道整備に関する答申に「検討すべき」路線として盛り込まれた。

在日米軍再編が計画進展のきっかけに

延伸計画に弾みがつくきっかけとなったのは「在日米軍再編」だ。2006年、日米両政府は相模原駅の北側に広がるアメリカ軍相模総合補給廠の敷地の一部を日本に返還することで基本合意。これによってJR相模原駅付近に新たな駅を設ける場所の確保にメドがつき、相模原市と町田市などは延伸についての調査検討を進めた。2014年には敷地の一部が返還された。


駅ビルなど商業施設が立ち並ぶJR相模原駅の南口(記者撮影)


相模原駅の北側はアメリカ軍の相模総合補給廠が広がっており、南口とは対照的に閑散としている。2014年に一部が日本に返還された(記者撮影)

関係者会議が2019年にまとめた報告書では、延伸区間は唐木田から町田市内の中間駅と相模原駅を経て上溝駅に至る約8.8km。インフラの整備は公的主体、列車運行などの営業は小田急が行う上下分離方式を想定している。


延伸で期待される効果は都心への所要時間短縮だ。報告書によると、現在はJR横浜線と小田急線を乗り継いで朝ラッシュ時に約1時間を要する相模原―新宿間は直通48分に、JR相模線と京王相模原線を乗り継ぐ上溝―新宿間は1時間13分から直通51分に短縮されると試算している。また、町田市内の中間駅として想定している小山田付近から新宿方面へ行く場合、現在はバスで約30分かけて町田駅に出る必要があるが、延伸が実現すれば新宿まで46分となると予測している。


JR相模線の上溝駅。単線の高架駅だ(記者撮影)


上溝駅と相模原駅を結ぶ路線バス(記者撮影)

課題は採算性だ。試算によると、唐木田―上溝間の概算建設費は1300億円。輸送人員は1日当たり7万3300人で、1を超えると事業の効果があるとされる費用対効果(B/C)は開業後30年間で1.2だが、累積資金収支の黒字転換には42年かかると予測された。建設費は整備主体が国と地方自治体から3分の2の補助を受ける「都市鉄道利便増進事業」の制度を活用する想定だが、これを適用できるのは30年間での黒字転換が目安といい、条件を満たさない。

2019年「報告書公表」から何が進んだ?

一方、まず唐木田―相模原間を先に整備した場合の概算建設費は870億円で、26年で黒字転換可能と試算された。この内容を受け、相模原市の本村賢太郎市長は報告書の公表時、同区間の先行整備を目指すとの方針を示した。


上溝駅付近から相模原駅方面を見たところ。左側の道路が相模原駅方面へ通じている(記者撮影)

報告書の公表後、「事業化に向けたさらなる検討を行っていく」とされた延伸計画。だが、2019年以降、目立った動きは見られない。

相模原市交通政策課の担当者は、「収支採算性などについて関係機関と連携して調査検討は進めているが、公表できるような内容はない」といい、具体的な進展はないのが現状だ。整備区間についても、唐木田―上溝間の一括開業と、相模原までの先行開業の両方を「並列で調査検討している」といい、報告書公表前の段階と変わっていないといえる。

延伸の具体的な目標年は決まっていない。報告書では開業想定を2033年としているが、これはあくまで予測の前提として設定した年だ。

一方で、「2027年度までは事業化しない」ことは決まっているという。交通政策課の担当者によると、これは市の行財政改革の一環だ。市が2021年3月に策定した、2027年度末までを期間とする「行財政構造改革プラン」では、例えばリニア中央新幹線の駅整備が付近で進む橋本駅周辺整備推進事業については「計画期間中に事業を推進します」とあるのに対し、多摩線延伸促進事業は「検討・調査は実施します」と一段下がった位置付けとなっている。

2014年に同市と町田市が交わした覚書では、リニア中央新幹線の開業が予定される2027年までの延伸実現を目指すとしていたが、現状では事業化されるとしても同年度以降ということになりそうだ。


唐木田駅付近を走る小田急多摩線の電車。行先表示に「相模原」や「上溝」の文字が灯る日は来るか(記者撮影)

上溝より先も「構想路線」だが…

また、営業主体として想定される小田急は、神奈川県や県内の市町村などで構成する「神奈川県鉄道輸送力増強促進会議」による多摩線延伸早期実現の要望に対し、「昨今のコロナ禍におけるテレワーク定着等、鉄道利用に関わる社会環境も変化していることから、地元自治体のまちづくりによる需要創出に注視しつつ、関係者会議における検討に協力いたします」と回答している。

具体的な進展は見られない多摩線の相模原方面延伸だが、さらにその先への延伸構想もある。以前から関係自治体による検討は行われていたが、神奈川県は2022年3月に改定した「かながわ交通計画」で、上溝から先の愛川・厚木方面への延伸を新たに「構想路線」に位置づけた。

ただ、相模原・上溝までの延伸がまだ見通せない現状では、あくまで構想の域を出ない。2016年の交通政策審議会の答申も、「さらなる延伸を検討する場合には、本区間(唐木田―上溝間)の整備の進捗状況を踏まえつつ行うことが適当である」と、まずは上溝延伸の検討を進めたうえで取り組むよう指摘している。

相模原市内では橋本駅付近でリニア中央新幹線の駅建設が進むが、リニアは静岡県内の工事に着工できておらず、当初予定の2027年開業は事実上不可能となった。多摩線の延伸計画も、現状では何らかの進展があるとしても同年度以降となりそうだ。リニア開業と、多摩線延伸計画の「次の動き」はどちらが先になるだろうか。


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(小佐野 景寿 : 東洋経済 記者)