キーエンスのマネジメントが優れているのは、個人ではなく「チームの行動」を数値化しているところにある(東洋経済オンライン編集部撮影)

「営業利益率は脅威の55%超」。日本企業では類を見ない、圧倒的な利益率を誇るキーエンス。新卒採用を中心としているにもかかわらず、組織のパフォーマンスは高い。

キーエンスではすべてのチームが「チームの行動」をプロセスで分解し、数字で管理しています。そしてそれにより浮き出たチームの課題を「仕組み」で解決しているのです――。

キーエンスで「3期連続で営業ランキング1位」の偉業を成し遂げ、マネジャーとなった岩田氏に詳しく聞いてみました。同氏の新刊『数値化の魔力』から一部抜粋、編集してお届けします。

マネジメントで数値化が徹底されている

キーエンスでは、マネジメントにおいて数値化が大いに活かされています。では、「キーエンスの数値化」とは何をするのか? それは、プロセスの数値化です。

例えば、営業チームであれば、営業の目標(KGI)である「受注」に至るまでのプロセスを「DM➔電話➔アポ➔面談➔案件化」と分解をします。そして、それぞれのプロセスに置いて、チームの目標となる数字(KPI)を立て、日々の実績を記録していきます。そして、それぞれのプロセスにおける実績を「比較」することで、問題点を発見します。

例えば、今月の実績と前年同月の実績とを比べて、「電話」の件数が減っていた場合、この「電話」のプロセスに問題があると考えます。

チームの数値化で問題点を見つけたら、その後は改善です。その際、改善の方法はまずはリソースの配分を検討することです。その理由は、リソースの再配分であればすぐに実施することが可能だからです。たとえば、アプローチすべき顧客規模の見直しなどであれば、翌日からでも実行できます。

一方、メンバー一人ひとりのスキルに原因を求めた場合は、教育が必要になりますので改善されるまでに時間がかかります。

研修を受けさせたりスキルの高い人のスキルを学ばせたりする必要があるためです。ですから、チームの数値化によって問題が発覚した場合は、まずはリソースの配分に問題がないか確認し、リソースの再配分で問題が解消できないかを検討します。

個人の数値化の限界とチーム全体の数値化

それでも問題が解決しなかった場合は、メンバーのスキルに問題がないか確認して、必要であれば再教育を施します。つまり、まずは即効性のあるリソースの再配分を検討する。それでダメなら時間のかかる再教育を検討する、という順序で取り組むことを心がけると、チームの生産性を速く高められることが期待できます。

一方、個人で数値化を行って問題を解消する場合には、必ずしもリソースの再配分を優先させることを検討すべきだとは言えません。なぜなら、個人の場合は一人ですからリソースの配分に原因があることを特定できない場合が多いのです。

例えばそもそもその個人が大規模の企業だけを担当していた場合、「アポ」の転換率が企業の規模により変わることに気づけません。これが個人の数値化の限界であると言えます。

しかしチーム全体を数値化して、その数値を俯瞰しながら分析しているマネジャーがいればメンバー間の比較を行えるので、個人では気づけないリソースの配分の問題に気づくことができます。これがチームで数値化を行う強みです。

もう一つ、チームの数値化で注意しなければならないのは、リソースの配分の検討は優先すべきですが絶対に再配分しなければならないわけではないということです。検討した結果、今回は見送るという判断も可能です。

それに対してメンバーの再教育は優先しなかった場合でも、必要が生じた場合は見送ることができません。放置できないのです。

たとえばあるメンバーが電話すると、下手すぎて取れるアポも取れない、かえってチーム全体の転換率が下がってしまうことがわかった、といった場合でも、それなら「君は電話しなくていいから」というわけにはいかないからです。

そのような指導をしてしまっては、いつまでもメンバー数相応の転換率を達成できませんし、できない人はやらなくてもいいとなれば、チーム全体の士気が下がってしまいます。ですからこの場合は、必ず再教育して戦力に育て上げる必要があります。

先ほどは「電話の件数」を例に出しました。これは「行動の量」の改善です。しかし、「改善」には「行動の質」の改善もあります。

その場合は、件数ではなく、「転換率」を見ます。例えば、「面談」のうち何件が「案件化」に至ったかの割合、これが「転換率」です。

これが例えば前年同月の転換率よりも下がっていれば、それは「面談の質」が悪いという「行動の質」の問題点が浮かび上がります。

そしてその後の項で、チームの数値化で問題点を見つけた場合に改善を行うコツは、リソースの配分を検討することを優先して、その後でメンバーの教育を検討することだと結論づけました。

しかしこのように説明して終えてしまうと、「行動の質」の改善をしようとしたときに、リソースの配分とメンバーの再教育にばかり原因を探してしまうかもしれません。「行動の質」の改善は「行動の量」の改善よりもデリケートです。「行動の質」に問題があった場合は、いろいろな原因が考えられるためです。

個人のスキルやリソースではなく「仕組み」で改善する

そこでもう一つ、「行動の質」の改善を「仕組み」で行う例を考えておきましょう。ここでは人事における採用を例とします。

図表57は、人材採用の実績と「目標転換率」と「今日までの転換率」です。


(出所)『数値化の魔力』より

「今日までの転換率」の上流プロセスを見ると、「書類選考」の転換率が64%と「目標転換率」の71%に対して大きく乖離しています。これは「応募」から「書類選考」に進める段階に問題があると判断できます。

つまり、応募者のうち書類選考に進めない人が多いことを示しています。このときに転換率が低い原因を分析する方法の一つとして、「応募」がエージェント経由なのか求人サイト経由なのかといった媒体別の転換率を確認する方法があります。

もし、エージェント経由で応募した人が「書類選考」に進む転換率が高くて、求人サイト経由で応募した人が「書類選考」に進む転換率が低いのであれば、エージェント経由の応募者を増やすことが改善につながります。

つまり、リソースの再配分です。しかし、よく考えてみれば、「求人サイト経由で応募してきた人についてもとりあえずは書類選考を行えばいいのではないか」という疑問が生じます。

そこでなぜ求人サイト経由の応募者が書類選考に進めないのかを確認すると、実は求人サイト経由の応募者には希望している条件に当てはまらない応募者が多かったため、書類選考に進めるまでもないと判断していたことがわかったとします。

となると、この場合はそもそも条件に合った応募者が集まりやすい媒体を選んでいないか、求人サイトに掲載した応募要項の内容に不備があることが考えられます。

つまり、「応募」から「書類選考」への転換率が低くなってしまった原因は採用担当メンバーのスキルやリソース配分に問題があったのではなく、応募の「仕組み」に問題があったことになります。

そこでもう一つの可能性として、各メンバーの「書類選考」への転換率を確認したところ、4人のメンバーのうち2人の「書類選考」への転換率が極端に低いことがわかったとします。

この場合は2人の選考スキルが著しく低いのでしょうか。

採用に関する疑義も、まずは「仕組み」を見つめなおす

しかし人材採用においてはスキルの問題だとは考えにくいのです。つまり、2人のメンバーの審査基準が厳しすぎるのだと考えられます。すると問題は個人のスキルではなく、審査基準の曖昧さであると考えられます。

どのような応募者を書類審査に進めるのかについての条件が、メンバーによって異なった解釈ができてしまったわけです。

この場合の改善策は、審査条件を見直して、誰が審査しても同じレベルの人材を書類選考に進められるようにより明確な審査条件を規定することです。つまり、ここでも「仕組み」に問題があったわけです。

例えば「電話」から「アポ」への転換率が低いチームの「行動の質」を改善するためには、最初は特に転換率が低いメンバーのトークスクリプトに問題があるとして再教育が必要だと結論付けるのは、一つの戦略です。つまり、チームの「行動の質」が下がったのはメンバー個人のスキルに問題があることが原因だと判断するのです。

しかし、前項でチームの「行動の質」が低い場合の原因には「仕組み」の問題が隠れていることがわかりました。すると、実は「仕組み」に問題があったかもしれないという2つの可能性が浮き上がってきます。

まず一つは、トークスクリプトをきちんと習得できていなかったメンバーがいたことから、研修や教育の「仕組み」に問題があったのではないかという可能性です。

スキルの問題の裏に潜む「仕組みの問題」

もしも、研修や教育の「仕組み」に問題があったのだとすれば、これを改善しない限り今後もメンバーが増えたり、変わったりした場合には一定数でトークスクリプトを習得できずに「電話」から「アポ」への転換率を下げてしまうメンバーが出てきてしまう可能性があります。


そしてもう一つの可能性は、そもそも「トークスクリプト」のマニュアルに、使う側の裁量や技能で解釈が変わってしまうような曖昧さがなかったかという可能性です。これもマニュアルの不備という「仕組み」の問題になります。

既に、チームの「行動の質」の原因を検証する際には、まずはリソースの配分が適切に行われているかを確認し、その次にメンバーのスキルを確認するという優先順位が有効であるとお話ししました。

しかしメンバーのスキルに原因がありそうだと判断した場合は、さらにそのスキルの差が研修や教育、マニュアルなどの「仕組み」に原因があるのではないかと疑ってみる必要があるのです。

これらのリソースの配分やメンバーのスキル、仕組みの不備に関する検証を行えるのは、チーム全体を俯瞰できるマネジャーだけです。

よく「仕組みのキーエンス」と言われます。これは、キーエンスが数値化によって、「仕組み」の改善まで行っていることを示しているためです。つまり、数値化によって明らかになった問題を一時的な改善だけに活用するのではなく、構造上の改善にまで活用しているのです。これこそが、チームの数値化が目指すところです。

(岩田 圭弘 : アスエネ株式会社 共同創業者 兼 取締役COO)