床がモノで埋め尽くされている(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

関西某所にある3Kの団地の一室。ここには発達障害を抱える母親と小学校高学年になる2人の子どもが住んでいた。離婚した夫から養育費の支払いはなく、障害者手帳を取得している母親は「就労継続支援B型事業所」で働きながら子育てをしていた。しかし、家はゴミ屋敷に、そして子どもたちは不登校に。もう、誰かの力を借りるしかなかった。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長が、依頼者の母親の再出発を見届けた。

食事はカビの生えたテーブルの上

玄関をあがると、右手に2つの和室が並んでいる。この2つの和室はリビングとして使われていたようで、不登校になってしまった子どもたちは一日中この場所で過ごしていた。床や押し入れの中にはゴミが散乱しているので、2人が使えるのは実質、和室の真ん中に置いてあるテーブルだけだった。


床が見えないほどの状態(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ袋の中身は弁当や総菜の容器が多かった。袋に入れてまとめはするものの、なかなか捨てるまでは至らなかった。テーブルで食事をしていたようだが、その周りにも上にもゴミが置かれたままだ。そのせいで上面はカビで黒ずんでいる。

奥にある和室は母親の生活スペースになっていた。化粧品など身の回りのモノが置かれ、母親の生活はこの部屋で完結していた様子だ。仕事が終わって家に帰ると、疲れ切って自室に閉じこもってしまう。というのも、母親は仕事で悩みを抱えていたからだ。


キッチンを片付ける様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

発達障害を抱える母親は、「就労継続支援B型事業所」で働いていた。主な業務はパソコンを使った作業だったが、周りに比べてスピードが遅く、日に日に劣等感が増していったという。

「もともとパソコンはまったく使えなかったんですが、事業所で教えてもらううちに使えるようにはなりました。でも、私と比べるとほかの人たちは作業がすごく早くて、自分も必死にやったのですが」(母親、以下同)


(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

本人の特性上、一度作業を始めると自分の世界に入ったまま周りが見えなくなってしまう。作業の遅さをほかの従業員たちに指摘されることが日常的にあった。そういった言葉が人一倍気になってしまい、受け流すことができなかった。家に帰ってからも、ずっとそのことを考えてしまう。夜中まで自室で考え込み、眠れないことも多々あった。

「一歩家を出ると周りに心配をかけたくないという気持ちから、元気な自分を演じてしまうんです。仕事が終わった後は子どものご飯を作るためにスーパーを回るんです。食材を見ながら何を作ろうか考えるんですが気付いたら1時間経っていて、次の日も朝が早いので結局買っていくのは弁当や総菜。それを子どもに渡して寝るだけという生活が続いていました」

この家には5年前から住んでいるというが、散らかり始めたのは3年前から。仕事上の悩みが増え始めたのも、やはり3年前だった。外に出ると気分が高揚するが、家に帰るとそのぶん一気に体も心も重くなった。


子どものドリルなどが散乱している(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

生活保護に頼らず、子どもを育てたい

母親はこれまで断続的に生活保護も受けていた。しかし、「このままではいけない」「自分で稼いだお金で子どもたちを育てたい」という気持ちが強いがあまり、心身ともにパンクしてしまい、結果として母親業がおろそかになってしまった。

「生活保護から脱却して自分で稼いだお金で子どもを育てたいという気持ちにしがみついていたんです。だからこそ、何のために仕事をしているんだろうという思いになりました。働いて子どもを育てることが夢だったのに、どんどん路線が変わっていく。家はどんどんぐちゃぐちゃなっていって、掃除はしたいけど、休みの日はもう家で死んでいるような状態。やらないといけないことも山積みになっていって、でも全然できなくて」

そのとき頭をよぎったのは「自死」の二文字だった。

「死ぬことまで考えるくらいなら、仕事を辞めようと思いました。でもなかなか辞めさせてくれなくて。それでも、もう腹を決めて“辞めます”と伝え、ようやく辞めることができましたが、家にいても悩むばかりでした。家は汚いし、片付けようと思ってもどこからやっていいのか本当にわからず、勇気を出してイーブイさんに電話をしたんです」

見積もりや片付けを通して、依頼者である女性と接してきた二見氏はこう話す。

「僕らに対して終始申し訳なさそうにしていました。“私みたいな人間が”と自分を卑下する場面もあり、自己肯定感の低さは否めませんでした。これはゴミ屋敷になってしまう人に共通して見られる特徴でもあります」

あえて言い換えるなら、セルフネグレクト。自分自身に対するケアを放棄してしまうといった状態だ。


(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


和室の片付けが進む(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

子どものいるゴミ屋敷の家庭はあるが…

イーブイはこれまでもセルフネグレクトに陥った住人のゴミ屋敷の片付けをYouTubeで配信してきた。その中には今回の依頼者のように、子どもと同居している家庭もいくつかある。そのときに視聴者から決まって集まるのは、「セルフネグレクトではなくネグレクト(育児放棄)ではないか」といった指摘だ。ときには、「児童相談所に通報しろ」という意見も寄せられるという。だが、二見氏は一筋縄ではいかない実態を語る。

「家がゴミ屋敷というだけで、なぜネグレクトと簡単に言えるのでしょうか。シングルマザーのゴミ屋敷はいくつも見てきましたが、お子さんはみんな母親の愛情を感じていました。仮に第三者の勝手な判断で児童相談所に通報したとしたら、本人たちの意に反して親子が切り離されてしまうかもしれません」

イーブイは月に約130軒のゴミ屋敷の片付けを請け負っている。その中で二見氏がネグレクトだと断言できた家庭はたった1軒だけだったという。シングルマザーの女性から見積りの依頼を受け、夜の7時に現場を訪れたときのことだった。インターホンを押すと、出てきたのは小学校低学年の子どもだった。

「お母さんいる?」
「いない」
「どこ行ったん?」
「わかんない」

依頼者に電話をするもつながらない。そんな状況で見積りをするわけにもいかないので、しばらく子どもと話していると、大人が4人いきなり部屋に入ってきた。

「誰ですか?」

互いに警戒したが、話を聞くと子どもが通っている学校の教師だという。母親の育児放棄を学校も把握しており、教師たちはときどきご飯を届けに来ていると言った。それから2時間後、依頼者から二見氏に電話が入った。


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「そんなん勝手に部屋入って見積もりしたらいいやん。それで、なんぼかかるか言えば済む話やん」

クライアントとはいえ、二見氏は我慢できずに反論した。

「ならもうええわ。おたくには頼まん」

依頼者はそう言うと、電話を切ってしまった。こうなってしまった以上、勝手に部屋を片付けることなどできない。二見氏は子どもを置いて家を出ることしかできなかった。

片付けを機に前を向きたい

今回依頼をしてきた母親は経済的理由から費用を一括で支払うことが不可能だった。だがイーブイは、母親の子どもへの切実な想いを汲み、月1万円の分割払いで片付けをすることに決めた。


イーブイが片付けた後の和室(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

いるモノといらないモノを母親に聞きながら仕分け、荷物をどんどん外へ運び出していく。作業スタッフは全部で7人、約2時間半で片付けは完了した。空っぽになった部屋で母親が話す。

「荷物がなくなったときは自分が情けなくて、なんてことをしてきたんだろうと。ですが、これから頑張りたいってすごく前向きになれました。全部クリアにして、イチから始めたい」


ものがきれいになくなった(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

現在3人はこの家から引っ越し、別の場所で新たな生活を送っている。部屋がきれいになったことを機に、2人の子どもは学校へ行くようになったそうだ。

(國友 公司 : ルポライター)