逗子マリーナから眺める富士山(筆者撮影)

青春18きっぷが誕生したのが、1982年(当時の名称は青春18のびのびきっぷ)。それから40年あまり、筆者は「18きっぷって年齢制限あるんじゃないですか?」という疑問を何度聞いたことだろう。だが、それ以上に誤解を招きかねないきっぷがある。それが京浜急行電鉄の「葉山女子旅きっぷ」だ。

何しろこのきっぷ、女子旅どころか、男性を含むあらゆる人が利用可能なのだ。そこで、11月の休日、中年男子?の筆者がこのきっぷを使い倒してみた。

「葉山女子旅きっぷ」の仕組み

「葉山女子旅きっぷ」には、以下のものが含まれる。

・泉岳寺・品川〜逗子・葉山駅までの京急電鉄の往復乗車券(京急川崎発・横浜発もある)
・逗子・葉山エリアでの京急バスが乗り放題
・ごはん券(エリア内の指定されたレストランでの食事券)
・ごほうび券(クルーズ、軽食、雑貨などの無料提供)

あとで具体的に記すが、このきっぷ、利用法によっては圧倒的にお得なのだ。

なお、磁気乗車券とデジタルきっぷの2種類があるが、デジタルきっぷが最大10%ほど安い。品川発であればデジタルきっぷが3630円〜4030円(利用日により異なる)、磁気乗車券が4030円だ。

さらにデジタルきっぷなら現在「かながわ鉄道割」が適用されるため、平日なら30%、休日でも20%割引となる。「かながわ鉄道割」の期間は2024年1月31日までだが、予算の上限に達した時点で終了となる。

今回は「かながわ鉄道割」も使い3030円だった。

デジタルきっぷは「COCOON Project(京急沿線おでかけサービス)」で購入できる。「葉山女子旅きっぷを購入」のボタンをクリックして、表示されるQRコードを読みとる。自分の利用する日付を指定して購入し、実際に利用する日に開始ボタンを押すしくみだ。

「葉山女子旅きっぷ」の有効期限は当日かぎり。しかし、このきっぷ、こうしたフリーきっぷには珍しく、途中下車が可能だ。逗子・葉山は日が暮れるまでが勝負なので、日没が早い時期は朝から行動したい。

当日の行程は?

泉岳寺から使い始めた筆者はまず神奈川駅で下車し、横浜市中央卸売市場本場へ向かう。この日は約4年ぶりに「横浜市場まつり」が開催されており、一般人でも中に入れたのだ。マグロの解体ショーの前には数百人の人だかりができるほどの盛況ぶりだ。

魚介類の安売りはもちろんのこと、きのこ汁が無料でふるまわれていたり、フランクフルトやかき氷も100円で売っていたりするなど、相当お得感が強い。なお、毎月第1、第3土曜日の午前8時から10時まで市場は開放されている。


横浜中央卸売市場のマグロ解体ショー 葉山女子旅きっぷは全区間で途中下車が可能なので、横浜での寄り道も可能だ(筆者撮影)

今回は神奈川に寄ったが、横浜駅で途中下車してから別料金でシーバスを利用し赤レンガ倉庫に向かい、帰りはみなとみらい線で横浜駅に戻ってくるというサイドトリップも可能だ。

また、このきっぷでは京急バスで鎌倉南東部の「九品寺」まで行けることを活用して、鎌倉駅から金沢八景駅までバスを別料金で利用することで、鎌倉と葉山というセットでも旅を楽しめる。途中下車する際は有人改札でスマホのきっぷの画面を提示すればOKだ。

逗子・葉山駅に到着後、京急バスで秋谷海岸へ向かう。葉山周辺はバスの本数が多いうえ、乗り放題なので気軽に乗り降りできるのもこのきっぷのメリットだ。筆者はこの日、京急バスを計10回利用した。バスを降りる際、毎回スマホのバス乗車券の画面を提示する手間がやや煩雑だった。


葉山の南方にある秋谷海岸。晩秋から冬にかけては晴天率が高く、冠雪した富士山がひときわ美しい(筆者撮影)

晩秋から冬にかけては快晴の日が多くなるうえ、冠雪した富士山は夏よりもはるかに美しい。そのうえ人もそれほどは多くないので狙い目の季節といえる。さらに「葉山女子旅きっぷ」は原則予約を必要としないので、天気予報をにらみつつ、快晴の日を選んでいけるというメリットもある。

秋谷から4本バスを乗り継いで鐙摺のパティスリー ラ・マーレ・ド・チャヤ 葉山本店へ。ここで「ごほうび券」を使うと好きなケーキ2つと焼き菓子を2つもらえる。

鐙摺という地名は源頼朝がここを訪れた際、急傾斜のために馬の鐙が岩に擦れたことからつけたとされている。そして、パティスリー ラ・マーレ・ド・チャヤの母体となった日影茶屋は1661年に峠の茶屋として開業している。

日影茶屋はかつては日蔭茶屋と書かれていた。1916年、思想家の大杉栄が不倫相手の伊藤野枝と日蔭茶屋で密会していたところ、もう一人の不倫相手である神近市子によって首を刺された。これが、日蔭茶屋事件だ。一見明るく華やかな葉山も、掘り起こすと歴史の片鱗が見え隠れする。

クルージングにも利用ができる

「ごほうび券」のなかには、葉山マリーナから出航する「江ノ島・裕次郎灯台周遊クルージング」(電話予約制)がある。45分間のこのクルーズは3300円かかる。今回のきっぷ代は3030円だったので、このクルーズ1つだけで「元が取れる」計算となる。

ただし、この日は波が高く欠航となってしまった。運行状況については波の高さの予報などである程度予想ができるのであらかじめ落ち着いている日を狙って予約を入れるのが得策だ。運行状況については葉山マリーナのXでも確認できる。

次は「ごはん券」である。

33軒ある対象レストランのなかではひときわ高価なのが逗子マリーナ内にある全席オーシャンビューのモダンイタリアン「リストランテAO 逗子マリーナ」だった。

ただしここは「葉山女子旅きっぷ」で利用する場合、14時(平日は13時)からの利用しかできない。料理はパスタ1品のみだった。この店の休日のランチコースは6270円、パスタ単品が3080円から(平日夜のみ)で、この日支払ったきっぷ代よりも高いのだから仕方ないのかもしれない。

そんなこととは無関係に午後の光を浴びた富士山と江ノ島、そして逆光にきらめく相模湾はことのほか美しい。


「HELLO CYCLING」で自転車を借りて披露山公園をめざす(筆者撮影)

自転車を借りて披露山公園へ

逗子マリーナは背の高いヤシの木が植えられ、アメリカ西海岸か地中海を思わせる一角となっている。そこにスーパーカーが十数台ずらりと並んだ光景も華やかさに色を添える。

スーパーカーの脇にある「HELLO CYCLING」で自転車を借りて披露山公園をめざす。「葉山女子旅きっぷ」のデジタルきっぷの利用者は2024年3月31日まで、30分無料のクーポンコードが取得できるのだ。


披露山公園へは無料の電動自転車で。手前に見えるのは超高級住宅街の披露山庭園住宅(筆者撮影)

披露山公園までバスは運行していない。さらに海抜92mの高さだが電動自転車なら簡単に登ることができる。途中著名人が多く住むことで知られる首都圏屈指の高級住宅地である披露山庭園住宅を通過する。

披露山公園には円形の花壇とニホンザルの檻があるが、いずれも戦時中に12.7cm連装高角砲の砲座となっていたところをそのまま利用したものだ。特にニホンザルの檻は砲座の面影をよく残している。

高射砲陣地が築かれるだけのことはあり、この日1日中見ていた富士山だが、ここからの眺めが最もすばらしかった。

さて、この富士の日没をどこで見るのか。葉山といえば海のすぐ背後に山が迫っているのが特徴だけにやはり高台から見たい。

そこで見つけたのが標高118mの仙元山展望台である。麓の風早橋バス停から徒歩20分ほどきつい上り坂を上がると、眼下に葉山の市街地、そして海の向こうには富士山の勇姿がそびえる。ここには誰が設置したのか、アルプスの少女ハイジに出てくるような長いブランコもあり、文字通り絶景を楽しみながら揺られる楽しみもある。


日没にあわせて118mの仙元山展望台へ。風早橋バス停から20分ほど歩くとこの景色にたどりつける(筆者撮影)

旅の最後はコーヒーで締めくくり

旅はやはり真っ当なコーヒーで締めくくりたい。そこで、2022年2月に行って気に入った、コスタリカのスペシャルティコーヒー専門店「カフェテーロ葉山」へ。


コスタリカのスペシャルティコーヒー専門のカフェテーロ葉山。裏通りにこうした店があるのも葉山の魅力だ(筆者撮影)

築100年以上の古民家を改装した店内は、店主の大下力さんのさりげない感性が光る。暮れる時間を楽しみながら、大下さんとコスタリカの話などをして「女子旅」を終わりにした。


カフェテーロ葉山の店内(筆者撮影)

この日「葉山女子旅きっぷ」で利用した交通費や食事代などを合計すると8800円。きっぷ代は3030円だったから約66%引きだった計算となる。前述したクルーズを利用していれば、割引率はさらに上がっただろう。

老若男女を問わず、かながわ鉄道割が有効なうちに、葉山に足を運んでみてはいかがだろうか。 

(橋賀 秀紀 : トラベルジャーナリスト)