人間の仕事の一部をChatGPTなどのAIが肩代わりすることが一般的になっている(写真:Moor Studio/getty)

人間の仕事の一部をChatGPTなどのAIが肩代わりすることがすっかり一般的になった。さまざまな未来予測においても、この傾向はますます強まっていき、弁護士や薬剤師など、「安泰」とされていた職業ですらすでに、「人間よりAIのほうが信頼できる」と回答する人の方が多くなっている。かつてと同じように、人間が必要とされるには何が必要なのか。イ・ジソン氏著『仕事を奪われない8つの思考法 AI時代に「必要とされる人」になる』より紹介する。

トレーダー598人を解雇に追い込んだAI

ウォール・ストリートで起きた1つの事件がある。

2013年のことだ。ダニエル・ナドラーという青年が、Kensho Technologies (以下Kensho)という人工知能のスタートアップ企業を設立した。この会社は、ディープ・ラーニング技術を搭載したAI を実用化させるという目標を持っていた。つまり、人間よりも優秀なAI を作って人間に置き換えるというわけだ。

役員と社員を合わせて50人しかいないKenshoが、どうやってウォール・ストリートの“ 士官学校” と呼ばれ、心臓部である最大金融投資企業、ゴールドマン・サックスの目に留まったのかはよくわからない。ともかくゴールドマン・サックスは、ダニエル・ナドラーのKensho に全面的な投資を決めた。

それからしばらくして、Kensho のAI がゴールドマン・サックスのニューヨーク本社に導入されたのである。

Kensho のAI は、まるで中世ヨーロッパの修道僧が俗世との縁を切ってひたすら祈祷と黙想に専念するかのように、美しく、クリーンに、実直に仕事に打ち込んだ。その結果、KenshoのAIは当時ウォール・ストリートで最高給を得ていた600人のトレーダーが1カ月近くかけて処理していたことを、たった3時間20分で終えてしまった。しかも、彼らの何倍も効率よく仕事をこなし、会社に莫大な利益を与えた。

おかげで598人のトレーダーは仕事がなくなり、荷物をまとめて家に帰らされる羽目になった。では、残る2人はどうして解雇を免れたのだろうか? AI の業務を補佐する人員が必要だったからである。残った2人はAI の指示を受ける立場に降格したのだ。

AI が最も得意とするのは「知識」と「技術」を積むことである。人間はこの二領域でAI に追い付くことは絶対にできない。その前に人間固有の能力を身に付けなくてはならないのだ。

人間にしかない「能力」に注目せよ

人間固有の能力の1つに、創造的発想力がある。創造的発想力とは、これまでなかったことを新たに創り出したり、既存のものに革新を起こしたりする能力のことであり、通常、以下の3種類に分類される。

ビッグC(Big creative imagination)=人類史に残る発明を成す発想力

ミドルC(Middle creative imagination)=ビッグCとリトルCの中間

リトルC(Little creative imagination)=日常的な問題解決能力と変化に対応する適応力

上記の通り、ビッグC は、人類の歴史に足跡を残すレベルの創造的発想力のことだ。アレクサンダー・グラハム・ベルの母親は、聴覚障がい者だった。ベルはそのことをいつも気にかけ、母親の役に立ちたいと思っていた。

聴覚障がい克服のための研究を始めたベルは、母親以外の聴覚障がい者たちとも交流を深めるようになる。ベルの関心は、「お母さんの聴覚障がいの克服」から「人類の聴覚障がいの克服」まで広がったのだ。ベルは聴覚障がいと言語障がいがある子どもたちのための学校を建て、自分の人生を障がい克服のための発明活動に捧げた。

その結果、彼の発明は現代式補聴器の基盤となり、電気装置が装着された最初の補聴器と電話機まで生み出した。

パトリシア・ムーアは、料理を愛した祖母が関節炎のせいで料理を諦めた姿を見て、自分が勤めていたデザイン会社にこのような企画を提案した。

「お年寄りは関節炎のせいで冷蔵庫の扉をうまく開けられないんです。おじいさん、おばあさんのための新しい取っ手が必要です。私たちがデザインしてみるのはどうでしょう?」

しかしこの提案は、即座に却下されてしまった。それでも諦めきれない彼女は、老人のための冷蔵庫の取っ手を自らデザインすることを決心する。

当時26歳だったパトリシアは、80歳の年寄りになりきるべく、頭には白髪のかつらをかぶり、顔にはラテックスで作ったしわを貼り、眼鏡をかけて視界をぼやかし、耳には綿を詰めて聞こえを悪くした。関節には添え木をつけて手首と足首の動きを制限させ、腰には包帯を巻き、足には鉄製の補助機器をつけてアメリカとカナダの116都市をめぐった。そうして彼女は、1979年から1982年まで老人のようにして暮らした。

ユニバーサルデザインを生んだ祖母への想い

彼女はこの経験を土台にして、子どもから老人まで誰でも便利に使うことができる製品をデザインする新しい文化、ユニバーサル・デザイン(Universal Design)を創始し、ジャガイモの皮を剥くナイフ、音が鳴るやかん、両手利き用の包丁とはさみ、ゴムの取っ手が付いた料理用品、車輪の付いたカバン、階段のないバスの乗降口などをデザインした。


パトリシア・ムーアは、電話機を発明したベルや飛行機を発明したライト兄弟のように、世の中に存在しなかったものを創り出したわけではない。その代わりに彼女は、共感を通してミドルC を発揮したのだ。

世界的な学者とAI 専門家は、人工知能時代に人間が身に付けるべき必須の能力として、これらのような共感能力と創造的発想力を挙げている。

ここで考えてみよう。「共感能力と創造的発想力を備えることができなかった人々は、今後どうなるのだろう?」。

(イ・ソジン)