イスラエル軍の空爆により破壊されたパレスチナ・ガザ地区の住宅(写真:Bloomberg)

中東和平へ存在感が薄い日本

日本で今年11月7〜8日に開催された主要7カ国(G7)外相会合は、イスラエル・ハマス戦争に対して戦闘休止の共同声明を出して閉幕した。とはいえ、ウクライナ紛争同様、G7の影響力は高いとはいえず、昨今の国際紛争では存在感は薄い。

ただ、もし、日本政府が中東和平に向け、調停役として大きな成果を出せば、低下する世界への存在感が逆転し、一気に国際的指導力を評価される国になるのは間違いない。日本の復活に否定的な意見もあるが、日本国外で長年活動する筆者は、日本への期待感を肌で感じている。

G7外相会合に先立つ11月3日、駐日アラブ外交団は日本に対し、イスラエルによるガザ侵攻への対応を求める声明を発表。日本には議長国として、即時停戦や人道支援のため役割を果たしてほしいと訴えた。

サウジアラビアを拠点としたアラブニュースが2019年に実施した、アラブ世界に住む人を対象にした調査によると、イスラエルとパレスチナ間の和平合意の実現に向けて最も中立的な調停者の国名を尋ねたところ、回答者の56%が日本を1位に挙げ、次いでEUが15%、ロシアが13%、アメリカは11%、イギリスは5%という結果だった。

イギリスが低いのは、20世紀初頭からイスラエル建国を支持したにもかかわらず、パレスチナ情勢を見て外交政策を変えたことで中東を混乱に陥れた過去があるからだ。

同調査を国籍別に見ると、ヨルダン人は仲介者としてアメリカへの期待感が最も低く、中立的な仲介者と考えているのはわずか4%なのに対して、73%が日本を選んだ。パレスチナ人もまた、リストの中で日本を上位に挙げており(50%)、EUが続いている。

近隣諸国の事情は複雑

イスラエルとハマスの戦争は地上戦に突入し、パレスチナ自治区ガザの犠牲者は1万人を超え、近隣のアラブ諸国に和平調停国としての圧力が高まっている。しかし、近隣諸国の事情は複雑で、早期停戦に向けた動きは限定的だ。

イスラエル北部で国境を接するレバノンは、親イラン過激派組織のヒズボラが政党として政治に食い込んでおり、ヒズボラはハマスの今回のイスラエルへの大規模攻撃にも関与が指摘される。レバノン政府は国境での衝突を最小限に抑えることで精いっぱいだ。

最も期待される南の国境に接するエジプトは、ガザと直接国境を接する唯一の国だが、ガザからの避難民を受け入れれば、避難民に混じってハマス戦闘員も抱え込むことも考えられ、アメリカ、イギリスからの圧力にもさらされる。エジプト国内でもハマスの流入でイスラム過激派が勢いづけば、国内政治も不安定化する。

イスラエルの東部に接し、パレスチナの大義を支持するヨルダンは、ヨルダン人の50%以上がパレスチナのルーツを持つ。イスラム教とキリスト教の聖地である東エルサレムとヨルダン川西岸を統治していたレバノンには反イスラエル感情が強い。

イランは、今回のハマスによる攻撃で関与が疑われているが、反欧米の中国の仲介でサウジアラビアとの外交関係を強化しているため、その流れを壊す行動には表向き出にくい。イランが乗り出せば、中東全面戦争に発展する可能性が高く、イスラエルとの信頼関係はないに等しい。

ハマスのイスラエル攻撃直後から仲介役に意欲を見せるトルコのエルドアン大統領は、ウクライナ紛争でも調停役の立場を表明したが、今回も成果は出ていない。理由はトルコがハマス擁護者であり続けているからだ。2018年にエルドアン氏がイスラエルのネタニヤフ首相に宛てたツイートの中で、「ハマスはテロ組織ではないし、パレスチナ人はテロリストではない」との認識を示した。

現在、人質解放交渉などで名前が挙がっている中東カタールには、米軍が駐留する広大な米空軍基地の本拠地があり、アメリカとの緊密な同盟国であるとともに、ハマスの指導者の亡命先でもある。カタールは長年にわたり、アメリカや欧州が困難な交渉で直接取引したくない相手国との代理交渉をした過去もある。

カタールに本拠地を置く報道専門衛星TV局、アルジャジーラはガザ地区の現地取材を続ける数少ないアラブ系メディアだが、すでに現地取材中の記者と家族数十人が殺害されている。アルジャジーラはアラブ世界では貴重な情報源だが、アラブ世界を敵に回す場合もある。現状では、カタールはハマスのイスラエル大規模攻撃を非難しておらず、イスラエルのカタールに対する不信感は消えていない。

親パレスチナのデモが世界に波及

西側諸国が一斉にイスラエル支持を表明する中、われわれは毎日、イスラエルのパレスチナ自治区ガザで乳幼児を含む民間人の死の報道を見せられている。結果、どんなに欧米メディアがユダヤ寄りだとしても、その惨劇に心が揺さぶられ、パレスチナ人への同情は、親パレスチナデモとしてロンドン、パリ、マドリッド、ニューヨークに波及し、同時に反ユダヤ主義の行為も急増した。

これは過激派組織イスラム国(IS)が勢力を一気に拡大したときとの大きな違いだ。世界中の虐げられたアラブ系の若者が聖戦主義にひかれ、次々とIS戦闘員になる現象が起きたが、彼らによる斬首を繰り返す残虐映像が拡散し、世界中で嫌悪感は強まった一方、支持する国際世論は形成されなかった。

ハマスはもともとガザ地区で苦しむ住民への人道援助から出発した。アメリカのウォールストリートジャーナルは、なぜ、ガザの住民はイスラエル軍による大量虐殺の原因を作ったハマスに文句をいわないのかと疑問を呈している。ただ、キリスト教より明確な死後の世界を示すイスラム教では、異教徒によって殺害されたムスリムが高く引き上げられることを信じる信者は少なくない。

さらにハマスの巧妙な世論操作とイスラエルに虐げられるパレスチナ人の強い敵愾心がある。それはイスラエル政府が築いた高い壁で「天井のない監獄」といわれるガザ地区の中で醸成された。フランス在住の友人の50代のムスリム男性は「この戦争でパレスチナ人が今後何世紀にもわたって西欧に対して憎しみの感情を残すことこそハマスの戦略だ」と筆者に語った。

ガザ住民の心から抜き取りがたい恨みが醸成され、冷静かつ客観的に情勢を見る目はなくなっている。ユダヤ教にもイスラム教にも存在する報復の正義「目には目を歯には歯を」は、終わりのない憎しみの連鎖による殺戮に繋がっている。

イスラエルに吹く国際的な逆風

世界は、イスラエルの民間人の犠牲をいとわない度を越したハマス殲滅作戦に強い不快感を示しながらも、反ユダヤ主義もよくないとして2つの世論が並行して拡散している。

この2つの矛盾する世論はハマスの世論操作の結果でもある。とくにイスラエルのヨルダン川西岸のパレスチナ自治区への軍を派遣してまでの強引な入植を繰り返す国際法違反は今後、国際的逆風にさらされるだろう。

実は今回のイスラエル・ハマス戦争は、各国に根本的な政治の変化をもたらしている。それが顕著なのは欧州最大のユダヤ社会、アラブ社会を抱えるフランスで、とくに過去の政治的構図が崩壊しつつある。

100年前、フランスの急進的共産主義運動の中にはユダヤ人指導者が多くいた。急進左派「不服従のフランス」党を率いるメランション氏は、今回のイスラエル戦争でイスラエルを支持せず、イスラエルとハマス双方をテロリズムと批判した。ハマスはここでもフランス政治の分断に成功したといえる。

9・11アメリカ同時多発テロが起きたとき、ビンラディンがテロ実行の開始に使ったコード・ネームは「グラナダの悲劇を繰り返すな」だった。その意味は8世紀から800年間、イベリア半島を支配したイスラム勢力がキリスト教の勢力による虐殺にあい、半島を追い出された最後の地がグラナダだったからだ。現在、ユダヤ教、キリスト教を含む西洋文明とイスラム文明の対立の構図は、歴史の呪縛からのものだ。

日本の多くの中東専門家は日本の調停役としての役割に否定的だ。ただ筆者の取材経験から、時代が根底から大きく変わりつつあることを踏まえ、アラブ諸国の日本への期待も含め、熟考のうえ、アクションを起こすべきと考えている。

日本の国際的発言力の強化は課題

東西冷戦が終結した1990年代、筆者はヨーロッパの政治家、財界人、学者などの知識人に連続でインタビューした。そのとき、ほぼ全員から「日本は冷戦後の新たな世界のフレームワーク作りでイデオロギーにこだわらない主要プレーヤーになってほしい」と言われた。

だが、当時の日本にそんな空気はなく、バブル崩壊で失意の中、内向き状態が続き、目まぐるしく首相交代が続いていた。

何をやっても支持率が上がらない岸田政権の迷走が今も続いているが、世界情勢は冷戦終結当時同様、ウクライナ危機で大きく様変わりしている。SNSの時代、今回のイスラエルでの戦争でパレスチナへの支持、ユダヤ人への憎悪が特に若者の間で恐ろしい勢いで拡散し、戦争に影響を与えている。アメリカはますます存在感を失い、大国より新興国や途上国の発言力が増している。

国際通貨基金(IMF)の予測では、日本の名目GDPは2023年にドイツに抜かれ4位に転落する見通し。この流れが続けば、日本の存在感は弱まる一方だ。経済一流、政治三流と言われた日本は経済一流の評価も陰りが出ており、国際的発言力の強化は必須の課題だ。

Win-Win交渉術では、妥協は交渉する両者が敗者になることを意味する。妥協は目標を引き下げるからだ。Win-Winの理論では、交渉を決裂させないために妥協案ではなく、クリエイティブオプションを準備することが重視される。つまり、新たな価値の創造、ビジョンの再構築だ。

日本国憲法の戦争の放棄の動機に「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」とあるが、戦争を放棄する姿勢があったとしても、平和を誠実に希求することと、可能なかぎり紛争に関わらない態度は矛盾する。とりわけ、逃げ腰外交は、どの国からも信頼されない孤立の道が待っている。戦後78年、平和あっての経済発展を遂げた日本は中東和平が経済発展の近道なことをアピールすべきだ。

中東和平への関与は日本の国益に合致する

多様で世俗化が進むアラブ世界にはびこる分離主義は時代遅れの幻想でしかない。国際法やルールだけをかざしても現在進行中の戦争を止めることはできない。理由は両者ともに国際ルールより、自分たちの論理を優先する傾向が強いからだ。中東和平への関与が日本の国益に合致することを見据え、あえて火中の栗を拾う決断が重要だろう。

ポピュリズムの風がSNSを通して吹き荒れ、冷静な判断より、その時々の感情で世論が移り変わりする時代をハマスはうまく利用している。日本が得意なバランス外交や宥和外交だけでは調停役にはなれないだろう。

異文化理解を深め、異文化間のコミュニケーションスキルを磨き、寛容さと柔軟性、透明性を高め、国益を見据えた誰もが納得する明確なビジョンに対する信念を持って多角的積極外交を展開するときが来ているように思われる。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))