インドネシア・ジャカルタ―バンドン高速鉄道のジャカルタ側始発駅、ハリム駅に停車する列車(筆者撮影)

東南アジア初の本格的高速鉄道となるインドネシア・ジャカルタ―バンドン高速鉄道(ハリム―テガルアール間142.3km)の一般向け試乗会が、10月1日に予定される開業宣言を間近に控えた9月17日、ついに始まった。くしくも、当初開業を予定していた8月17日のインドネシア独立記念日から遅れることちょうど1カ月、東南アジア最速の時速350km運転を体感することがかなった。試乗会と高速鉄道の沿線風景をレポートする。

一般向け試乗会は約3分で満席に

試乗会の応募フォームは、公式インスタグラム及びツイッター(X)で前日16日の21時過ぎに突如告知された。

試乗会は往復乗車で、ジャカルタ側のハリム発、バンドン側のテガルアール発がそれぞれ1日2往復設定され、向こう1週間分の列車指定ができたが、告知の2〜3分後には全列車満席となった。高速鉄道に対する高い関心がうかがえるが、関係者経由で応募フォームが事前にリークされていたこともあり、一般公開されたときにはほぼ満席だったという事情もある。筆者も事前にリンクをもらっていたこともあって無事登録でき、ハリム9時発の列車に乗ることになった。


高速道路に沿ってブカシ付近を行く営業用編成(手前)と検測編成の16両併結試運転(筆者撮影)

在来線でバンドンに向かう場合、ジャカルタ側の乗車駅は中心業務地区の北側に位置する官庁エリアのガンビル駅だった。同駅はジャワ島各地に向かう長距離優等列車の発着駅として長らくその地位を守ってきたが、高速鉄道の始発駅は中心地区からやや南東に外れたハリムとなる。

ハリムへの公共交通機関によるアクセスは、高速鉄道と同時並行的に整備が進められてきたLRT Jabodebek(ジャボデベック)を利用することとなる。


高速鉄道は、日本案(新幹線方式)では中心業務地区のドゥクアタスまで乗り入れる予定だったが、実際にはハリム発着となり、都心と郊外のデポック、ブカシまでを結ぶLRTがアクセス輸送を担うことになった。こちらも8月28日からソフト営業を始めており、9月下旬時点でハリム駅では高速鉄道利用者に限り乗降が認められている。同地区には国内線専用のハリム・プルダナクスマ空港もあるが、現時点で高速鉄道、LRTとの接続は図られていない。

筆者は自宅の最寄り駅から通勤鉄道のKCIコミューターラインに乗車し、LRTと接続するチャワン駅で乗り換え(LRT側の駅名はチココ)、ハリムへ向かった。チココからハリムまでは3駅で、所要時間10分ほどだ。通勤鉄道が停車せず、至近駅からタクシーやバイクタクシー、または渋滞に巻き込まれがちなバスウェイでしか到達できないガンビルより、とくにジャカルタ南部の在住者にとっては便利であると感じる。


ハリム駅へのアクセスを担うLRT Jabodebek。乗り換え客を考慮してハリム駅では停車時間を長めに取っている(筆者撮影)


LRTは、バスターミナルがあるカンプンランブータンやブカシティムール(ジャティムルヤ)などもカバーしており、首都圏の幅広いエリアからのアクセスが容易である。また、ガンビルから特急に乗るような客層は、運転手付きのマイカーで乗り付けることも多く、そういった点でも郊外で高速道路からのアクセスも良好なハリムに始発駅を置いたのは結果的に最適解だったといえそうだ。

中国式巨大駅でも「漢字」はなし

日本案ではジャカルタ側のターミナルとしていくつかの場所が候補に挙がり、ハリムもその1つだったが、進路方向の土地が確保できないとして選定から漏れていた。しかし、実際に建設された中国案では高速道路に並行、つまりそのままバンドン方面に出発可能な位置に巨大なターミナル駅が造られた。

高速鉄道のハリム駅はLRT駅から500mほどの連絡通路で直結しており、動く歩道が設置されている。筆者の乗車したLRTには、同じ9時発の試乗会列車に乗車する鉄道ファンのグループも乗り合わせており、足早に高速鉄道駅に向かっていった。


LRT Jabodebekの車内から見た高速鉄道ハリム駅(筆者撮影)

ハリム駅はこれぞ中国式高速鉄道ターミナルといえる堂々たる駅舎であるが、同じく「一帯一路」政策のもとに建設されたラオス・中国鉄道のような漢字表記の巨大な駅名看板は見られない。駅の案内サインもインドネシア語と英語のみの極めてシンプルなデザインだ。2022年9月に高速鉄道車両がインドネシアに到着したとき(2022年9月6日付記事「インドネシア『中国製高速列車』上陸と今後の行方」参照)もそうだったように、中国カラーは消されている。

ジャカルタ―バンドン高速鉄道の運営主体の正式名称はインドネシア・中国高速鉄道(Kereta Cepat Indonesia Cina)、略してKCICで、その名の通り中国とインドネシアの国営企業の共同出資によって成り立っている。駅に中国の国旗を掲揚したところで問題はないはずだが、試乗客を出迎える駅前にはインドネシア国旗のみがはためいていた。

日本の円借款で建設されたジャカルタMRT(地下鉄)の開業式典でも日本カラーが完全に消されていたが、民活プロジェクトとして中国側に出資させていてもなお、あくまでも中国は出資者の1つにすぎず、それ以上でもそれ以下でもないというインドネシア側の強い意志を感じる。


巨大なハリム駅の駅名看板はインドネシア語表記のみ。中国国旗も掲げられていない(筆者撮影)

試乗会の受付は1階の入り口に設置されており、車で乗り付けてくる試乗会参加者も多い。今は一般道からしか駅前に乗り入れできないが、すぐ横を走っている高速道路からそのまま駅前に乗りつけられるようにすれば、好評を博すだろう。

受付を済ませ、エスカレーターを上ると空港のようなX線の手荷物検査がある。その先が待合室になっているが、16両編成対応でホーム3面6線を有するハリム駅ながら案外小さい印象を受けた。ベンチがまだすべて搬入されていないこともあるが、柱の下を中心に弧を描くような形の固定式ベンチが備わっており、ある意味で無駄な空間があるのも理由だろう。無機質な中国式の駅の中にインドネシア的な意匠も取り込んでいる。逆に、明らかに中国式だと思わせるのは青色の巨大な電光掲示板、そして、それに表示されている列車番号がGから始まっていることくらいである。もちろん、これも中国語の表示はない。


中国式高速鉄道特有の広い待合室だが、柱の周囲には不規則な形のベンチがありインドネシア的な意匠も取り込んでいる(筆者撮影)


青い発車案内表示板と自動改札機。これから乗る列車はG1001。G1003はテガルアールからの試乗客の折り返し列車だ(筆者撮影)

鉄道ファンをPRに活用

待機していると、発車の30分前からホームに上がれるとの案内があった。それによると、一般の試乗会参加者は8両編成のうち6・7号車にしか乗車できないようで、ほかの車両はプロジェクト関係者、政府関係者とその家族、また立ち退きに協力した沿線住民、それにインフルエンサーとして乗車するVIP枠だという。中国人の姿はゼロである。先ほどLRTに乗り合わせていた鉄道ファンらはVIP枠での乗車のようだ。

KCICは、鉄道ファンなどを中心としたインフルエンサーを活用している。このような試乗会への招待はもちろん、工事期間中も沿線のファンらに工事風景をドローンなどで撮影することを許可していたほか、テガルアールの車両基地にも彼らを定期的に招き入れ、情報を積極的に拡散させていた。中にはKCIC公式よりもよほど多い登録者数、再生数に成長しているアカウントもある。

また、鉄道ファンに人気の高かった、中国から搬入した東風4型機関車が牽引する工事列車の運転情報も発信していた。レアな工事列車や試運転を、狙ったかの如く週末に走らせたことは注目に値する。9月17日が初日とされている試乗会であるが、実際には前日にも鉄道ファンサークルなどのインフルエンサーが招待されている。何かと秘密主義的に進められる日本のプロジェクトも見習う必要があるのではないか。

指定された席に着くと隣も鉄道ファンで、やはり試乗会の応募ページのリンクを事前にもらっていたそうである。それでいて一般試乗客向けの車両が2両しかないのでは、受付が瞬殺で締め切られても不思議ではない。

8両編成の列車の定員は、普通車(プレミアムエコノミー)555人、ファーストクラス28人、VIPクラス14人の計597人。2編成を併結した16両編成による運行も可能である。普通車の車内はまるで日本の新幹線と見紛うかのごとくで、2+3列の配置で回転式リクライニングシートがずらりと並んでいる。可動式の枕を装備しているのがうれしい。座り心地も新幹線と同じと思いきや、より安定感があり、体にしっかりとフィットする印象を受けた。


8両編成中大半を占める普通車(プレミアムエコノミー)の車内。日本の新幹線の車内そっくりである(筆者撮影)


1号車、8号車の運転室寄りに配置されているVIPクラス(筆者撮影)

このCR400AF型は、日本の新幹線E2系を基にした中国の高速列車CRH2型の発展形ともいえるが、扉がプラグドアである点や、先頭・最後尾車両のドアが車体中央にあり、それぞれ運転台側がVIPクラスになっている点などが異なっている。このあたりは、ドイツからの技術供与で造られたCRH3型の流れを汲んでいるとも言える。


車両のドアはプラグ式を採用している(筆者撮影)

揺れも騒音もほぼない車内

列車は定刻通り出発し、みるみるスピードを上げていく。だが、歓声の類はまったくと言っていいほど上がらず、皆、ある意味で冷めている。一般向け試乗会とは言いつつ、知識ゼロの「本当の意味での一般客」は乗っていないのである。

駅を出ると、すぐに高速道路をくぐる1号トンネルに時速160kmで入る。ジャカルタ側唯一のトンネルで、長さは1870m。このエリアはハリム空港の制限空域で、道路をまたぐLRTのさらに上を通すことができないためにトンネルになったと思われる。ちなみに日本案では、ジャカルタ都心部からブカシ付近まで一部区間を除き地下線となっていた。中国案はより経済的なルートを取っていることがわかる。

トンネルを抜けると高速道路の南側を沿うようにして走る。この先、ブカシ付近の12km地点まではカーブが多いため最高速度は時速200kmに抑えられているが、その先はバラスト軌道からスラブ軌道区間となり、300kmにアップする。さらに16km地点から先、パダララン手前の95.5km地点までが350km運転区間である。

揺れも騒音もまったく気にならず、車内は静寂そのものである。高速道路から徐々に南側にそれる形で離れていくと、最初の中間駅であるカラワン駅を最高速度で通過。ハリムからの所要時間は10分足らずである。

ブカシからチカラン、そしてカラワン一帯は、日系企業も多く集まる工業地帯であるほか、大手不動産会社が住宅開発も進めている。とはいえ、カワラン駅周辺は田んぼが広がるだけである。駅の少し手前、進行方向右手の広大な平野の中に、突如高層アパートが林立するエリアが現れるが、これはメイカルタと呼ばれる新興開発地区だ。一部入居は始まっているものの大半は未完成で、中国のゴーストタウンすら彷彿させる不気味な雰囲気である。

日本案ではカラワンではなく、その手前のチカラン付近に駅が予定されており、メイカルタもそれを当てにして開発していた。ただ、カラワン駅からも直線距離にして10km弱しか離れておらず、駅から数kmの範囲内にはトヨタも入居する日系工業団地があり、イオンモールも建設中である。行政がイニシアチブを取り、一帯の道路整備、駅周辺の区画整理が実施されることを期待したい。


高速鉄道から見えるメイカルタの高層アパートメント群。手前のエリアも含め、すべて開発される予定だった(筆者撮影)

カラワンを過ぎると進路を南に取り、緑豊かなジャティルフール湖畔をかすめるように進んでいく。在来線ならば、バンドンへ向かう山岳区間の入り口、プルワカルタ付近である。高速鉄道はここから標高695mに位置するパダラランまで一気に勾配を駆け上る。一方、在来線のプルワカルタ―パダララン間は今から約120年前、オランダ植民地時代に建設されてからほとんどテコ入れがなされておらず、山岳区間でありながらトンネルは1カ所のみ、それ以外は尾根を縫うようにして走るため、同区間だけで1時間半を要する。それが高速鉄道ではトップスピードを維持したまま、わずか10分ちょっとで駆け抜けてしまう。


車内の案内表示器で現在の速度を表示する(筆者撮影)

この間に11カ所のトンネルがあるが、最も長い4478mの第6トンネル以外は、長くても1000mほどしかなく、ずっとトンネルで車窓が真っ暗というわけではない。車両の気密性はかなり高いようで、トンネル内での「耳ツン」はない。これだけの高低差を一気に上れば気圧の変化で耳に違和感がありそうだが、それもなかった。トンネル内ではちょうどハリム行きの列車とすれ違ったが、この騒音も気にならなかった。

バンドンへは「フィーダー列車」で

美しい棚田を谷間に架かる橋で越え、減速しながら第10トンネルに入ると、この列車の最初の停車駅、パダラランである。ハリムからわずか30分だ。在来線ならば、始発のガンビルを出てブカシに着くか着かないかという時間である。トンネルを抜けると在来線が右手に現れる。距離感と相まって、まるで北陸新幹線で軽井沢に到着する感覚だ。


トンネルを抜け、在来線が進行方向右側に現れるとパダララン駅に到着(筆者撮影)

パダララン駅はバンドン中心部へのアクセス向上のため、後から設置が決まった駅である。2023年初めの時点では駅舎はおろかホームすら完成していなかったが、半年足らずで仕上げた。開業後はここから在来線のリレー快速列車(当地ではフィーダーと呼ぶ)が運行され、途中、バンドン都市圏の一角を占めるチマヒに停車し、バンドンまで18分ほどで結ぶ予定である。


バンドンに直接乗り入れる計画だった日本案に対し、フィーダー列車に乗り換える必要性がある点は中国案への批判材料となっている。だが、仮に在来線のバンドン駅にそのまま乗り入れたとして、駅からはタクシーかオンライン配車アプリを使う以外に二次交通が存在せず、しかも駅前道路は大渋滞である。とくに観光客の場合、バンドン中心部に用がある人は少ない。ならば高速道路にも近く、郊外のレジャースポットにアクセスしやすいパダラランやチマヒで乗り換えたほうが、ストレスにならないのではないか。

パダラランから先は再び高速道路に並行し、バンドン市街地の外縁を行く。ここはバラスト軌道になっており、最高速度は時速200kmである。高速道路沿いには住宅地のほか、繊維系を中心とした小規模工場なども多く立ち並んでいるが、テガルアール駅の手前まで来るとあたり一面が水田となる。唯一の建物と言えば、進行方向左手に見えるバンドンスタジアムである。


高速道路に沿ってバンドン市街地の外縁を走る高速鉄道(筆者撮影)

バンドン市では、この一帯を「グバグデ開発エリア」と指定しており、駅もその中に位置する。開業によって一気に開発が加速するだろう。日本案では、線路はバンドンを経てグバグデまで建設する計画で、駅は在来線のグバグデ駅に併設する形だった。実際に建設された中国案では、駅は高速道路に並行してテガルアール駅として設置されたが、グバグデ駅とはさほど離れていない。


テガルアール駅に到着した試乗会列車(筆者撮影)

高速鉄道が生む巨大経済圏

テガルアール駅の先にある車両基地は在来線のランチャエケック駅付近の線路に沿っている。車両基地まで営業列車を走らせれば、バンドン以西へ向かう在来線長距離列車と接続が可能なだけに、残念だ。

それができないとしても、駅の脇の高速道路には、ジャカルタから頻発している高速バスがひっきりなしに走り、さらに西のガルトやタシクマラヤ方面へと運行している。高速道路から駅にそのまま乗りつけられるようにして、これらのバスと組み合わせて利用できるようにすれば、さらに多くの需要を見込めるはずだ。インドネシアでは壊滅的に不便な駅からの二次交通整備と合わせて、検討に値するだろう。


ホームに大屋根がかかるテガルアール駅(筆者撮影)

テガルアール駅は唯一の地上駅で、ややこじんまりとした2面4線の駅であるが、大屋根がかけられており、非常に開放感がある。駅舎側からもホームがよく眺められるように造られており、駅前駐車場には見物人が集まっていた。ハリムからわずか45分、もはやバンドンはジャカルタの通勤圏内である。

インドネシアの人口は国土の6%に過ぎないジャワ島に約6割が集中しているが、その中でも高速鉄道の沿線には東京23区並みの人口密度を誇る都市が連なり、インドネシアのGDPの約3割を生み出している。これらが高速鉄道によって結び付けられることになる。巨大経済圏の誕生を感じずにはいられなかった。


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(高木 聡 : アジアン鉄道ライター)