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「男の責任は何処に消えたのだろう」――。

2023年7月、実家の庭に赤ちゃんの遺体を埋め、死体遺棄の罪に問われた女性に執行猶予付きの有罪判決がくだった。

妊娠は男女2人による性行為の結果起こる。男性は物理的に逃れられるのに対し、女性は中絶もしくは養育の責任から逃れられない。放棄すれば女性だけが罰せられているとして、SNSでは不平を訴える声が広がった。父親の責任を問うことはできないのか。J-CASTニュースは2023年9月上旬、弁護士に取材した。

妊娠の過程で問題があった場合は、男性を処罰できる可能性がある

母親が生まれて間もない赤ちゃん「嬰児」(えいじ)を殺めてしまう事件が後を絶たない。

SNSの一部では、「中絶や望まない妊娠を減らしたいならば、中絶や妊娠そのものに着目するのではなく、無責任な射精を防ぐ必要がある」などと論じたガブリエル・ブレア氏の著書「射精責任」(太田出版)が7月に発売されて以来、望まない妊娠を「させた」男性にも責任を問うべきだという声も広がっている。

今回、死体を遺棄したのは女性であるが、望まない妊娠であった場合、現行法において父親の責任を問うことはできないのか。

J-CASTニュースは9月11日、女性協同法律事務所所長で、女性の生き方に関わる問題に取り組む原田直子弁護士に取材した。

原田弁護士はこう述べる。

「刑法上、殺人や保護責任者遺棄は、直接手を下すか、共謀した場合にのみ処罰されます。今回の事例では、父親が誰かわからない、あるいは出産自体を父親が知らないケースがほとんどだと思います。婚姻や同居している間に生まれた子供を遺棄した場合は別ですが、現在の刑法ではこの場合、処罰できないと思います」

女性が望まない妊娠をした場合、法的に父親の責任を問うことはできないのか。

原田弁護士は、父親であることがわかれば、子どもを育てる責任を養育費の形で求めることは可能だとする。

「ですが、問題は、いくら父親が養育費を払ったとしても望まない妊娠をした女性が産んで育てなければいけないという負担は、養育費などでは解決できない問題ですよね。人生が大きく変わりますよね」

原田弁護士は、不本意であれ妊娠してよかったと思える人はよいが、一方で望まない妊娠をした場合に女性は途方にくれてしまうと憂慮する。望まない妊娠をした人へのバッシングが、相談機関へのアクセスを妨げているとも分析する。

「『親、学校にバレたらどうなるんだろう』と不安が募るはずです。妊娠したことに気づかないケースもあり、特に若い子の妊娠は親も気づいてない場合があります」

風俗店勤務で「望まない妊娠」をしてしまった場合、立証が難しい?

今回の事件は、女性は風俗店に勤務し、避妊せずに客と性行為に及ぶこともあり、その中で妊娠したと報じられている。SNSでは店側の責任を問う声も多い。

風俗店での本番行為は、売春防止法により禁止されている。事件を起こした女性が妊娠したということは、風俗店での本番行為(挿入を伴う性交)があったとみられる。

「今回の風俗店の場合、契約の内容に本番行為が含まれていないのに、密室で断りきれない状態で性交させられた結果妊娠したという場合は、不同意性交罪になる可能性があります。もちろん、立証するのが非常に難しいかもしれませんが、妊娠の原因になる行為について、処罰される可能性はあると思います」

「不同意性交であれば妊娠したことが要件ではないので、訴えることはできます。本当にしたかどうかに対して、もし妊娠していたら、DNA鑑定によって、少なくとも性交があったということの立証になります。今回の場合は致死なのでその後の問題はないですが、子供が生まれた時は子供に対してどう責任を取るかという話になります」

本番行為を容認、あるいは強要していたのであれば風俗店経営者の責任は問えないのか。原田弁護士は「刑法上は難しい」と指摘するが、「民法上はあり得るかもしれません」という。

「風俗産業は、今、デリヘルが1番多いと思います。デリヘルは、お店の直接の管理下ではないところで、性行為をさせられることがありますよね。ホテルや部屋に行くのは、危険度が高い営業形態なので、キャストの安全をきちんと確保していたかどうかを争点に争える可能性は、民法上や労働法上はあるかもしれません。『(性行為が)できますよ』と言ってキャストには内緒で売り込んでいたとも考えられます」

とはいえ、訴訟を起こしても「立証が難しいのではないか」と付言する。

「店側は『知らなかった』と言うはずです。お店のホームページなどには(本番行為ができると)絶対書いていません。存続している店はその点を指摘されないようにしていると思います」

さらに風俗の問題でいえば、女性がきちんと働いて賃金を得る場所がなく、風俗産業が社会的な貧困や弱者の受け皿になっていると原田弁護士は指摘する。

性行為を行うのは男女であっても、生物学的には、その結果は女性だけに負担がかかる。女性に様々な選択の余地を認めて、「結果を女性だけが負担しなくてはならない社会を変えていかなければならない」と原田弁護士は訴える。

望まない妊娠をした女性への支援拡充が必要

原田弁護士は、望まない妊娠をした女性への支援体制が不十分だと指摘する。

支援機関を充実させるだけでなく、望まない妊娠をした人に対する批判やバッシングをなくし、妊娠しても解決する道はあるということを本人たちが分かるような仕組みが必要だと強調する。

その1つとして、望まない妊娠をしないように、経口避妊薬と緊急避妊薬を今よりさらに手軽に手に入るようにすることが大切だと指摘する。

「緊急避妊薬は病院に行かないともらえませんが、病院に行くのはハードルが高いです。外国では気軽に薬局で買えます。『そんなことをしたら、軽々しく妊娠するんじゃないか』という人がいますが、現実に望まない妊娠をしている人がたくさんいて、こんなに痛ましい事件が起きているので、その人たちが妊娠を継続しないで済むような仕組みを整えるのが必要だと思います」

もう1つ、青少年、特に男子に対する性教育も必要だと説く。

「若い女の子たちの中には、『彼の言う望みを聞いてあげないと関係が続かない』『愛しているなら何でもする』という価値観があります。デートDV(交際相手の暴力)もそうですが、『愛しているのに俺の言うことが聞けないのか』と言われてしまうわけです。恋愛はお互いの人格を認め合って作っていくもので、その中で『性行為はこういう意味があるんだよ』と学ぶ機会がありませんよね」

「日本でも不同意性交罪が成立しましたが、スウェーデンでは、不同意性交罪を2018年に導入し、ノーじゃないかではなく、イエスであるかどうかを確認するよう教育していると聞いています。お互いのイエスを確認する教育をしていかないといけないと思います」

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