ジャニーズ事務所からのスポンサー企業の撤退。今後ほかの企業に広がるだろうか(撮影:風間仁一郎)

ジャニー喜多川氏の性加害問題は、9月7日に行われたジャニーズ事務所の記者会見により、大きな節目を迎えた。

事務所側が性加害の事実を認め、謝罪し、被害者の補償と救済を行うことを約束した。その点では一歩前進したようにも見える。

しかしながら、「過去を清算して、新たな一歩を踏み出す」ということを印象付けることに成功したかというと疑問が残る。所属タレントトップの東山紀之氏が新社長に就任し、藤島ジュリー氏は社長を引責辞任したが、代表取締役に留まることを表明。ジャニーズ事務所株式は依然として100%藤島ジュリー前社長が保有、「ジャニーズ事務所」の社名も変更はしないとの発表もなされている。

会見後、ジャニーズのタレントを起用しているスポンサー企業が相次いで契約終了を表明しているが、これはスポンサー企業が事務所に対して厳しい評価を下していることの証左と言える。

これからもスポンサー離れは進むのだろうか? そして、ジャニーズ事務所に”未来”はあるのだろうか?

ジャニーズにNOを突きつけたスポンサー企業

記者会見の直後、東京海上日動火災保険はジャニーズ事務所との契約を更新しないことを発表した。同日、日本航空(JAL)も、同事務所所属タレントの広告起用を見送る方針を明らかにした。

ジャニー喜多川氏の性加害を受けて、広告へのジャニーズタレントの新規起用を見送ったり、契約を更新したりしない事例はこれまでも存在した。しかしながら、理由を明言する企業はなかった。

2社ともに、「起用しない」と明言したことは、世の中にとって大きなインパクトを与えたと言えるだろう。

東京海上日動は、途中での契約解除も検討すると表明しているが、この点も大きい。タレントが不祥事を起こした場合であれば、スポンサー企業は事務所側に違約金等の補償を求めることができるが、今回の場合は契約条件を見る限り、それも難しいだろう。途中解約した企業は新しいタレントを起用し、新しい広告を制作する必要があり、手間もかかる。

一方、日本航空の方は、現在はジャニーズ事務所所属のタレントを広告には起用していない。にもかかわらず表明を行ったのは、ジャニーズ事務所と世の中に対して、明確に意思表示するという意図があったと思われる。

翌日、アサヒグループホールディングス、キリンホールディングスも契約更新を行わないことを発表した。ビール・飲料メーカーは社会貢献意識も高く、ブランドイメージを重視する傾向がある。今後、同業他社も追随していくことが予想される。実際、サントリーホールディングスは検討中とされている。

米国に本社を置くP&Gの日本法人であるP&Gジャパンは、ジャニーズ事務所に対して、被害者救済や再発防止を強く求めている。P&Gに限らず、外資系企業、グローバル企業はコンプライアンスに厳しい傾向がある。特に、性加害への姿勢は海外の方が厳しい。

ジレンマから解放されたスポンサー企業

CMに起用しているタレント自身が不祥事を起こした場合は、不祥事の深刻さ、企業や商品に与えるダメージの大きさ等を踏まえて、継続起用の有無が検討される。

しかし、今回の場合は、タレントの不祥事ではなく、しかも加害者は故人である。

契約を継続した場合は「問題を起こした企業に利益誘導を図っている」という批判を浴びるし、解約した場合はファンを中心に「タレントには罪はない。取り下げるのはかわいそう」と批判を浴びる。どちらの選択を取っても、批判を浴びてしまうというジレンマに陥っている。

これまで、多くの企業は「タレントに罪はない」ということを重視し、「現在、調査中であり、事実関係を確認中」であり、「(調査結果を踏まえて)ジャニーズ事務所から正式な表明があるだろう」ということを理由に判断を先送りしてきた。「事実関係が確認されていない以上、判断もできない」という主張はそれなりの正当性がある。

しかし、ジャニーズ事務所側が記者会見で性加害の事実を認めた以上、判断を先送りにする理由もなくなった。


性加害問題の被害者被害者への補償とタレントのケア担当として、代表取締役を続投する藤島ジュリー景子元社長(撮影:風間仁一郎)

事務所側は、謝罪と被害者への補償と救済は約束したものの、経営者と株主に関しては旧体制とさほど変わらず、被害者への補償や救済の具体案がまだ出ていないことも確認された。

加えて、国連作業部会の記者会見、再発防止特別チームの報告、今回のジャニーズ事務所の記者会見と、重要な発表を経るたびに、これまであまり報道してこなかったテレビ局がジャニー喜多川氏の性加害問題を真剣に報道するように変化している。こうした中、性加害報道の間にジャニーズタレントが出演するCMが流れてしまうという事態も生じている。

「タレントには罪はない」というのは事実だが、それを盾にして契約を継続することも、いまや難しくなっている。

日本企業は概して横並び意識が強く、他社の動向を見ながら判断する傾向がある。広告契約の解除についても、大手の一社が判断に踏み切ったら、他社も一気に追随していく可能性がおおいにある。

日本の大学での授業やセミナーでは、講師が「なにか質問はありませんか?」と質問をしても、なかなか手が上がらない。しかし、一人が手を上げると、どんどん手が上がるようになり、質問をするようになる。多くの人が経験したことがあるのではないか。

これと同じで、「契約解除したいけど、最初に矢面に立つのは嫌だ」と思って様子見をしていたのが、一社がやってしまった後は、別の企業も追随しやすい。実際、7日の会見の後に発表が相次いだのには、そうした背景もあるだろう。

ジャニーズ事務所を解体に導きかねない2つの「急所」

現状では、どこまでスポンサー企業が離れていくのか、予想はつかない。しかし、被害者への補償・救済を、迅速かつ全力で行わないと、スポンサー企業は次々と離反していくだろうことは間違いない。

スポンサー離反の雪崩現象が起きると、ジャニーズ事務所の収入源の大きな部分が失われる。CMへの出演は、事務所にとってはタレントのプロモーション活動の役割も担っている。それが消えていくと、タレント活動にもダメージが出てくる。

影響はそれに留まらない。いずれ、テレビ番組でのジャニーズタレントの起用も控えられるようになるだろう。現状においては、テレビ局の大半はジャニーズタレントの起用に関して、実質「現状維持」を表明している状況だ。民放テレビ局においては、収入のおおむね80%が広告収入である。スポンサー企業が「ジャニーズタレントを使っている番組には広告を出さない」という判断をしていくと、テレビ局だけが現状維持で使用を継続するというわけにはいかなくなる。

ジャニーズ事務所は、広告収入を失い、テレビの出演料も失うという「ダブルパンチ」を食らうことになるのだ。

ジャニーズ事務所のビジネス活動において、最速で取り組まなければならないのが、このスポンサー離れだ。新体制となったジャニーズ事務所が、今後どれだけ性加害問題に向き合い、改革を加速できるか、スピード感も今後重要な焦点となってくる。

最後に、スポンサー離れ以外のもうひとつの緊急課題について述べておきたい。


性加害について「うわさ」でしか知らなかったという経営陣(撮影:風間仁一郎)

会見に出席した藤島ジュリー前社長、東山新社長、井ノ原氏は、全員ジャニー喜多川氏の性加害について、異口同音に「うわさでは聞いていたが、見たことはないし、ジュニアから直接話を聞いたこともない」といった発言をしている。会見後、数名の所属タレントが同様の発言をしている。この点に関しては、事務所側と被害者側の主張に大きな齟齬が見られる。

東山社長については、かつて所属タレントに対して性加害を行ったという疑惑も浮上している。元タレントによる書籍などでそのことが描かれている。東山社長はそれを記憶にないなどとして否定しているが、この点についても、被害者の主張と食い違いが生じている。

事務所側と被害者側で重要な事実関係について「あった」「なかった」という争いが生じてしまうと、補償と救済に関して同じテーブルにつくことさえ難しくなってしまう。そうなってしまうと、スポンサー離れがさらに加速することになりかねない。

再発防止特別チームが提案する「解体的出直し」を実現するうえで、多くの課題が山積しているのだ。

1.スポンサー離れの阻止

2.被害者との合意形成

特にこれらの2点は、ジャニーズ事務所が緊急で取り組まなければならない課題である。それができなければ、ジャニーズ事務所の「出直し」は難しくなり、「解体」の道をたどることになるだろう。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)