「ごめん、仕事の電話」とデートで中座を繰り返す男。呆れた女は“まさか”の反撃に出る…
松坂由里香は、パーフェクトな女。
美貌。才能。財力。育ち。すべてを持つ彼女は、だからこそこう考える。
「完璧な人生には、完璧なパートナーが必要である」と。
けれど、彼女が出会う”未来の夫候補”たちは、揃いも揃って何やらちょっとクセが強いようで…?
松坂由里香の奇妙な婚活が、いま、幕を開ける──。
▶前回:グルメな婚活男子とマッチング。鮨デートで、女が思わず「ん?」と気がかりに思ったこと

Vol.3 仕事熱心な男
火曜日のオフィス。せわしなくタイピングをしながら、由里香は秘書の星野に尋ねた。
「あ、Teamsの該当のところにしまってあります」
「ありがとう!じゃあこれ、先方に渡すように体裁を整えてもらっていいかな?あと、週明けに出すプレスリリースのチェックも終わってるから、あとよろしく」
ラップトップから視線もそらさず次々と仕事をこなしていく様子は、いつも以上に“スタートアップの女社長”らしい精力的な働きぶりだ。
しばらく指示されていた仕事をこなしていた星野が、キリのいいタイミングで話しかける。
「てか社長、今日めちゃくちゃ張り切ってますね」
「だって先週末は講演会に登壇したから、明日代休なんだもん。星野くんもそうでしょ。平日休みは嬉しいけど、仕事詰まるよねぇ〜」
共感を得るために由里香は、星野に向かって少々大袈裟に、眉を下げて微笑んでみる。
しかし、すべてを察した星野から返ってきたのは共感ではなく、何かを察したような眼差しだった。
「休日だろうが関係なく仕事ばっかりしてる社長が、代休のために焦っている…。
なるほど。で、明日のお相手はどんな人なんですか?また寿司オタクの医者?」
「あ、バレた?そうなの、明日は婚活デート!だから絶対、今日のうちに仕事終わらせておきたくて。
ちなみに、明日の人は無趣味で、あえて言えば仕事が趣味なんだって。グルメオタクのエセ趣味人に懲りて、無趣味の人とマッチしてみたんだけど、星野くんどう思う?」
照れくさそうに笑う由里香に、星野は興味なさげに言葉を続ける。
「いいんじゃないすか。仕事が趣味なら、由里香社長と一緒ですし」
「私の趣味は旅行だよ。まあ仕事も楽しいし、確かに趣味といえば趣味かな…。
でもさ、やっぱり男の人は仕事頑張ってる人が素敵だよね!?明日の人はね、まだ会う前だけど『仕事デキる!』って感じることが多くて…」

由里香がデートを予定しているのは、アプリで出会ったダイスケという男だ。
39歳で不動産会社を経営しているというだけあり、LINEや電話でやりとりしているだけでも、“デキる男”特有のスマートさが伝わってくる。
「今からそんなに浮かれて…いつもみたいに妙な男かもしれないじゃないですか。さ、私語は慎んで。俺の仕事の邪魔しないでくださいよ」
「いや、星野くんが『どんな相手?』って聞いてきたんでしょ…」
すっかりこちらを無視して仕事に没頭し始めた星野に、由里香は呆れた声でつぶやく。
しかしその胸の内は、そんなことは全く気にならないくらい、明日のダイスケとの初デートを思ってワクワクしているのだった。
◆
翌日、水曜日の11時15分。
「由里香ちゃん、初めまして!待ち合わせ、すぐにわかってよかった。あ、ヒールで足痛くない?店まで5、6分歩くけど大丈夫かな」
「あ、はい。大丈夫です!」
松屋銀座の前で落ち合ったダイスケは、アプリと変わらず精悍で洗練された印象だ。
― わぁ…。ビジュもめちゃくちゃタイプ!オシャレしてきてよかったぁ。
経営者同士ということもあり、会話にも共通点が多いダイスケは、由里香にとっては本気度が高い。
そのため由里香は、美容院に行き、ワンピースを新調し、気合を入れてオシャレしてきたのだった。
「僕、水曜日が休みだからなかなか出会いがなくて。まさか、由里香ちゃんみたいな綺麗な子とマッチできるなんて信じられないよ」
「そんな、こちらこそ。私なんか、土日休みなのに出会いないです。仕事ばっかりで」
「はは、僕もだよ。一緒だね」

そんな会話をしながら到着したのは、銀座イタリアンの名店『ラ・ベットラ・ダ・オチアイ』だ。
「すごい!ここ、なかなか予約取れないので有名ですよね?」
デートが決まったのは、つい2日前だ。
驚く由里香に、ダイスケはイタズラっぽい微笑みをしてみせる。
「いや、お客さんとの食事とかのためにさ、都内の予約困難店はいくつか押さえるようにしてるんだ。『チウネ』とか『鮨さいとう』とか…。
仕事のクセなのかな。段取りするのが好きなんだよね。でも今日は、お客さんじゃなくて由里香ちゃんのために予約が使えて嬉しいよ」
― 笑った顔もかわいい…!絶対に仕事デキるし、ダイスケさんってパーフェクトな結婚相手なんじゃ…?
ダイスケのそつのない立ち振る舞いに、胸がドキドキと高鳴る。
けれど、ときめきを感じながら店内に入り、席に着いたその途端。
目の前でダイスケがとった行動に、由里香は思わず目を疑った。
― え…?ダイスケさん、どういうこと?
席に着くなりダイスケは、パンツのポケット、ジャケットのポケット、そしてカバンの中から、3台のスマホを取り出す。
そして、まるでフレンチのコースのカトラリーのように、その3台のスマホをテーブルの上に並べたのだ。

「休みの日も連絡はちょくちょく入るから。由里香ちゃんもそうでしょ?」
「まあ、そうですね…」
さも当然のように微笑まれると、言い返すこともできない。気を取り直してメニューを広げる。
「わぁ、ダイスケさん見て見て!すごい数のメニュー!どれにします?」
びっしりと一面を埋め尽くすメニューの数々にテンションが上がる由里香だったが、ふとダイスケの方を確認して愕然とした。
こちらに顔は向けつつも、ダイスケの目線はスマホの一つにじっと注がれ続けていたのだ。
「ダイスケさん、メニュー決めましょうよ」
やんわり注意すると、ダイスケはまたしてもニコッと微笑みながら言う。
「うん。こういう時はさ、お店のオススメを聞くのが効率的だと思うんだ。すいませーん!」
店員を呼び、スマートにオススメを尋ねながら注文していく。
そして、あっという間に注文を済ませた後。
「ごめん、ちょっと電話。遠慮せずに先に食べてて!」と、スマホの一つを持って店外へと出て行ってしまったのだった。
前菜も、パスタも、メインも、店の名物を取り入れつつバランスの取れた、文句のつけようのない注文だ。けれど、あれこれと会話を楽しみながらメニューを決めるつもりでいた由里香は、少しの寂しさを感じる。
― いや、でも私も仕事が忙しい時はああなっちゃうこともあるし。気持ちはわかる。
そう自分自身に言い聞かせるものの、小さな違和感は拭い切れない。そしてその小さな違和感は、このあともどんどん増幅していくのだった。

「ごめん、また電話だ」
「ちょっと待ってね、このメールだけ返させて」
「ごめん、また一本だけ電話いいかな?」
料理がサーブされ始めても、ダイスケは15分に一度はそう言って中座してしまう。
それだけでなく、席に着いている間も目線の先はいつもスマホだ。
気合を入れてデートに来たはずの由里香は、賑わう店内で、ひとりぼっちでいるかのような孤独を味わうのだった。
「由里香ちゃん、このウニのスパゲティ、めちゃくちゃ美味しいね!」
そう言って爽やかに微笑むダイスケを見ていて、由里香はあることに気がつく。
― もしかして…。今日席に座ってから一回も、目と目を合わせて会話してなくない?
そう思った矢先に、ダイスケはまたしても「ごめん、一瞬電話してくる」と言って中座してしまう。
「はーい、ごゆっくり。いってらっしゃーい」
由里香はそう言ってダイスケを送り出すと、テーブルの下でそっと財布を取り出す。
そして、2人分以上の金額をテーブルの上に置くと…。
悪いたくらみ笑いが溢れそうになるのをこらえつつ、「ごちそうさまでした」と店員に告げて、こっそりと店から出て行ったのだった。
◆
「あー、時間無駄にしたぁ!仕事熱心なのはいいけど、人様の時間を大事にできない人が、本当の意味で仕事がデキる男なワケないっつーの!」
銀座柳通りを歩きながら、由里香はひとり悪態をつく。
けれど、仕事の電話に夢中になるがあまり、本当に店の外へと出る自分にも気づかなかったダイスケのことを思うと、イタズラが成功した子どものような笑いが込み上げてきた。
きっと今この瞬間も、まだ由里香が帰ったことに気づいてさえいないだろう。当然、アプリはすでにマッチ解除済みだ。
「いやぁ、いい反面教師になったわ」
由里香はひとりうんうんと頷き、大きく伸びをする。
とはいえ、急にヒマになった由里香はやることもない。結局、仕事をしようと思い、 星野にLINEをする。
『星野くん、あのカンファレンスの資料についてなんだけど、時間あるときに電話くれる?』
しかし星野からすぐに返ってきたのは、取り付く島もない返信だった。
『俺今日休みなんで、自分でファイル見てもらっていいですか?由里香さんも、休みの日くらい仕事から離れたらいいと思いますよ』
なにも言い返せない由里香は、腰に手を当てながら立ちすくみ、銀座のど真ん中でしばらく空を仰ぐ。
そして、小さく「よしっ」とつぶやくと、Outlookを開く代わりに婚活アプリを立ち上げるのだった。
▶前回:グルメな婚活男子とマッチング。鮨デートで、女が思わず「ん?」と気がかりに思ったこと
▶1話目はこちら:お泊まりデートの翌日。男は先にベッドを抜け出し、女の目を盗んでこっそり…
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アプリでの婚活に苦戦する由里香。次のお相手は、友人紹介で出会った“気がつく男”

