※この記事は2011年12月03日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第203回

　Eテレで放送された「楽ごはん」の講師にグラビアタレントが出演して、胸を強調したことを、一部のマスメディアが問題視しているようだ。これに対してNHKの新山賢治理事は「こざかしい演出」として問題視することに賛同を示し、金田新放送総局長も「一線を超えた」などと発言をしたという。(*1)

　「楽ごはん」のサイトに、これまで出演した講師のラインナップ(*2)が出ているが、若手の料理研究家を中心に、お笑いや歌手やモデルといった、料理が得意な人たちが講師として出演している。なるほど、つまり親しみやすさを狙っているのであろう。そうした中のひとりとして、今回問題にされているグラビアアイドルの手島優さんが出演したことは、別段おかしなことではないだろう。
　手島さん出演ではない回の「楽ごはん」は何度か見たことがあるが、普通の料理番組である。報道に「深夜に放送されている」という言葉があることから、いわゆる深夜的なノリがあったかのように思われるが、そういうものはなかっただろう。
　映像を見ていないのでなんとも言えないが、報じられている内容として「紹介としてイメージビデオを放送した」ことと「愛がいっぱいＩカップというキャッチフレーズを言った」ことくらいしか触れられていないので、グラビアアイドルがテレビで紹介される時のフォーマットがそのまま放送されたのだろう。
　一応、放送時の画面写真を見ることができたのだが、服装も例えば水着にエプロンみたいなけしからん衣装ではなく、少し胸が開いた服を着ている程度のものだった。少なくともこの記事(*1)の写真のような衣装で料理をしていたわけではない。（おとなしい写真もあるだろうに、手島さんの紹介にあえてこの写真を選んだのは、アクセス数アップのためではないのだろうか？）

　胸の開いた服といえば、私が最初にこのニュースを聞いた時に「ああ、おっぱいイタリアンのことか」と思ったのだが、違う番組と聞いて驚いた。
　「おっぱいイタリアン」とはEテレで2009年に放送された「毎日がイタリアン」という番組の事である。アメリカで製作された料理番組の吹き替えで、講師の料理研究家、ジャーダ・デ・ラウレンティスが、豊満なバストを見せつけるかのように、胸元が開いたシャツを着て料理をしていることから、ネット上ではおっぱいイタリアンと呼ばれていた。
　セクシーな料理研究家がいれば、イケメンの料理研究家もいる。「裸のシェフ」という番組で有名なジェイミー・オリバーは、その着の身着のままのキッチンスタイルで、料理番組の新しいムーブメントを生んだと言っていい。
　色々な料理番組を見ている人はすぐに理解できると思うが、料理番組で大切なのは、料理が美味しそうだったり、簡単にできそうなことももちろんだが、視聴者目線で見れば「講師のキャラクターが立っていること」が最も重要といっても過言ではない。
　Eテレで放送されている「きょうの料理」は、私も毎日のように見ている料理番組だが、ここにもいろいろなキャラクターの料理研究家やタレントが出てくる。
　シャンソン歌手で、とてつもない早口でマシンガンのようにしゃべりながら料理をする平野レミ。可愛らしいキャラクターで見ている人を和ませる枝元なほみ。割烹着を着て落ち着いた雰囲気のある「ばぁば」こと鈴木登紀子。ものまねタレントで軽妙な語り口や歌のグッチ裕三。朗らかな見た目と、独特のギャグセンスを持つ斉藤辰夫。おねぇ言葉で物腰柔らかな「マロン」こと板井典夫などなど、この調子で紹介していればいつまでもネタは尽きないほどに、きょうの料理の講師陣は名キャラクターの宝庫である。
　こうしたキャラクター重視の料理番組は、きょうの料理の専売特許でもなければ、決して最近流行りの風潮ではない。これまでも料理番組の世界では、「おかずのクッキング」の顔として長く知られた土居勝や、OKのハンドサインと「ベリーグッド」が有名なムッシュこと村上信夫。海外に目を向ければ、世界の料理ショーのグラハム・カーなどが活躍してきた。テレビの料理番組は、いつの時代も個性的な料理研究家がリードしてきたのである。理解できたかいスティーブ。

　そうした歴史をなぞれば、料理番組にセクシーが入り込んだからといって、批判が成立するような狭い了見は料理番組にはない。ジャーダの番組は女性も男性も見る人気番組だし、「お願い！ランキング」で有名な料理研究家の森崎友紀などもレシピ付きの写真集を出している。ならば逆にグラビアアイドルが料理をしたところで、批判にあたるはずもない。
　それにしても情けないのは、NHKの新山理事と金田放送総局長である。記者の質問にあっさりと「小賢しい演出」などと番組批判。料理番組の演出は、様々なキャラクターを抱え込むことによって成立していることすら理解せず「刹那的な興味」と一蹴したつもりになっているが。そこに培われてきた料理番組の歴史を全否定していることにも気づいていない。
　なにより「おっぱいプルルンとか言っているので、セクシーで破廉恥な放送なのだろう」という了見が年寄り臭いではないか。グラビアアイドルが胸を協調するくらいは、テレビでよく見るネタの一種に過ぎないし、大半の人は普通に受け入れている。
　キャンペーンのポスターに写る女性のスカートがちょっと短いなどと、どうでもいいことにイチャモンをつけてがなりたてるのは、いつの時代もムッツリジジイとクソババアだ。放送局の人間であれば、そういう連中から放送の独立を守るのが仕事であるはずだ。 　適当に記者に喜ばれるように、そして記者の向こうに見えるムッツリジジイとクソババアの批判をかわすために彼らに媚びて、安易に自社番組批判を行った新山賢治理事と金田新放送総局長こそ「小賢しい答弁」と批判されるべきだろう。

*1：ぷるる～ん　ＮＨＫ、受信料確保へ大胆お色気作戦？（産経新聞）http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/111127/ent11112717000012-n1.htm *2：楽ごはん｜講師別｜NHK ワンセグランチボックス（NHK）http://cgi2.nhk.or.jp/lunchbox/1seg2/gohan/index.cgi?p=lecturer/index

プロフィール


画像を見る赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。