「あかつき」の観測データをもとに作成された金星の画像(Credit: JAXA / ISAS / DARTS / Damia Bouic)


カーディフ大学のJane Greaves氏らの研究グループは、地上の電波望遠鏡による観測の結果、金星の大気からホスフィン(リン化水素、PH3)が検出されたと発表しました。この成果は、金星の大気中に生息する生命の発見につながるかもしれません。


■既知のプロセスでは生成されない量のホスフィンを検出

ホスフィンは半導体の製造で利用するために人工的に生産されている他に、酸素を必要としない嫌気性の微生物によって生成される、常温では気体の物質です。嫌気性生物に関係していることから、地球外生命体の探査においてバイオシグネチャー(生命存在の兆候)としてホスフィンが利用できる可能性が指摘されています。


2017年にハワイの「ジェームズ・クラーク・マクスウェル望遠鏡(JCMT)」を使って金星を観測した際にホスフィンが存在する可能性が示された時のことを、Greaves氏は「驚きました」と振り返ります。2019年にチリの「アルマ望遠鏡」で再度観測を実施した結果、やはりホスフィンを検出。京都産業大学の佐川英夫氏が金星の大気モデルを用いて検討したところ、大気中に20ppb(10億分の20)の割合でホスフィンが存在することが判明したといいます。


金星の大気から検出されたホスフィンは、何らかの形で大気中に供給され続けているとみられる(Credit: ESO/M. Kornmesser/L. Calçada & NASA/JPL/Caltech)


次に研究グループはホスフィンの発生源を調査しました。ホスフィンは強い酸性の環境では分解されてしまうため、金星の大気中にホスフィンが存在するのであれば、何らかの形で生成され続けていることになります。太陽光、地表から吹き上げられた鉱物、火山活動、雷、隕石などの非生物的な反応では観測された量の1万分の1程度しかホスフィンが生成されない一方で、もしもホスフィンを生成する地球の微生物と同様の生物が金星にも存在していれば、観測された量のホスフィンが生成され得ることがわかったといいます。研究グループでは、金星のホスフィンは未知の光化学反応や地質学的なプロセス、あるいは生命によって生成されている可能性があると考えています。


金星の生命に関してはマサチューセッツ工科大学(MIT)のSara Seager氏らによって仮想の微生物のライフサイクル(生活環)が想定されていますが、雲層の気温が生命の存続に適していたとしても、金星の雲はほとんど硫酸でできている上に非常に乾燥しています。ホスフィンのバイオシグネチャーとしての可能性を研究しているMITのClara Sousa Silva氏は、予想外だった金星でのホスフィン検出について「どうやって生命が存続しているのかなど、数多くの疑問を提起するものです」と語ります(両氏ともに今回の研究に参加)。


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■金星の雲や地表からのサンプルリターンミッションに期待

金星の地表と空を描いた想像図(Credit: ESO/M. Kornmesser)


金星のホスフィンがどのようにして生成されているのか。その答えを得るためにはさらなる理論上の検討や追加の観測が欠かせませんが、最終的には金星を直接探査する必要がありそうです。研究グループはホスフィンの発生源を調べるための、金星の雲や地表からのサンプルリターンに触れています。


実現へのハードルは高いものの、金星からのサンプルリターンはNASAのジェット推進研究所(JPL)や欧州宇宙機関(ESA)において実際に検討されています。今回の研究にNASAは直接関与していないものの、NASAのジム・ブライデンスタイン長官は「It’s time to prioritize Venus.(金星を優先する時です)」と言及しており、今後の動向が注目されます。


なお、NASAでは現在「ディスカバリー計画」における次の探査ミッションを検討しており、4つの候補のうち「VERITAS」は合成開口レーダー(SAR)による金星の地形図作成を、「DAVINCI+」は降下した探査機による金星の大気組成の分析や地表の高解像度撮影を計画しています(いずれもサンプルリターンは行われません)。ディスカバリー計画の次期ミッション選定は2021年夏が予定されています。


 


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Image Credit: JAXA / ISAS / DARTS / Damia Bouic
Source: 国立天文台 / ヨーロッパ南天天文台 / 王立天文学会
文/松村武宏