パンくんと15年にもわたって交流を深めた志村けんさん(『志村どうぶつ園』公式インスタグラムより)

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 志村けんさんが亡くなり、ひと月半がたとうとしている。稀代のコメディアンの死はあまりにも突然で、現在も社会に影響を及ぼし続けている『コロナウイルス』が原因だったことも相まって多くのファンが悲しみに暮れた。

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 そんな志村さんが、最期までMC(番組内では“園長”)としてレギュラーを務めていた番組の1つが『天才! 志村どうぶつ園』(日本テレビ系)である。

「“コント番組以外のテレビはやらない”と言われていた志村さん唯一の、コント以外のレギュラー番組でした。この番組を引き受けたのは、志村さんが根っからの動物好きだったため。行方不明となっていたペットとの奇跡の再会や飼育員の頑張りなど、感動シーンも多く、涙もろい志村さんの性格もあって人気番組となりました。

 また、“捨て犬ゼロ部”“保護ネコゼロ部”“絶滅ゼロ部”といった動物保護の観点によるコーナーも多く、動物好きからの評価も高かったですね」(テレビ誌ライター)

 4月4日には、志村さんが亡くなったことを受けて追悼番組として放送され、彼と名コンビを組んだチンパンジーの『パンくん』とのVTRなどが流された。このパンくんのコーナーは、『志村どうぶつ園』の目玉の1つだった。

「番組には、熊本県阿蘇市の動物園『阿蘇カドリー・ドミニオン』で飼育されるチンパンジーのパンくんとその娘プリンちゃんが出演していました。志村さんと一緒にお花で王冠を作ったり、人間とチンパンジーではありますが、その“親子”のような関係性が感動を呼び、人気コーナーになりました」(同・テレビ誌ライター)

 4月4日の放送では、パンくんと志村さんの別れのシーンが涙を誘い、関東地区の平均世帯視聴率は27.3%と、番組史上最高を記録。翌週の放送でも、ふたりがコントを行う場面などが流れ、15.3%の高視聴率を記録したのだが……。

画面越しに伝わるパンくんの“強いストレス”

「志村さんの追悼ということで、パンくんの昔の映像が流れるたびに胸が痛みます」

 そう話すのは、野生のチンパンジーやボノボの生態研究が専門である、京都大学霊長類研究所・国際共同先端研究センター助教の徳山奈帆子さんだ。番組内でのパンくんは主に2足歩行で歩いていたが……。

「野生のチンパンジーは2足歩行をほとんどしません。大人のオスが、自分の力を誇示したいときに、身体を大きく見せようと2本足で立ったり、数メートル走ったり歩いたりすることがありますが、それくらいです。チンパンジーの自然な歩き方は、握りこぶしを地面につけて4本足で歩く“ナックルウォーク”という歩き方です。

 チンパンジーの本来の歩行は4足歩行であり、パンくんの2足歩行は訓練の結果です。2足歩行をしているときのパンくんは、そのように指示されているからと考えてよいかと思います。そのためショーを行っていない現在の彼は、チンパンジー本来の歩き方で歩いています」(徳山さん)

 番組や所属の動物園によると、パンくんは、母親に育児放棄をされ、人の手で育てられたという。

「一連の企画のうち人気が高かった“おつかい”など、“親”であるはずのトレーナーと一緒に行うものではなく、パンくんが単独で行うものも多くみられました。これは野生ではありえないことです。野生のチンパンジーの子どもは常に母親と一緒で、子どもを不安な状態で放置することなどありえません。子どもは成長のなかで多くの新しいものに触れ、学習しますが、それは必ず母親など信頼できる関係の個体がそばにいる状態で行われます。“1人で何かをする”こと自体が、チンパンジーの子どもには強いストレスとなります」(徳山さん)

「パンくんは志村さんを慕っていただろうけど……」前提としてそう話しつつも、番組に疑問を投げかけるのは、ヒトとチンパンジーの比較研究を専門とする大阪成蹊大学教育学部准教授の松阪崇久さん。

 松阪さんは、以前より番組やショーにおけるパンくんの扱い方に警鐘を鳴らしており、'18年には『ショーやテレビに出演するチンパンジー・パンくんの笑いと負の感情表出』という論文を執筆。パンくんが出演している『志村どうぶつ園』や所属動物園のショーのDVDを検証し、

《映像作品はすべて、自然なチンパンジーの姿とは大きく異なる内容となっていた》

《TV映像とStage映像におけるパンくんは、チンパンジー本来の姿とのズレが大きく、遊びや笑いの表出が抑えられている一方で、恐怖や不安などのネガティブな表出が多い傾向があった》

 と述べている。どういったシーンでチンパンジー本来の姿との“ズレ”を感じたのか。

「パンくんが出演している8つのDVD作品を分析しました。そのうち2つは日本テレビの『天才!志村どうぶつ園』のおつかいコーナーの映像で、パンくんがブルドッグのジェームズと共にさまざまな“おつかい”を課されるというものです。

 これらの映像作品を見て、パンくんの表情や発声といった感情表現について分析したところ、テレビ番組のためのロケや動物ショーへの出演が、パンくんにストレスを与えていることがわかりました。チンパンジーは遊ぶときに笑顔になり笑い声もあげますが、テレビ用の映像や動物ショーの本番中にはパンくんは笑顔でいることが少なく、逆に恐怖や不安や不満をあらわす表情をしばしばしていました」(松阪さん)

『志村どうぶつ園』における、パンくんへの“おつかい”の過程では、危険を伴うような試練を課し、わざわざ不安やストレスを与えるようなシーンが見られたという。

「例を1つあげると、パンくんとジェームズが“おつかい”の途中で、川の橋のない部分を1メートルほど跳んで渡らなければいけないという場面です。パンくんはすぐに跳ぶことができず、上下の歯を合わせたまま前歯を露出させる表情を見せます。

 これは“グリマス”と呼ばれる表情で、パンくんが川の流れに恐怖を感じていたことを示しています。その後しばらくして、なんとか跳んで渡ることができましたが、相棒のジェームズは渡れず、水の流れを挟んで2頭がリードの引っ張り合いをするというシーンが続きます。このように、試練にさらされた動物たちがとまどったり、失敗したりする様子を見て楽しむというようなシーンが“おつかい”コーナーではいくつも見られました」(松阪さん)

 視聴者の多くは「がんばれ! がんばれ!」とテレビの前で応援していたかもしれないが、テレビの中のパンくんは恐怖に震えていた……。

視聴者を騙す捏造行為

「視聴者の中には、番組のストーリーを本当だと思って見ていた人もいたかもしれませんが、あの“おつかい”コーナーは作りものです。パンくんはそもそも、“おつかい”の目的を理解していません。首を縦に振ったり、横に振ったりするというパンくんの芸を使って、パンくんが“おつかい”についての説明を理解しているように見せていただけです。

 つまり、パンくん自身は“おつかい”のためにどう行動すべきかがわからないなかで、さまざまな行動をさせられていたということになります。そのため、撮影はスムーズに進まないことがしばしばあっただろうと推測されます。

 映像は、ストーリーがうまく流れるようにさまざまなシーンをつなぎあわせて作りあげられたものです。番組制作者が納得できるおもしろい映像を撮るために、何度もやらされるということも起こっていたでしょう。あるシーンでは、影の位置が大きく変わるほどの時間をかけてロケがおこなわれていたことも確認できました」(松阪さん)

『志村どうぶつ園』の番組中では、さまざまなテロップやナレーションが入り、パンくんの“感情”を表現している。

「番組中のテロップやナレーションは、パンくんの感情表現の意味を改変したり、表現されていない感情を演出したりする場面もありました。たとえば、犬のジェームズとの取っ組み合いの遊びで、パンくんは笑顔であるにもかかわらず、“ケンカが始まっちゃった!!”というテロップとナレーションや、“ヒー”という悲鳴の音声が加えられている例がありました。

 また、パンくんが“おつかい”を終えて、トレーナーの宮沢氏の元に帰りつくシーンでは、悲鳴やチンパンジーの泣き声である“フィンパー”の音声が追加されていました。よく見るとパンくん自身は無表情で、高ぶった音声を発している様子は見られませんでした。これは“不安で大変だったおつかい”を終え、やっと宮沢氏と再会できた時の感情の高まりを表すための演出でしょう。4月の追悼番組でも放送された志村さんとの“別れ”のシーンも同様でした」(松阪さん)

 テレビ業界において、“演出”という言葉の範囲は広く、また不明瞭だ。お笑い番組では笑い声を足すような“編集”は日常茶飯事といえるし、どこまでが“演出”でどこまでが“ヤラセ”なのかといった議論もある。しかし、それが人間同士であるならばまだしも、対動物となるならば、制作陣はより慎重に扱うべきではないだろうか。松阪さんが続ける。

「娯楽のための演出はテレビではよくあることなのでしょうが、パンくんの感情とは違うテロップやナレーションを付けることは、視聴者を騙す捏造行為と言えると思います。 こういった演出によって、パンくんの本当の気持ちや、チンパンジーという動物に対する正しい理解が妨げられることも問題です。視聴者の中には、“捏造や嘘であっても、人を楽しませたり幸せにしたりするのだからいいじゃないか”と考える人もいるかもしれません。

 しかし、こういう映像で人は楽しむことができたとしても、チンパンジーは幸せになれません。むしろ、これはパンくんの犠牲の上に成り立っていた娯楽だといえるでしょう」

野生動物のエンタメ化、その是非

 前出の徳山さんは、

「たとえ育児放棄された子であっても、エンターテインメントに使ってもいいということにはなりません。ちゃんと習性を考えて、チンパンジーとして育てるべきだったと思います。ほかの動物園では、そのように努力されています。昔は、母親に育児放棄されたチンパンジーが人工保育で育てられることはよくありました。しかし、ずっとヒトの手で育ったチンパンジーは、チンパンジー同士のコミュニケーションを学ぶことができず、チンパンジーの社会にうまく適応できないことがわかってきました。

 また、人工保育で育ったメスは子育ての仕方を知らず、さらにその子どもも放棄されてしまうという問題もわかりました。そのため現在の動物園では、一度人工保育になったとしてもできるだけ早い時期に母親、もしくは群れに戻すようにしています。母親に赤ちゃんを抱かせてみて育児に慣らしてみたり、すでに母乳が出なくなっているようならばミルクだけ飼育員が手助けしたり、またはほかに子育てをしている母親がいたら一緒に育ててもらうようにしたり、ケースバイケースで試みが行われています」

 松阪さんが論文を発表しているように、パンくんの扱いへの批判は以前からあったという。

「『志村どうぶつ園』やカドリー・ドミニオンによるパンくんたちへの扱いに対しては、類人猿の研究者や動物園関係者で構成される『SAGA(アフリカ・アジアに生きる大型類人猿を支援する集い)』などが、これまでにも批判の声明をくり返し出しています。

 しかし、問題が解決せずに続いてきたのは、多くの視聴者が番組を支持してきたからでもあるでしょう。この先、この問題を改善できるかどうかは、視聴者の皆さん次第という部分もあると思います」(松阪さん)

「『志村どうぶつ園』だけでなく、CMなども含め全体としてチンパンジーやほかの野生動物のテレビなどのエンターテインメントでの利用は確実に減ってきています。私が危惧しているのは、志村さんの追悼企画で多くのパンくんの映像が流れ、そしてそれが感動を呼んで高い視聴率を得ることで、番組側が“やっぱりチンパンジーは視聴者に受ける”となって、パンくんの子どもであるプリンちゃんの出演が増えたり、パンくん同様の強いストレスがかかる企画を行うことです。

 また、パンくんの映像が多く流れることで、“チンパンジーやほかの野生動物をエンターテインメントとして使ってもよい”という認識が広がることも危惧しています」(徳山さん)

 2人の指摘について、放送元である日本テレビに、パンくんに対するナレーションなどの演出について、また今後もパンくんのような動物の扱い方を番組では続けていくつもりなのかの2点を問い合わせると、以下の返答があった。

「パンくん、プリンちゃんのコーナーは、 専門家の指導のもと、負担の無い内容で撮影してまいりました」(編成局宣伝部)

 長らくテレビ業界では、「動物モノはウケがいい」と言われてきた。しかし、それを過度な演出で表現することは前時代的な感覚といえる。変わらなければいけないのは、テレビ業界はもちろんのこと、それを視聴者として楽しむ私たちなのかもしれない――。