コクヨvs.ぺんてる」の構図が浮き彫りになった(写真上:今井康一、写真下:記者撮影)

文具業界最大手のコクヨは11月15日、筆記具4位・ぺんてるの株の過半数を取得し子会社化すると発表した。コクヨはぺんてる株の約38%を保有しているが、1カ月後の12月15日までに、ぺんてるの既存株主から1株3500円で買い取り、議決権比率を50%超にまで引き上げる方針だ。費用は約38億円を見込む。

ぺんてるは即日、「コクヨの一方的かつ強圧的な当社の子会社化方針に対し強く抗議します」というリリースを出し、コクヨによる買収に徹底抗戦する構えを見せた。

食い違う両社の主張

ことが複雑なため、時計の針を半年ほど巻き戻す。

コクヨは5月、ぺんてるの筆頭株主だった投資会社が運営するファンドに出資することで、ぺんてる株を間接保有した。ぺんてるの和田優社長は当時、社員に「青天の霹靂だ」と述べ、投資会社とコクヨに反発する意思を見せた。

だがその後、業務提携に向けた協議や互いの工場視察などを重ね、9月にはコクヨが株を直接保有することを容認。コクヨは投資会社からぺんてる株を取得し、直接保有に切り替えた。コクヨが名実ともに、ぺんてるの筆頭株主になったのだ。

両社は12月上旬にも業務提携を発表することを目指していた。それがここにきて、コクヨが「一方的かつ強圧的」にぺんてるを子会社化すると発表したのは、なぜなのか。

ぺんてるは先のリリースで「(コクヨの発表は)当社に対し一切の相談や協議なく行われた」と抗弁したが、コクヨが明らかにしたこれまでの経緯、事実関係は、ぺんてるの説明とは大きく食い違う。

コクヨが会見やリリースで明らかにしたところによれば、ぺんてるは海外事業の提携については継続して協議していたものの、国内事業の提携協議については一転、消極的になった。コクヨは会計監査上、ぺんてるに出資したことを裏付ける資料が必要となったため、ぺんてる経営陣に株主名簿の開示を求めたが、これにもぺんてるは応諾しなかった。

両社にギクシャクした空気が流れ始めていた10月16日、コクヨ代表取締役宛てに、差出人不明の封書が送られてきた。「K社」による「PE社」の株式過半数取得を阻止するためとして、「PL社」が「PE社」の株式を取得すること、すなわち「PL社」と「PE社」が資本提携するのが望ましい旨が記されていた。ぺんてるの「内部文書」だった。

10月29日には2通目の封書が届く。やはり差出人不明で、そこには「PE社」と「PL社」の資本提携の具体的なスケジュールが記されていた。

K社をコクヨ、PE社をぺんてるとするとPL社は、コクヨに次ぐ総合文具2位のプラス社だ。ただ、コクヨの売上高は3151億円(2018年度)、プラスのそれは1772億円(同)と、両社の企業規模には開きがある。この文書に記されていることが事実であれば、ぺんてるは、筆頭株主コクヨの知らぬところで、コクヨをライバルとするプラス社と資本提携の協議を進めていたことになる。

「密告書」に書かれていたこと

穏やかならぬ「通知」に驚いたコクヨ経営陣は11月11日、2通の文書を持参してぺんてる本社に乗りこみ、和田社長と小林健次取締役に、文書の真偽をただした。和田社長は否定しなかったという。コクヨはその場で、第三者との間では資本業務提携に関する協議を行っていないことを誓約する「誓約書」案を渡し、翌12日17時までにぺんてる経営陣で決議、押印してコクヨに提出するよう求めた。

だが、ぺんてるは回答しなかった。そのかわり翌13日、コクヨが誓約書の提出を求めたことを「遺憾」とする書面を提出。しびれをきらしたコクヨは15日、緊急記者会見を開き、ぺんてる買収を決断するに至った経緯をマスコミに公表した。黒田英邦代表取締役社長は、ぺんてるがコクヨの知らぬところで第三者と資本提携の協議を進めていたことについて「青天の霹靂だ」と、和田社長に意趣返しをしてみせた。


記者会見するコクヨの黒田英邦代表取締役社長(記者撮影)

ぺんてるには「密告書」が誤算だった。上層部だけで固め、執行役員クラスにすら共有していなかった極秘文書が、何者かによって外部にリークされたからだ。

社内の極秘文書をコクヨに送ったのは誰なのか。文書には具体的に何が書かれてあったのか。ぺんてるはもちろん、コクヨもその中身については伏せたままだが、東洋経済は業界関係者への取材を通じて、その文書を入手した。

文書に記されてあるのは、コクヨの支配力を弱めるにはどうすればよいか、の策だ。「K社による子会社化を防ぐ」ためとして、プラス社が、コクヨの持分割合を上回る「40%」を保有する案が挙がっている。40%という数字は、コクヨが持つ約38%よりは多く、かつ、ぺんてるを子会社化する過半数には満たない、そのような数字だ。

文書にはまた、ぺんてる経営陣に近い与党株主が株主全体の3分の1いることを前提に、「K社による過半数取得を阻止するという観点からは当該対象株式のうち約18%を取得することにより、仮に残株式(の議決権行使委任状)をK社が取得したとしてもその議決権行使割合は50%を超えないことから、下限を18%とすることも考えられます」と、コクヨに過半数を握られないための取得率の下限まで提言している。

文書には作成者のクレジットとして、ASPASIO(東京都中央区、田中康之社長)という会社名が記されている。ASPASIOはファイナンシャルアドバイザリー業務を主とする会社で、長年、ぺんてるの財務コンサルを担ってきた。

上層部しか知りえない極秘文書を外部にリークするだけでなく、ぺんてるの意思決定に携わるコンサル会社、顧問契約する法律事務所、マスコミ対応を担うPR会社名まで記載された文書を、当のコクヨに送付しているところから推測するに、この文書はぺんてる上層部の何者かによる「密告書」であり「内部告発の書」といえそうだ。

コクヨは現経営陣の退陣を要求

その人物は、なぜそこまでのリスクを冒したのか。

コクヨの発表後、ぺんてるの和田社長が一部の幹部社員に向けて出したメッセージが出回っている。そのメッセージで和田社長は、プラス社との資本業務提携の協議を進めてきたことは事実であることを明らかにしている。社長みずから「密告書」の中身とコクヨの主張を認めた格好だ。

ぺんてるはもはや、プラス社との資本提携協議を隠さなくなりつつある。だが、ぺんてるが15日に発表したリリースや、その後、幹部向けに出したメッセージには、プラスとの提携を進めることによってどのようなメリットがあるのか、言及はない。

ぺんてるは非上場企業のため、株式には取締役会の承認がなければ売買ができない譲渡制限がついている。その壁を打開するため、コクヨは既存株主から株を買い取る際に株主総会の委任状もセットで取り付ける考えだ。ぺんてるが取締役会で譲渡を却下すれば、臨時株主総会を招集し、現経営陣を退陣させたうえで、新しい経営陣に譲渡を認めさせる。

コクヨのやり方を「強引すぎる」と見る向きもある。それでも、ぺんてるの上層部から「密告書」あるいは「内部告発の書」がコクヨに寄せられてしまうのは、現経営陣に確たるビジョンが見当たらないからではないか。

コクヨとぺんてる&プラス連合は、これから約1カ月間、株の争奪戦、プロキシーファイトを繰り広げる。そこでは買い取り価格だけでなく、市場低迷する文房具業界をこれからどうしていくのか、ビジョンこそが競い合われるべきだろう。