ADHD(注意欠如多動性障害)の人は、「気が散りやすい」「ケアレスミスが多い」などの性質を抱えながら、どうやって社会となじめばいいのか? 適した仕事はどんなものがあるのか? 精神科医の岩波明氏に聞きました(写真:ふじよ/PIXTA)

ADHDの人には、「気が散りやすい」「ケアレスミスが多い」などの症状が頻繁に見られます。こうした性質を抱えながら、どうやって社会となじめばいいのか? そのための方法を、「金スマ」「世界一受けたい授業」にも出演した、精神科医の岩波明氏が解説します。

ADHD(注意欠如多動性障害)の人の落ち着きのなさは、一定程度は、本人の努力によって抑えることができます。落ち着きなく身体を動かしてしまう症状を抑えるために、いつも米粒や粘土を持ち歩き、手で丸めている患者がいました。これはスポーツ選手が緊張する場面でガムをかみ、リラックスに努めるのと似たものかもしれません。

多くの場合、大人になると、はた目に明らかなほどの多動症状は収まっています。これは本人の意識的な努力によるものです。しかし「じっと座っていないといけない」状況下で、内面の緊張や落ち着きのなさが高まることも珍しくありません。

もっとも、ADHDの人は、体を動かすことで内面の落ち着きのなさを解消しているため、それを完全にやめてしまうのもストレスになります。周囲の邪魔になるほどの貧乏ゆすりや騒音は困りますが、粘土を丸めることは問題ないですし、ゴムボールなどで手遊びをするぐらいなら、周囲から認められるでしょう。職場で意味もなく歩き回ったり、一方的に話しかけたりするのも、多動傾向の名残の症状かもしれません。

ADHDの課題

さらに、「気が散りやすい」のも、職場におけるADHDの課題です。取り組むべき仕事が目の前にあるのによそ見をしたり、席を立ってタバコ休憩やコーヒー休憩に行くことはしばしばみられます。やらないといけないとわかっていても、なかなか手がつけられないのです。「これでは仕事が進まない。集中しなくちゃ」などと自分に言い聞かせたところで、なかなか改善されるものではありません。

ADHDの人は、興味のあることには「過剰集中」によって没頭し大きな成果をもたらすことがある一方で、興味のないことには、まったく集中できず、周囲に関心が向いてしまうので気をつける必要があります。

また、強い衝動性のため、仕事をしている際に、ほかのことに気を取られると我慢ができずにそちらに関心が奪われてしまうのも、ADHDの特徴です。他のことをしてしまうので、肝心の業務がいつまでたっても進まないといったことになりかねません。

しかし、工夫のしようはあります。例えば、1時間集中するのが難しいなら、「○枚書類を処理したら休憩」「1分だけでいいから机に向かおう」などと細かく目標を設定し、それをクリアするたびに休憩を挟むようにすると、モチベーションを保ちやすくなります。

また、「仕事中についネットを見てしまう」ならネットを一時的に切断してしまう、「エアコンや周囲の雑談などの音が気になる」なら耳栓をする、個人用のパーティションをつける、などの工夫で改善することがあるのです。

普通の人の「うっかり」と、ADHDの人の「うっかり」は、表面的には似ている現象だと思います。具体的には、「忘れ物をする、落とし物をする、余計なことに気を取られる」などです。

ただし、普通の人のうっかりはあくまで一時的なものでしょう。場所や状況が限定的で、一過性です。

「羽田と成田」を間違えることも

一方、ADHDの人は、子ども時代も思春期も、大人になってからも、あらゆる時期に不注意の症状が継続的に表れているのが特徴です。例えば、幼児期においては、「積み木で遊んでいたかと思うと、すぐ他のことに気を取られミニカーで遊び始める」、児童期以降は、「帽子やカバン、教科書などを学校に忘れる」「家族と外出したときに迷子になる」。成人になっても、「スマホをよくなくす、大事なアポを忘れて別の予定を入れてしまう」などが典型例になります。

また、ADHDでない人の「うっかり」は、悪い条件が重なったときに起こります。さらに、どうでもいい用事を忘れることはあっても、大事な用事は決して忘れないでしょう。その区別は明らかです。

しかしADHDの人は、大事な場面でも、そうでない場面でも、同じように不注意が表れることが珍しくありません。過去には「羽田空港に行くはずが、成田空港に向かってしまう」という患者もいました。普通、それほど重要なことを間違えることはないでしょう。高学歴で有名大学を卒業している人であっても、ADHDではこうした不注意が起こるのです。

さらに、ADHDにおいては不注意の表れとして、交通事故を起こしやすいというデータもあります。アメリカの心理学者・バークレーらは、105例の成人ADHD患者を対象に調査をしたところ、健常群と比較して、ADHD患者の交通違反や事故の頻度が高率でした。

私自身も、診療をしていて驚かされることがあります。私は世田谷区と品川区の2つの大学病院で診療をしているのですが、自分で品川区のほうに電話して予約したにもかかわらず、世田谷区に来てしまう人がときどきいるのです。これまで数カ月に1回、このような患者から「今、烏山病院にいるのですが、どうしたらいいですか」と受付に電話がかかってきました。

職場でも、このような特性のある人だということを周囲が理解し、サポートできればいいのですが、いちいちミスをとがめ、それを本人の能力不足ややる気のなさの表れだと誤解される職場では、人間関係が悪化してしまうので注意が必要です。

ADHDの人が得意とする仕事

ADHDの注意機能については、特定の事柄に注意を向け続けることができない「持続性」の障害に加えて、周囲のさまざまな事柄に注意を配分できない「分配性」の障害、そして必要に応じて注意の対象を切り替えることができない「転換性」の障害もあります。

要するに、「周囲全体にそれとなく注意を向けること」や「いくつかの事柄にうまく注意を分散すること」が苦手なのです。対象が複数あると、注意の切り替えがなかなかうまくいきません。

一方で、「注意欠如多動性障害」という病名とは矛盾していますが、ADHDの人は、注意力が全く欠如しているわけではありません。逆に、特定の事柄には、過剰に集中することもみられます。

とはいえ、通常ADHDの人たちは不注意で、ケアレスミスが多いのは事実です。また課題をこなしているときに予想外のアクシデントが起こると、注意を向ける方向がわからずにパニックを起こすことも珍しくありません。こうした特性を持っているため、一般に、ADHDの人は総合職的な事務職は苦手としているようです。

以前、烏山病院に通院している発達障害の患者を対象に、仕事の内容を調べたことがありました。すると、ADHDの人は専門職が多く、ASD(自閉症スペクトラム障害)の人は定型的な事務職が多いという結果が出ました。

ADHDは静かなデスクワークが苦手で、マルチタスクも混乱の種になります。自分の裁量でできる仕事、例えばイラストレーター、作家、コピーライター、プログラマーなどの分野が多かったのです。

一方ASDは、決まった作業を続けることは比較的得意で、デスクワークも苦にはなりませんが、周囲に突然話しかけられたり、新しく指示をされたりすると、やはり混乱しやすいという特性を持っています。

私たちの調査の結果、ADHD145例のうち、専門的・技術的職業が48%、事務従事者34%、サービス業6%、運輸・包装・清掃6%という内訳でした。またASD348例のうち、事務従事者が54%、専門的・技術的職業26%、運輸・包装・清掃8%、サービス業5%でした。

ADHDの人は、話し方も、普通の人より早口で、落ち着きなく過剰さを感じさせることが多いと思います。

会話で「ズレた回答をする」理由

さらにいうと、話の要点がズレることも、よくあります。ADHD当事者は、相手のほんの一言に反応して、思いついたことを一方的に話し続けてしまいがちだからです。

休職していたADHDの患者が「就職説明会に行ってきた」と言うので、「何社ぐらいの説明を受けましたか?」と尋ねました。彼は、こちらの質問には答えず「自分はこういう仕事をしたいから就職説明会に行ったんだ」という話を延々と続けました。


彼は、自分の考えを伝えたいという衝動を抑えられなかったのです。話の合間で、もう一度、同じ質問をすると、彼はやっと「1社だけです」と教えてくれました。

このようにADHDの人には、話の要点を捉えずに、自分の関心に従って、たった一言に強く反応してしまうという傾向がみられます。そのために、相手が何を聞こうとしているか理解しようとしないで、話がズレてしまいがちになるのです。本人は、その点に自覚がないことも多く、話もどんどん長くなるのです。

けれどもこうした会話は、職場など社会生活においては大きなマイナスです。相手の話をきちんと聞き、それに対して話を進める工夫は重要です。