■2016年の日本ボクシング界を占う@前編

 突然だが、現在日本人男子のボクシング世界王者が何人いるか、すぐに答えられるだろうか?

 正解は、9人――。チャンピオン全員の名前、階級、認定団体......、それらを諳(そら)んじることができるのは、かなりディープなボクシングファンだけではないだろうか。そこで今回は、9人の世界王者を改めて整理し、それぞれどんな位置にいるのか確認してみたい。

 さっそく、体重の軽い階級から取り上げてみよう。

 昨年5月、日本最速となるプロ5戦目で世界王座獲得に成功し、WBO世界ミニマム級王者となったのが、"中京の怪物"こと田中恒成(20歳/畑中)だ。大晦日に行なわれたビック・サルダール(フィリピン)との一戦では初のダウンを喫するも、逆転KO勝ちで初防衛を飾っている。

 田中は高校4冠を達成した元アマエリート。兄の亮明(駒大4年)は昨年12月に「プレ五輪」と位置づけられる大会で優勝し、リオ五輪のメダル有力候補だ。田中はデビュー当初から複数階級制覇を視野に入れており、次戦はライトフライ級に階級を上げ、4月〜5月での試合をもくろんでいる。

 そのライトフライ級は、まさに「日本人の階級」といっていい舞台だ。主要4団体の王座のうち、3つを日本人選手が占めている。

 2014年の大晦日にWBA世界ライトフライ級の王者となり、昨年5月と大晦日の防衛戦でともにTKO勝ちを収めたのが田口良一(29歳/ワタナベ)。 昨年11月にプロキャリア10年目でWBC世界ライトフライ級王者となったのが木村悠(32歳/帝拳)。そして昨年末、ハビエル・メンドーサ(メキシコ)との壮絶な死闘を制してIBF世界ライトフライ級王者となり、日本人3人目の3階級制覇(過去にWBA世界ミニマム級とWBC世界フライ級を制覇)を達成したのが八重樫東(やえがし・あきら/32歳/大橋)だ。

 3人のうち、八重樫と木村は大学時代からのライバルであり、木村は2011年に田口と対戦して負傷TKO負けを喫した因縁がある。105ポンド(約47.6キロ)〜108ポンド(約48.9キロ)で争われるこの階級は、かつては具志堅用高が活躍するなど、小柄な日本人ボクサーが多く集まる。

 一方、2014年2月にWBA世界ライトフライ級王座を返上し、昨年4月にファン・カルロス・レベコ(アルゼンチン)に判定勝ちを収めてWBA世界フライ級王者となったのが井岡一翔(26歳/井岡)だ。世界最速のプロ18戦目で3階級制覇(過去もうひとつはWBA・WBC世界ミニマム級)を達成した井岡は、大晦日にレベコとリマッチを行なって今度はTKO勝ちを収め、今なお進化中であることを印象づけた。

 4階級制覇を達成した日本人選手は、いまだ誕生していない。昨年10月に亀田興毅(過去にWBA世界ライトフライ級・WBC世界フライ級・WBA世界バンタム級)が日本初の快挙に挑んだものの、判定負けを喫して現役引退を表明した。その亀田に引導を渡し、名前を広く知らしめたのがWBA世界スーパーフライ級王者の河野公平(35歳/ワタナベ)だ。

 また、河野と同じ階級には、2012年のプロデビューから9戦9勝(8KO)という驚異の成績を更新し続ける井上尚弥(22歳/大橋)がWBO世界スーパーフライ級王者として君臨する。プロ6戦目でWBC世界ライトフライ級王者となり、2014年12月のオマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦で2階級制覇を果たした井上だったが、その試合で右拳を痛め、昨年は1試合にとどまった。

 ただ、昨年12月に行なわれたWBO世界スーパーフライ級1位の指名挑戦者ワーリト・パレナス(フィリピン)との試合では、2ラウンドTKO勝利で初防衛に成功。現在22歳――、どこまで強くなるのか予想もつかないが、日本ボクシング史にその名を刻むことになるのは疑いようがない。

 スーパーフライ級の上に位置するバンタム級には、日本ボクシング界を牽引する男が君臨している。WBC世界バンタム級王者の"ゴッドレフト(神の左)"山中慎介(33歳/帝拳)だ。昨年9月には、元WBA世界バンタム級スーパー王者(※)でWBC世界バンタム級2位のアンセルモ・モレノ(パナマ)と対戦。ディフェンス力に長けた最強挑戦者と一進一退の攻防で12ラウンドを戦い抜き、ジャッジ1名がモレノ、残り2名が2ポイント差で山中を支持する僅差で判定勝ち。9度目の防衛に成功している。

※スーパー王者=世界王者より上位のポジションとして、組織団体が協議により認定した称号。

 その山中より多くの防衛回数を積み重ねているのが、WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志(36歳/ワタナベ)である。昨年は5度目となる大晦日の戦いで、11度目の防衛に成功。具志堅用高の持つ世界王座連続防衛の日本記録13回にあと2つと迫った。

"ノックアウト・ダイナマイト"と呼ばれる内山は、過去の防衛戦では拳やひじなど、どこかに故障を抱えながらの戦いが多かった。だが、昨年の大晦日の一戦ではついに万全の状態でリングに上がり、挑戦者オリバー・フローレス(ニカラグア)を3ラウンド1分47秒、ボディーブロー1発で沈めている。

 以上、ざっと日本王者9人の近況を振り返ってみたが、2015年は残念ながら、世界が驚くビッグマッチが成立したことも、2014年のようにローマン・ゴンサレス(ニカラグア)やギレルモ・リゴンドウ(キューバ)のような世界的ビッグネームが国内のリングに立つこともなかった。

 ただしそれは、「嵐の前の静けさを意味した1年だった」と言い換えることができるかもしれない。

 昨年6月、アメリカのボクシング専門誌『リングマガジン』の選出する「パウンド・フォー・パウンド(全階級を通じての最強選手)・ランキング」において、山中が9位、内山が10位に入るという快挙を達成した。さらに、11月にラスベガスで行なわれたWBC世界スーパーフェザー級タイトルマッチでは、王者だった三浦隆司(31歳/帝拳)がTKO負けしたものの、フランシスコ・バルガス(メキシコ)との一戦はスポーツ専門チャンネル『ESPN』、スポーツ週刊誌『スポーツ・イラストレイテッド』、日刊紙『USAトゥデイ』などで年間最高試合に選出されている。間違いなく、日本人ボクサーの評価は上昇した1年だった。

 山中、内山の両チャンピオンは、「今年の試合を勝ち抜けば、来年(2016年)は海外のリングでビッグマッチができるはず」と口を揃えていた。また、ランキング1位選手との防衛戦で圧倒的な力量差を見せつけた井上は、近い将来、"軽量級世界最強の男"ローマン・ゴンサレスとの決戦を予感させるパフォーマンスを披露している。

 果たして2016年は、どんな一戦が待ち受けているのか。後編では、ボクシングファンの胸を高鳴らせてくれそうな2016年注目の日本人ビッグマッチを予測する。

(後編へ続く)

水野光博●取材・文 text by Mizuno Mitsuhiro