同じ1勝でも、スペシャルな1勝というのは確かにある。ノーヒットノーランやパーフェクトゲームなどはもちろんだが、たとえばセンセーショナルな活躍を見せ続ける若きエースがゲームを完璧に支配し、ケガを押して強行出場の4番バッターが9回に決勝HRを放ち手にした勝利なども、実にスペシャルな1勝だ。こういう完璧な夜には、勝つべくして勝ったというような、優勝するチームの雰囲気が漂う。その中心にダルビッシュがいるなんて、もうこれ以上誇らしいことはないだろう。




2012.09.14 vs Los Angeles Angels of Anaheim


 プレーオフ進出を懸けてもう後がない天使軍団は、7月にミルウォーキーからやってきたZ.グリンキーが先発。対するダルビッシュは現在、6試合連続でQS(クウォリティ・スタート)を継続中。タイプの似た本格派右腕2人のマッチアップとあり、ゲーム前から痺れる投手戦が期待された。


「今夜の注目は(ダルビッシュとグリンキー)どちらが「より遅いカーブ」「より早いファストボール」を投げるかだ」



 序盤から両者ともに相手の強力打線を寄せ付けない。均衡が破れたのは5回、G.ソトの犠牲フライでレンジャーズが1点をもぎ取る。しかしエンジェルスも6回、内野ゴロの間に同点とし、ゲームは終盤へ。ダルビッシュ、グリンキーともに疲れを見せるどころかどんどんギアアップしていき、両チーム共にタイムリーもまともに出ない展開に。これぞ投手戦と唸るゲーム。

 今日も徐々にアンタッチャブルモードになっていったダルビッシュの圧巻は8回。E.アイバー、V.ウェルズ、C.イアネッタを3者連続三振。ウェルズから三振を奪った63mphのスローカーブに実況は「フェアじゃない」と唸った。最後、イアネッタから三振を奪い「当たり前だ」と言わんばかりの顔でマウンドを降りていくダルビッシュは、Twitterで貫禄のトレンド入り。レンジャーズネイションの熱狂は最高潮に達した。


「ダルビッシュは今、当然の如くトレンディングトピックだ。最高の仕事だった」

「ダルビッシュはもう誰も手がつけられない」

「CJ.ウィルソン?誰?ダルビッシュはまたしても強烈だった」

「ユー・ダルビッシュ(J.ダニエルズGM、獲得してくれてありがとう)」

「(レンジャーズの)Game 1、開幕戦のマウンドは、死ぬまでダルビッシュのものだ」

「ダルビッシュは(レンジャーズの)生え抜き選手といってもいいのかな?もしそうなら、レンジャーズは長年の空白を経て、遂に生え抜きのエースを手にしたことになるのだが」

「ダルビッシュのピッチングを観るのは至福だ」



 結局、ダルビッシュ、グリンキー共に8回でマウンドを降りる。グリンキーが8回109球5安打1失点、ダルビッシュが8回108球4安打1失点。絵に描いたような全く互角の引き締まった投手戦。その緊迫したゲームに一振りで終止符を打ったのが、いよいよ自身初のMVPも見えてきた「Mr.指差し」ベルトレ師匠。9回に2番手のフリエッリから、1塁にM.ヤングを置いてレフトスタンドに突き刺す決勝の2ラン。これで勝負あり。静まり返るエンジェルスタジアム。M.ソーシア監督、涙目。開幕前から「最大のライバリティ」として注目された両チームの今季を象徴するようなハイライトシーンとなった。

 適度にイジりはしつつもベルトレ師匠には最大限の賛辞を送りたいが、そのベルトレが「勝たせたかった」と語ったのがダルビッシュだった。ダルビッシュは今日もゲームを支配し、ドラマティックな勝利を導いた。キャプテンのM.ヤングがゲーム後にダルビッシュについて語った内容が、全てを物語る。


“I hope people are appreciating what they are seeing, because rookies don’t usually get stronger as the season goes on. It’s usually the other way around. Guys are running on fumes as the season is ending. Not Yu. He’s getting stronger and better. He’s just been rock solid.”
「人々が、今目にしているものに感謝していることを願うよ。なぜって、ルーキーがシーズン終盤に力強くなっていくというのは、普通あまりないことなんだ。普通はその逆で、息切れして調子を落としていく。でもユーはそうじゃない。どんどん力強くなっている」





 今になってダルビッシュの今シーズンの歩みを振り返ると(まだ早いけど)、まるで全てが計算されていたかのようなシナリオでここまできているといっても過言ではない。開幕直後に直ぐさま強烈な印象を植え付けたものの、夏場に入り大スランプに陥り、一時は相当なバッシングも受けもした。そして今、復活どころかまた更に一皮向けたダルビッシュがいる。

 これがダルビッシュの飽くなき向上心と絶え間ない努力の結果であることは言う必要もないが、チームの素晴らしいサポートも忘れてはいけない。去年12月にダルビッシュの独占交渉権を獲得してから今日まで、J.ダニエルズGMやワシントン監督はじめレンジャーズ首脳陣はダルビッシュにいつも可能な限りのサポートをしてきたばかりでなく、ダルビッシュへの確かな信頼をいつも示してきた。彼等がダルビッシュの実力や適応能力に懐疑的になったことは、おそらく1度としてない。ダルビッシュがどんなに苦戦しているときも、彼等はダルビッシュを信頼して使い続けた。そしてダルビッシュは自ら、壁をぶち破った。レンジャーズがこれだけの素晴らしいチームを築いているのには、しっかりと理由がある。


「(ダルビッシュは)レンジャーズのエースだ!そして恐ろしいのは、彼はルーキーイヤーでその地位を掴んでしまったことだよ」


 そう、まさにこういうことなだ。ダルビッシュは今、少なくとも6年間を過ごすレンジャーズでの1年目なのだ。当たり前だがレンジャーズは、ダルビッシュの将来性までをも見据えてこれだけの契約を結んでいる。言い方を変えれば、少なくとも今年は「先行投資」の期間という意識が多少なりともあるはず。しかし1年目のダルビッシュは、既にペイするほどのパフォーマンスを見せている。これは本当に驚くべきことだし、もっと評価されるべきことだと僕は思う。NPB時代のダルビッシュを知る人間としては即サイ・ヤング級の活躍を期待したくなる気持ちも大いに理解できるが、まず1年目にして既にこれだけの適応能力を示していることを評価すべきだ。


「ダルビッシュへの投資は金額に見合ったものだった。レンジャーズはまたひとつ賢い投資をした」

 レギュラーシーズンは早くもラストスパート。ナショナル・リーグでは、シンシナティとワシントンが一足早くプレーオフスポットをクリンチした。レンジャーズは余程のことがない限り、来週にも3年連続のディヴィジョン・クリンチを達成するだろう。レギュラーシーズンでダルビッシュが残す登板は、アレンジの可能性はあるものの、25日のオークランド戦、そして30日エンジェルス戦の2回と予想されている。


 このラスト2回の登板を、いよいよアーリントンに乗り込み観てきます。



halvish