ワールドサッカーキング 2012.04.05(No.210)掲載]
  ドルトムントのリーグ制覇に貢献した昨シーズンを上回る活躍を見せる香川真司。特にウインターブレーク明けのここ2カ月、香川はリーグ屈指のパフォーマンスでファンを熱狂させている。3月17日、自身23度目の誕生日に今季9得点目となる決勝弾をマークし、20試合連続無敗というクラブの新記録樹立に貢献 した“日本の新星”の去就は、現地ファンが誰よりも注目している。
Text by Thomas ZEH, Translation by Alexander Hiroshi ABE, Photo by Itaru CHIBA

■ファンが注目する去就、香川の動向を推測する

 ドルトムントの未来を語る際、必ず話題となるのが『プロジェクト2016』だ。これは何かと言うと、多くの主力選手の契約が切れる4年後に、チームを去る選手が大量発生することのないようなプランを考えるべきだ、との考え方である。マリオ・ゲッツェ、マッツ・フンメルス、ロベルト・レヴァンドフスキは、バイエルンからの魅力的なオファーを蹴ってドルトムントとの契約を延長した。しかし、4年後にはその契約も切れる。そこまでチームは好調を保ち、彼らを引き止めるだけの魅力を持っていられるかどうか、ドルトムントの首脳陣とファンは、今からそれを本気で心配している。

 だが、香川真司の契約期限はもっと短く、2013年に契約満了となる。一般的に考えれば、今シーズン終了後のオフまでに契約延長の合意を取り付けられなかった場合、彼の引き留めは失敗したと見るべきだろう。今年の夏、移籍金が発生するうちにドルトムントが彼を手放すか、あるいは来年の夏に彼がフリーで出て行くか……。

 当然、ハンス・ヨアヒム・バツケ社長は何としても香川を引き留めたい意向であり、「もちろん、契約を延長するつもりだ」と語るとともに、移籍金を2000万ユーロ(約21億円)と高額に設定したことを明らかにした。

 さて、この2000万ユーロという金額をどう見るべきだろうか。現実的に考えると、この金額で香川獲得に乗り出すクラブは限られている。財政的に困窮しているセリエAのクラブには無理。それはセビージャやバレンシアも同様だ。では、バルサやレアル・マドリードはどうかというと、香川と同じポジションに優秀な選手を何人も抱えている。そこに加わったところで、ベンチを温める悲哀を味わうだけ。それはかつての仲間、ヌリ・シャヒンを見れば明らかである。

 フランス、ロシア、中国に資金力のあるクラブはあるが、そこへ移籍したのではスポーツ面での挑戦にはならない。財力と競技のレベルを勘案すれば、残るチョイスはチェルシーとマンチェスター・ユナイテッドだろうか。両チームともクリエイティブで得点力を備えたMFを欠いている。そんな需給関係から考えると、移籍先はプレミアリーグが有力ということになる。

 プレミアリーグは日本人選手にとって“未開の地”である。優勝争いをするチームで主力として活躍した選手はいない。もし香川が移籍すれば“サッカーの母国で成功する初の日本人”となる可能性が高いだけに、日本のサッカーファンにとっては興味深いことだろう。

 だが、私は香川の移籍はないと見ている。少なくともあと1回は契約を更新し、まだ3年はドルトムントでのプレーを続けるだろう。香川と無二の親友であるケヴィン・グロスクロイツが語る。「もっと稼げるチームがあるとしても、真司がこの環境を簡単に捨てるとは思えない」

■チームと香川をつなぐ代理人の優れた手腕

 来シーズンは地元出身でユース育ちのマルコ・ロイスが、ボルシアMGからドルトムントに戻ってくる。移籍金1700万ユーロ(約18億円)はやや過大評価の感もあるが、これによりただでさえ激しいポジション争いがますます苛烈を極めることは確実だ。攻撃的MFのポジションには、ゲッツェ、グロスクロイツ、ヤクブ・ブラシュチコフスキ、イヴァン・ペリシッチ、レオナルド・ビッテンコート、ロイスとタレントがひしめく。

 そんな中、目下絶好調の香川はクロップをして「代役がいない」と言わしめ、このポジションのファーストチョイスとなっている。現在、ブンデスリーガの新星として騒がれているロイスも、ドルトムントに来たら香川に弾かれ、レヴァンドフスキの控えになる可能性が高い。交代出場の多いルーカス・バリオスと似た立場である。

 香川の契約について再び話を戻す。私が「契約を延長してドルトムントに残る」と確信するのは、代理人のトーマス・クロートの存在が大きい。クロートは1988ー89シーズンからの2年間、ドルトムントでプレーした経験を持つ。当時のチームメートの一人が、現在ドルトムントでSDを務めるミヒャエル・ツォルクなのだ。これまでの両者の関係は非常に良い。

 クロートが日本とのビジネスを始めたのは20年前のこと。周囲から「なんでそんな“後進国”とのビジネスにこだわるのか」と白い目で見られた彼が、今ではタレントの宝庫である日本と最強のコネクションを持つ代理人として、日本人のドイツ移籍案件すべてに関与するようになった。最近の成功例の中には、シャルケからバイエルンに移ったGKマヌエル・ノイアーの移籍案件があるが、クロートは2000万ユーロ(約21億円)の取引を成立させて大きな利益を得た。

 代理人は選手を移籍させることで利益を得る。当然、移籍させる回数が多いほどもうけも増える仕組みだ。それならば香川を早晩、イングランドかスペインに移籍させてもいいわけだが、クロートの場合は単に性急に金銭的な利益を追求するよりも、中長期的な戦略的視点に立ち、あくまでも選手本人の適性と希望に沿った形で交渉を進めるのを信条としている。

 私は最近、クロートにインタビューをしたが、その際にこんな話が出た。「何よりも大事なのは、選手が快適に暮らしながらサッカーに集中できるかどうかだ。香川の場合、ドイツの食事が問題だった」

 そこでクロートはどうしたか。彼は「質を保証できる店」としてデュッセルドルフの和食レストランを香川に紹介した。今ではドイツとオランダでプレーする日本人選手が集まり食事をしながら、海外生活の緊張感を解きほぐす貴重な場となっているそうだ。

 サッカーの世界では何が起こるか分からない。移籍市場は特にそうだ。それでも、私は「香川の移籍は当面はない」と断言する。より高いレベルを求めてスペインやイングランドに行くとしても、もう一度契約を延長した後のことだろう。香川が万事順調な、恵まれた環境にいるのは間違いないのだから。唯一の心配は、来シーズンに再びチャンピオンズリーグで失敗しないかどうか、ぐらいのものだ。