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サッカープロフェッショナル超観戦術



10月にカンゼンから出版された「サッカープロフェッショナル超観戦術」は発売およそ1ヶ月で最初の増刷が決まった。同書は、オランダでUEFA公認A級ライセンスを取得した林雅人氏の戦術理論と観戦術をライターの川本梅花氏がまとめたものだ。



その出版を記念して、林雅人氏、川本梅花氏とサポティスタ・岡田康宏がサッカー戦術の言語化を主なテーマとして鼎談を行った。今回はその鼎談の第3部。



[鼎談]サッカー戦術を言語化する(1)

[鼎談]サッカー戦術を言語化する(2)



【見る視点の基準を提出すること】



川本 
『批評』で林くんと分析をやっていて、そこは雑誌なので字数制限というものがありますよね。そうすると、文章を省くところがでてきます。たとえば、「こういうやり方があるよ」といった時に、本当は、別のやり方もあるわけですよ。だけど、たとえの1つとして「こういうやり方もあるよ」と言っているわけです。「他のやり方もある」というのを省いて書く。そこでは「このやり方しかない」と取られる場合もあると思うんです。本にすれば、「いろんなやり方があるけど、こういうこともある」と1つの例だと指摘して話を前に進めることができますよね。



これはこの本を編集した編集者にも言われたんですが、「断定や断言は極力避けましょう」と。最初は、僕、思い切って振り切って断定や断言をしてバサッと切って書き進めようと思ったこともあったんですが……その方が本は売れるだろうとか、考えて。でも、この本の監修者は林くんなので、書き手としては林くんを守ってあげなければいけないな、と思って。なぜなら、彼は自分が経験して学んだことをこの本の中で切り売りしているんですよね。だったら、多少、わかりにくい部分がでてきても、読者に、自分たちに、誠実に向き合って書いていくことでしかないな、と。そう考えることで、編集者の「断定や断言は極力避けましょう」ということを僕なりに受け取ったんです。



ただ、「アイデア」を出すのって必要だとは思うんです。結果を語るのは、試合を見ていれば語れるわけで。「何で日本が負けたんだ」。「こういう戦い方だったから負けたんだ」。じゃあ、「どういう戦い方に改善すればいいのか」という「アイデア」を語るのは重要なことなのでは、と。



たとえば、本の中で実際の試合を分析しているんですけど、「日本の守備は組織的ではない」と言った場合、どこが組織的でなくて、どう守れば組織的になるのか、ということを語らないと分析や批評にならない。日本のやり方は、自分の目の前に来た選手に対してプレスにいく、という守備をした。それは、具体的に、どこにボールを追い込むのかという意図が見えない守備のやり方をしていた。それでも、守れていたからいいという考えもあるだろうけど、もっと代表のレベルを上げるには、具体的にこうした方がいいという意見もあるべきかな、と。来た相手にプレスにいくという守備をしているというのは、試合を見れば語れるけど、そこからどういうアイデアで成長すればいいのかということを語るのって難しいことだと思うんです。そこにはプロフェッショナルの知恵があった方が説得力があるし、読者が知りたいことなのかな、と、思うんですけど。



たとえば、こういうシチュエーションだから、日本は外にボールを寄せるような守備をすればいいと。じゃあ、誰がどこのポジショニングをすればいいのか。結果だけではなくて、こうすればいい、というのもこの本には書いてあります。でも、「それはいくつもある選択の中の1つのやり方だよ」ということ。書き手として、ピッチの出来事を持論に当てはめるのではなく、見方の基本というか基準があって、それに沿って試合を見てみようよ、ということまで提示したかったんです。



岡田 
日本の報道も含めて、自分の中ででき上がっているストーリーに現実を当てはめてしまうことってよくあるんですよね。



川本
最初に述べた、バルサ対マンUの1-4-4-3同士のマッチアップという物語もそうなんですが。



岡田
それって現実と違うじゃん、ということですよね。先に物語を作って当てはめるような書き方をする記者やライターさんは意外と多い。そういった文章は、読みものとしては面白かったりするけど、実際の試合を見ていた人からすると、それはおかしいでしょう、となってしまう。



川本 
視点の基準になるものを提出したかったんです。別に、サッカーをやったことがなくても、視点の基準さえしっかりしていたら、きちんとサッカーを語れるようになれると思うんです。たとえば、試合のキックオフ時には、お互いが基本のフォーメーション、システムで並んでいるケースが多いというのがわかれば、そこを見ていれば、テレビで見ていても、仮に録画したものなら、その場面を止めて見られるとテレビでの予想フォーメーション、システムと違うというのがあった場合それがわかって、じゃあ、どうこれからどうなるのかという見方が広がると思うんです。まあ、「そこまで要求していないよ」という人もいると思うんですが、この本がきっかけになって、どんどん見方が広がればいいと願っています。



【現実のサッカーと理想のサッカーの乖離】



林 
1人が言っていることが正しくて、間違っているというのは、サッカーではあり得ないです。決めつけることはできないし、利に適っているようで適っていない場合もありますよね。



東京23FCの試合で、選手が「相手が2トップだから、3バックにしていいですか」と言ってきたことがありました。「別にいいけど、4バックだとなんでダメなの」という。「ある試合を見ていて2トップの時にDFが3バックにしていたから」と答える。じゃあ、どこかがやっていたから、それをやってみて、どうなるのか、ということなんです。そこは、大きな間違いをしている。「どこかがやっているからやりたい」。そういうサッカーをしたいのはわかるんですけど、うちのチームには、たとえば代表クラスの選手もいないわけで。



自分たちの置かれた状況を選手が理解しているのかが大切ですね。さっきの話に当てはめれば、3バックにしたいと言った選手が、「うちは、右SBがスピードがあって戻りも速いので、彼を前にあげてDFを3枚にしても大丈夫です」という答えを彼が持っていて、そういっているのかが問われることなんです。「じゃあ、やってみよう」とやったとする。そうすると、相手も何か対策を練ってくる。それに対する対処をどうやってとるのか。どんどん選手に考えさせて、サッカーを考える頭を作っていく。



指導者だったら、「このやり方がいい」と決めつけてしまうと、意外と間違った方向にいくことがあります。たとえばトレーニング1つにしても、そこの選手の能力にあったトレーニングを選択しているのかどうかがコーチには問われるわけです。どういう意図があって、どんなトレーニングをしたいのか、ということが大事なんです。



よくいうのは、「FWに対して、攻守の切り替えの場面で、全員でもって全員で守備をしないと」ということです。個々の能力が高いわけではないですから。その方が試合に勝つ確率が高くなるわけです。とにかく「FWには下がってもディフェンスに参加しろ」と。そうすると、だいたい返ってくる答えは「あの選手は……」とか、試合で守備をやっていないあるFWの名前がでてくるんですよ。その選手のいるチームの周りの選手と、うちの選手の能力がどれだけ違うのかということ。「お前があのチームに入っているんだったら、守備をさぼってもいいかもしれない」と返事をするんですけど。勘違いではないんですけど、変な理解をしてしまうと間違った絵を書いてしまうことになりますから。



岡田 
メディアの話をすれば、W杯で日本代表は守備的なサッカーをやった。あんなサッカーではかっこ悪いからもっと美しいサッカーをやれよという声がある。でも、今の日本にそんな力はないわけでしょう。あれは、あの時点で出来ることやって、美しくないけれども、勝つためにはああいうサッカーになった。バルサやスペインみたいなサッカーができるんだったら、やっているよ、という話ですよね。



代表の段階ではもう思考を変えられないと思います。小さい頃から変えていかないと、変わらないです。考え方というものをトレーニングできるコーチが日本にどんどん増えていけば、日本はいずれ世界に近づけるようになると思います。



岡田 
形ではなく、考え方を取り入れるというのは、大事ですよね。トルシエの時に、小学生までフラットスリーをやっていたという話があって。



林 
そういう取り入れ方が一番、悪い影響を生むんですよ。あの当時の日本代表でさえ、フラットスリーは実際にあり得なかったわけで。ベルギー戦では、簡単に裏を狙われていましたからね。



岡田 

形だけをマネしてもしょうがない。




選手の能力を見て、しっかりと人選して、こういうサッカーをやるよと。もちろんベースとなるものがあってですけども。いままでやってきたものがありますからね。これは僕がということですが、今回のザックは、W杯前に疑問に思っていた選手を1人も選んでいないんです。それがいいというのも、違うかもしれませんが。たとえば、名前を言えば玉田や俊輔などですよね。今野をCBにした意図とか、チームにとっての選手の能力を見極められるというのは指導者として最低条件だと思います。



川本 
今野のCB以外にも、阿部という選択もあったよね。どうして今野を起用したのか、林が考えられるところではどう思う?



林 
たぶん、今野だけを見たんじゃなくて、選んだ選手すべての能力を合わせて、パズルみたいにはめていったんだと思います。周りの選手との組み合わせですね。今野は、ボールの先を見てカバーできるところがあって、DFを見れば栗原は高さ、長友がガツガツいける、内田は攻撃参加する。そうなると、内田が上がったスペースをカバーできる選手となると、今野という選択になったと思うんです。高さでは栗原が補うから、カバーリングに長けた選手ということで今野だったと思います。



川本 
ここにはこの選手というバランスよくパーツをはめていった。香川はどう見えた?



林 
香川は、セレッソの時からいい選手だと思っていて、オランダに僕がいる時から、欧州のクラブに行きたいという情報が入っていました。香川はいい例じゃないですか。W杯で現地まで連れて行ったけど、試合に出られるメンバーには入れなくて。今、ドイツで活躍しているけど、W杯から2ヵ月で急にあれだけ動けるようになるわけがいなじゃないですか。もう2ヵ月前からあれだけ動けていたんですよ。欧州に行ったから急に脱皮したということはあまり考えられないわけで。それを見極められなかったというのは、問題だったと思います。まあ、日本は直前にやり方を変えたから。もっと早くにあのやり方だったら香川は選ばれていたかもしれませんけど。最初からああいうやり方なら、全体に選ばれる選手も違ったかな、と。



サッカーって本当に難しいんですよ。今も、僕は一生懸命勉強している段階ですから。常に疑問を持って試合を見ていないと、指導者としても考える目を養うことのは難しいです。



ラインがちょっと低くなったな、というのは試合を見ていればわかること。じゃあ、どうしてそうなったのかというのが見えてこないと。「日本は押しています」と言った。もしかして相手が引いてブロックを作って日本にボールを持たせているだけかもしれない。このあいだの日本対韓国戦じゃないですけど、「日本はボールを支配しています」と言う。現実には、韓国は引いて守って日本に支配させていたんですよね。まったく事実は逆で。



最初に川本さんが説明したバルサ対マンUの試合じゃないですけど、ギグスが引いてブスケツを見ているから、3トップに見えてしまうわけで。最初は、ギグスが下がらなかったんです。そこでブスケツがフリーになった。そこが見えていたら面白いじゃないですか。バルサはブスケツを基点にボールを回して、マンUはどう対処するのか。そこでギグスが下がった。でも、攻撃する時にはギグスが前にいないわけじゃないですか。今度はそこをどうするのか。すると、どんどん流れの中で変化していく。ギグスが攻撃する時には、前にいく。そうすると、ブスケツが空く。そこをバルサが使うのか、使わないのか。そこに面白味があって、1-4-3-3のがっぷりよつ、というように見てしまっては、話が全然違うものになってしまう。



もし、ブスケツがフリーになったら、マンUは何もしないでブスケツにボールを持たせるのか、それとも、マンUのCHのどちらかが上がってケアするのか。そうなると、マッチアップしていた両チームのCH同士がバルサ2枚にマンUが1枚になって、数的不利になる。じゃあ、空いたCHのところにマンUのCBが前に出てケアするのか。そこが面白い。もっと深く言えば、そこからどういう状況が生まれるのかを考える。



【本ができ上がるまでの道のり】



川本 
ただこの本は、試合の見方の基礎となる基準を提示しているだけなので、今林くんが話をしたようなことを細かく指摘してはいないんです。そこを書くと本の主旨とズレてしまいますから。



フォーメーション、システムの見方はこうで、テレビや雑誌、新聞の予想とは違うこともあるから、こうして見ればわかるよ、ということを書いているだけで、背景にはこういうことがあるというのは語れなかったんですよね。



岡田 
僕は個人的にそこまで深く書いて欲しかったですけど。ただ、どこまで読者がついてこられるのかは難しいかもしれませんね。


川本 

この本は、プロローグから始まってエピローグまで、レベルアップして各ステージの難易度が上がっていくようになっています。ファイナルステージで、実際の試合を分析して林くんの試合メモを記して、ポイントを提示して説明するという形式にしたんです。ポイントですが、林くんは「6つも7つもポイントがあったら、それはもうポイントとはいえないよ」と言ったので、あって5つくらいまでに絞ったんです。



岡田
林メモは、リアルタイムでつけた感じですか?



林 
そうです。



岡田
普段からああいうやり方をしているんですか?




はい。普段からああですね。



川本
もちろん、箇条書き的な感じですよ。文章化は後からしたんですが。




本格的に分析したい、よりサッカーを理解したいなら、ボードを横に置いて、常に選手の動きを移動させてチェックしながら試合を見られれば、見る力はついていくと思います。僕も今でもそうしていますけど、すべてを記憶に留めて見られるわけではないので。そうしたやり方もあることを、この本を読んだ人には知って欲しいと思います。



川本
去年の春くらいから本の準備が始まったんですが、最初に話したように毎週僕の自宅に1度、林くんが来てくれて、数試合を見て2人で議論して、5、6時間ですね。で、見た試合を全部入れたら、この本の3冊くらいになってしまうんです。



実際に行なわれた試合を分析して言語化するのって、特にシステムや戦術に関してですが、机上論になってしまいがちですよね。そうしないためにも、よりリアリティを持たせるためにも、実際に林くんが大学時代やオランダ時代に経験したことを挿入しながらそれぞれの項目を書いていったんです。読者とすれば、「そんなのはどうでもよくて、情報だけでいい」という人もいるかもしれませんが、林がどう考えてこういうアイデアを持ったのかというのは、林の経験則から得たことだというものを書くことで、「それは理論だけではなく、こうした実体があってのことだよ」ということも記したかったんです。戦術を解説した本だけというものではなく、アイデアを共有していく読み物という形にしたかったんです。



(4)に続く



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