次々と不正やミスが発覚している政府統計。現状の体制で統計精度の向上はのぞめるのか(写真:MorePixels/iStock)

厚生労働省による毎月勤労統計の不正に端を発した政府統計の問題は、論点が多岐にわたり、国会での審議も収拾がつきそうにない。弥縫策で取り繕ってきた統計部署の予算・人員不足の限界が露呈し、届出なしの調査方法の変更といった統計法違反に該当する事例や、ケタ違いのチェック漏れによる修正など、次々と不正やミスが発覚している。

不正・ミスの再発防止には、経緯や動機などを確認する必要があるが、厚生労働省の「毎月勤労統計」をめぐる統計不正の再調査を行った特別監察委員会には、第三者性・中立性の疑いがあり、不正発覚から2カ月以上が経過しても、信頼に足る報告書が作成されていないという異常事態になっている。

監察委の報告書に第三者委員会がダメだし

監察委が1月22日と2月27日に公表した報告書は、散々な内容だった。本来全数調査が必要な大規模事業所について2004年から東京都だけ抽出調査した理由を、「客観的資料が見当たらず不明」「復元処理を行わなかった理由は当時の関係者の記憶があいまい」「客観的資料が残っていない」と述べた挙句、「システム改修をした担当者が死去しているため原因不明」としている。平成も終わろうとしているこのご時世に、「死人に口なし」とは前時代的な発想としか言えない。


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焦点とされていた組織的隠蔽については、担当課(室)の長レベルの判断のもと、部下の協力を得ながら虚偽報告が行われたことを認める一方、「隠蔽行為」があったとは認められなかったと判断。結論ありきと非難されても仕方がない。

これに対する有識者の見方は厳しい。弁護士や研究者、ジャーナリストなどで構成される、第三者委員会などの報告書に格付け・報告する組織は、3月8日に公表された監察委の報告書には9人全員が「F(不合格)」をつけた。

全員Fという“偉業”を達成したのは、これまでの20回の格付けで当該報告書を含めてまだ2回だけである。9人の委員の評価項目ごとのコメントを見ても調査の不備を指摘する意見が並び、「当委員会としては、新たな調査委員会を組成して調査をやり直す必要があるとの意見で一致した」としている。

監察委は、そもそも人選に問題があった。委員長の樋口美雄氏は、厚生労働省が所管する労働政策研究・研修機構の理事長を務める。言わば、100%子会社の雇われ社長が本社の不正について、お手盛り調査をしたようなものだ。

総務省の西村清彦統計委員会委員長の前任だった樋口氏は、労働経済学だけではなく政府統計についても造詣が深い。その樋口氏が国会でときに答弁を拒否し、主張がブレる様子は、学会の重鎮にして、紫綬褒章を受章された方の言動にはとても見えない。

総務省で起こる統計局Vs.統計委員会

毎月勤労統計の不正を指摘した統計委員会の評価も厳しい。3月6日の統計委員会で提出された、委員5名による意見書には、「今回の『監察委員会追加報告書』は、統計技術的・学術的側面から少なくとも以下の三点で十分な説明がなされず、またその評価の根拠が明らかにされていなことを受けて、統計委員会として、厚生労働省に対して説明を求めたい」と記載されている。怒り心頭なのだろう。脱字がある資料が公表されており、臨場感がある。

総務省には、統計局などの統計を作成している部署と、専門的かつ中立・公正な第三者機関としての統計委員会が置かれている。本来であれば、双方の目的は、正しい政府統計の作成・公表という点で一致しているはずだが、総務省の官僚サイド(統計作成側)は、統計委員会を煙たがっているようだ。

西村委員長が多忙を理由に国会審議に協力しない意向を示したという文書が衆議院総務委員会の野党理事などに配布されたが、2月25日には、西村氏に無断で総務省職員が作成した捏造文書だったことが発覚。また、統計委員会の議事概要や議事録の公表が遅延しており、事務方に十分なリソースを割いていないことがうかがえる。昨年9月28日を最後に、7回分の議事録が公開されておらず、政府統計の議論に悪影響を及ぼしかねない状況にある。

国会や統計委員会への対応だけではなく、肝心の統計作成においても、総務省の対応に疑問を感じる事態が生じている。

総務省統計局が3月8日に公表した家計調査(二人以上の世帯)では、消費支出(名目)の前年同月比が+2.3%と高い伸びを示した。もっとも、この数字は額面通りには受け止められないようだ。2018年1月以来、不自然な形で調査先構成比が変化しており、自営業者などの勤労者・無職者以外世帯のウエイトが下がり、勤労者世帯のウエイトの増加が続いている。

日本の世帯主の職業構成が短期間でこれほど変わるとは思えないし、急に勤労者世帯が調査に協力的になったとも考えにくい。継続調査期間が終わって、新しい家計を調査対象にする際に、勤労者世帯を優先的に調査しているのではないか、と疑念を抱いている。


(出所)総務省統計局「家計調査」を基に筆者作成。勤労者・無職以外については、2017年12月までは勤労者以外の世帯−無職世帯、2018年1月以降は全世帯−勤労者世帯−無職世帯により算出している


(出所)総務省統計局「家計調査」を基に筆者作成。勤労者・無職以外の消費支出、平均年齢は、全世帯、勤労者、無職の公表値から算出

勤労者世帯の調査先数が増えることは統計精度の改善という点では望ましい。勤労者世帯は、世帯数が多く年齢や収入にバラツキがあるため、家計の実態を把握するにはより多くのサンプルがあった方がいいからだ。だが、調査対象の家計を「選別」しているのであれば、それは、調査方法の変更に該当するため、統計法上の手続きや対外的な説明が必要になる。

一部のエコノミストやネット記事からは、勤労者世帯の調査先増加は政権への忖度ではないか、との声が上がり始めている。勤労者世帯は勤労者・無職以外の世帯よりも消費支出が多いため、勤労者世帯の増加により消費支出額も増える。

国会ではたびたび、アベノミクスの成否をめぐってエンゲル係数が俎上にあがってきた。食料費を消費支出で割ったエンゲル係数を計算すると、2018年1月と2019年1月の比較では24.6から23.9へと改善しているが、これには集計世帯のウエイト変化による影響が含まれている。集計世帯の構成比が同じであるような調整計数が公表されないと、議論の方向性を間違いかねない。

統計精度の改善を目的としたものなのか、それ以外の事情によるものなのか。景気判断やアベノミクスの評価が問われているナーバスな時期でもある。家計調査の世帯主構成が変化していることへの説明と世帯主構成が同じだった場合の参考値の公表が求められる。

政府統計の点検は、まだ56の基幹統計について各省庁の自主点検が終わっただけである。春までに統計委員会による点検が行われるほか、233ある一般統計についても、各省庁による点検が実施される予定だ。

毎月勤労統計ほどの不正はないと信じたいが、基幹統計の約4割に問題があったことを踏まえると、多くの統計にミスがあるのではないかと思う。筆者は、日本銀行の支店が作成する統計の点検作業に携わった経験があり、統計作成と並行して点検作業をする職員の負担感には思うところがある。余裕を持った点検期間を設定しないと、直近公表値にまでミスが生じかねない。

職員の努力や献身では埋められない環境変化

「我が国の統計制度はこの20年間、数次の行政改革によって弱体化し、統計職員は減少し、活動は硬直化し、消極的になっていった」――。2006年に発行された島村史郎著『統計制度論』(財団法人統計協会)のはしがきに指摘された当時の状況よりも、現在はさらに厳しい。

統計メーカーや元関係者の言い分だけでは片手落ちなので、統計ユーザーであり統計調査に協力する企業側の問題意識を確認しておこう。経団連が2016年に公表した「公的統計の改善に向けた提言」では、統計調査をめぐる環境が厳しくなっていることを指摘。

その理由に、家計のプライバシー意識の高まりや単身世帯・共働き世帯の増加、企業の情報管理意識の高まりや企業形態の多様化、政府の厳しい財政状況の中、統計に関する予算・人員が減少していることを挙げている。企業の残業管理強化やコスト意識の高まりも影響しているだろう。

調査環境が厳しくなる一方で、経済成長率やインフレ率、賃金上昇率等が低位にあるため、わずかの誤差で公表数値の方向感が変わりかねず、これまで以上に統計精度の向上が求められている。現状の体制ではとても無理な要望であり、職員の努力や献身でどうにかなる問題ではない。予算・人員を増やし、統計制度を抜本的に改善しなければ、望めない話である。次回は統計制度の改革について論じたい。