サッカーの世界では「リフティングができることは、必ずしもサッカーの実力とは関係ない」という「常識」がある。しかしその常識を打ち破るかのように、精華の練習はリフティングにこだわり、徹底して個人のスキルを磨き上げる。ただトレーニングだけを見ると個人技主体のサッカーのように思えるが、実際のゲームでは球離れが良くポゼッション率が高い。
 
 その理由について越智監督は「『ライフキネティック』という最新理論があって、ふたつ以上の動作を同時にこなすことで、脳を活性化させられるんです。ドイツ代表や、ドルトムントのクロップ監督が取り入れていることでも知られています。世界のサッカーは脳でプレーする時代がすぐそこに来ていて、それをリフティングを中心に精華流にやっているんです。学校の成績も彼女たちは優秀ですよ。レギュラー全員が5段階評価で4.0以上あります」と説明する。
 
 谷口木乃実キャプテンも「高校に入り、この練習をやってメッチャ成績が上がりました」と話す。
 
 彼女たちの頭の良さは、サッカーにもそのまま反映されており、判断の早さは高校女子サッカーの中でもトップレベルにあると言える。
 
「リフティングの練習をしているようで、実は脳を刺激する。それによって脳の演算処理能力が上がり、一目見ただけでピッチ上で起きていることを理解し、対応するスピードが上がる」(越智監督)
 
 さらにこの手法には、精華の雰囲気がマッチしている。
「ライフキネティックは、失敗して笑うことが重要だと言われています。笑いが脳を刺激するそうです。だから普段の練習の中でも、失敗させ、笑顔にさせる仕掛けをしています。練習中に笑顔を見せると、『真剣にやってるのか!』と怒鳴る指導者がいますが、ここでは笑顔が当たり前。僕はいつも彼女たちをいかに笑わせるかばかりを考えてます」(越智監
督)
 
 ただし「越智さんがウチらを笑わして、手の上で遊ばせているように見えて、実はウチらが遊んであげてるだけやねん(笑)」(園田瑞貴)と今どきの女子高生はかなりしたたか。言うなれば、この空気感、選手と監督の距離感こそが精華流と言える。
 越智監督がライフキネティックという言葉に出会ったのはごく最近のこと。それまでは彼自身も「邪道ですから」と語り、関係者の間でも「精華は風変わりな練習をしている」の一言で片付けられていた。
 
 しかし精華流が、チーム成績に反映されているのは事実。最近ではその取り組みの面白さがネットや口コミで伝わり、全国の指導者が京都に日参するという現象も生まれている。
 
 また、精華流はこれだけにとどまらない。重要な試合の前でも、ミーティングはなし。戦術練習もほとんどしない。公式戦の先発メンバーは、試合直前のアップ中に選手個々に伝え、練習試合のメンバーは基本的に選手自身が選ぶ。なにからなにまで常識破りだ。
 
「選手を集めてミーティングをして、『分かったか?』『はい!』みたいなことをやっても、どこまで伝わっているかなんて怪しいもんです。それだったら、普段の練習の時から選手一人ひとりに声を掛ける。そうすると『自分を見てくれているんだ』って安心感が生まれます。やらされているという鎧を、取り去ってあげるのが大切なんだと思います」(越智監督)
 
 その結果、なにが起きるのか。「例えばゲームで押されていても、攻撃となったら一気に攻めのギアが入る。なぜそれができるのか。そこは彼女たちの意識を日常から刺激できているからだと思うんです。そのスイッチを入れることが僕の仕事だと思っています」(越智監督)
 
 独自のリフティング練習などを通じ、判断力を上げ、ここぞという試合のポイントが分かるようになる。眉唾だと思うかもしれない。しかし一度、彼女たちの試合を見てもらえば、きっとその意味が分かるはずだ。
 
 インターハイ予選、白熱のPK戦を制した彼女たちは開口一番、「やったぁ〜!」と大声で喜びを示した。初のインターハイでの精華旋風に、期待が高まる。
 
取材・文・写真:吉村憲文(サッカーライター)
 
※『週刊サッカーダイジェスト』8月5日号 84-85ページより抜粋。