漫画『リアル』の作者・井上雄彦氏 (C) 若林広称(スウィープ☆)

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漫画家・井上雄彦は、山口県光市の山口県スポーツ交流村を訪れていた。今年で7回目を迎える車椅子バスケットボールの『Jキャンプ』を取材するためだ。

「車椅子バスケの本当の楽しさを伝えたい」を合言葉にしたこのイベントでは、本場アメリカのイリノイ州より経験豊富な車椅子バスケの専属コーチを招聘。3日間にわたって、参加者には本格的な指導が施された。基本的なチェアスキルから、個人テクニック、チーム戦略まで、内容は幅広く、楽しくも先端の練習プログラムが採り入れられている。

特筆すべきは、主催者の熱意と参加者の姿勢だろう。現場には絶えず心地よい緊迫感があった。障害者を対象としたスポーツイベントは数多いが、健常者も交じれば、そこには“気遣い”という名の距離が生まれてしまうケースも多く、ゆえに、なごやかな反面、内容には妥協もはびこりやすい。その点、参加者の体験やスキルアップに留まらず、期間中、寝食を共にすることで真の一体感、真のチームワーク作りを目指す『Jキャンプ』では、指導者にも参加者にも、つまらない遠慮や気遣いはない。

キャンプ二日目となった1月12日も、初日と同様、活気を帯びた40名以上の参加者が、採光のよい広々とした体育館を、ところ狭しと走り抜けていた。ほぼ毎年のように『Jキャンプ』を取材しているという井上雄彦の視線も、鋭い。

知ってのとおり、井上雄彦と車椅子バスケの結びつきは浅くない。1999年に連載を開始した井上雄彦の作品『リアル』は、この車椅子バスケットボールをテーマに、競技の魅力はもちろん、現実と向き合いながら成長を続ける若者たちの姿を描いた人間ドラマだ。

同作品を通して、車椅子バスケットボールの存在を知りえた方も多いだろう。障害者スポーツの中でも花形とされるこの競技は、車椅子を使用すること以外、コートの広さ、ボール、リングの高さなど、その条件は、なんら普通のバスケットボールと変わらない。いやむしろ、選手に求められるスキルは健常者のスポーツ以上に多岐に渡っている。

車椅子を自在に操ることのできるパワーとバランス。車椅子同士の激しい接触や座った状態からシュートを打てるだけのフィジカルな強さ。クラス(持ち点)を駆使したチームプレーや、ピック・アンド・ロールに代表される数々の戦術といった多くのスキルを必要とした、まさにアスリートスポーツである。

勝利に対する厳しさも同じだ。『リアル』では、主人公・戸川清春がチームの仲間と衝突を繰り返しながらも、厳しくストイックに練習や試合に打ち込むシーンが度々登場するが、車椅子バスケの最前線を知る井上雄彦にとっては、ごく当たり前の表現になるのだろう。

競技を楽しむこととは、技術の向上や勝利への追求である――。そんな当たり前の事実を、『Jキャンプ』は目の当たりにさせてくれる。そして、『リアル』の作者である井上雄彦は、その当たり前の原点を、大切にしている人物だった。

[川頭広卓 = 文/若林広称 (スウィープ☆) = 写真]

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