【羽生結弦 伝えたい思い】“二重被災”能登のいま 電気や水道は数年後…「長期避難世帯」で荒廃する理由 輪島朝市、復活への思い『every.特集』
2024年、地震と豪雨の二重災害に見舞われた石川県の能登半島。every.スペシャルメッセンジャーの羽生結弦さんが、2年ぶりに輪島市を訪ねました。朝市の復活を目指す人や避難している人の話から、復興に時間がかかる中で見えた課題や思いを探ります。
■火災でほぼ全焼し、いまは更地に

6月、羽生さんは2年ぶりに石川県輪島市へ向かいました。車中で「時間がたったことによって、思いも変化があると思います」と話しました。
おととし1月と9月、それぞれ地震と豪雨の二重災害に見舞われた能登半島。輪島朝市は地震前、大勢の人でにぎわっていた観光名所でした。そこに立った羽生さんは「名残がまだある」と言いました。
雑草の隙間から、建物の跡がのぞいています。輪島朝市は地震による火災でほぼ全焼し、いまでは更地が広がっています。
羽生さん
「もともとたくさんの人々が集まって、活気にあふれていたところですし…」
■野菜の販売を続けるも…豪雨が

その輪島朝市は現在、輪島市のショッピングセンター「ワイプラザ輪島店」の一角に出店しています。
輪島朝市の山下初枝さんと水口美子さん、山下良子さん。羽生さんにとって、久しぶりの再会です。3人と出会ったのは2年前。水口さんは当時、「こんなにつらいことはないね」と嘆いていました。
朝市復活を夢見て3人は地震後、仮設住宅を回って野菜の販売を続けてきました。しかし地震の9ヶ月後、能登半島を豪雨が襲いました。水口さんの野菜畑も水につかりました。水口さんは「これは…無理でしょう。地震だけだったら…元気はない」と漏らしました。
■「伝統のある朝市をつないでいく」

地震と豪雨をへて、3人はいまも民芸品や野菜の販売を継続。水口さんは水害で畑が4分の1になったため、現在は出店を週1回に減らしているということです。
この商業施設の朝市では、約40店舗が営業。「お箸きれい」と羽生さん。輪島塗りの漆器や海の幸も輪島名物です。また輪島朝市は全国各地で、『出張輪島朝市』を開いています。
羽生さん
「皆さんにとって朝市はどういう存在?」
水口さん
「生きる力。元気のもと。伝統のある朝市をつないでいかないと」
山下良子さん
「こういうふうに、みんなで…」
■朝市組合、復興ビジョンを作成

1200年以上の歴史があると言われる輪島朝市。朝市組合では、元の場所での再開を目指し、復興ビジョンを作成しました。
輪島市朝市組合の冨水長毅組合長
「ピンチをチャンスに変えて前を向きたい」
観光客が天候にかかわらず楽しめるよう、屋根のある広場の設置などを計画しています。
■100人近くがまだ店を再開できず

しかし工事業者が足りないことなどから、朝市通りでの再開は2030年度の予定です。復興が遅れる中、朝市の組合員約180人のうち、100人近くがまだ店を再開できていないといいます。
冨水組合長
「正直(地震から)2年たっても活動できないというのは相当厳しい。それを理由にやめる人もこれから出ると思う」
■「少しでもにぎやかになれば」

あと4年。3人に思いを聞きました。
水口さんは「残された時間が少ないという気持ちがあるんです」、山口初枝さんは「いつになったら…長くみないと仕方ない、こうなったら」と話しました。
輪島朝市では現在、ようやく道路などを整備する工事が始まったところです。
山下良子さん
「朝市ができて、周りの家が建つと、だんだん少しでもにぎやかになれば」
水口さん
「何が何でももう一度朝市で頑張りたい」
山下初枝さん
「それまでやっぱり頑張らないと」
羽生さん
「頑張れるまで頑張って。みんなでね」
水口さん
「元気でいないと」
■自宅のある集落は…ライフライン不通

一方で復興が遅れる中、ライフラインが復旧していない集落もあります。輪島市の仮設住宅を訪ねました。
この部屋で一人暮らしをする、81歳の高野皓(あきら)さん。「こちらキッチン。ここにもう一部屋あるだけで。最初入ったときはなんて狭いと思った。今では慣れてしまって」と言います。
四畳半の暮らしもまもなく2年。半壊した自宅のある集落はいまなお、ライフラインが通っていません。
高野さん
「電気・水道すべて止まっていて、携帯も使えないし」
高野さんの自宅周辺の世帯は地震で道路に大きな被害が出たため、復旧に時間がかかるとして石川県は『長期避難世帯』に指定。仮設住宅などは補助があります。
■あと数年…帰らない選択をした人も

高野さんの集落を案内してもらいました。山肌が見える斜面を指差し、高野さんは「土砂崩れでこういう状態。あそこにも一軒あったけど流された」と言います。高野さんの自宅も訪ねました。
羽生さん
「築何年くらいになるんですか?」
高野さん
「ちょっと分からない。150〜160年くらいはたっていると思う」
生まれ育った家は、地震で半壊。家の片付けや修理は高野さん1人で行ったといいます。家が傷まないよう、毎日通って手入れをしています。「先祖が苦労して守ってきた。私の代でなくすのも申し訳ない」と高野さんは漏らします。
復旧が進まない中、高野さんは自ら太陽光パネルを設置しました。しかし、電力は十分ではありません。「雨が続くと太陽光が不足するので、冷蔵庫が全く使えないんです」
高野さんの集落の長期避難世帯は36世帯。復興まで数年かかるため、帰らない選択をする人も多いといいます。
高野さん
「両隣は解体された」
羽生さん
「幼い頃からのご近所さん?」
高野さん
「何百年という付き合いがあったんだろうけど、一瞬の間になくなってしまった」
人がいなくなり、地震前までは耕やされていた田んぼも雑草で覆われました。
■長期避難世帯に指定され…遠のく復興

高野さん
「電気水道がきて、携帯も使える。そんな状況になればまた変わってくるんだけど、それまでにまだ3年半もあるから」
羽生さん
「長いですよね」
高野さん
「ちょっと長すぎますね」
長期避難世帯に指定されたことで遠のく復興。「時間がたてばたつほど皆さん迷いが出てくる、そこが一番怖いところなんですよ」と高野さんは語ります。
羽生さん
「帰ってこられなくなりますね」
高野さん
「長期避難世帯に指定されたことが、荒廃を招く結果になった。もうちょっと何かいい方法があったように、今から思えば思うんだけど…」
■「見捨てられてしまっている感覚」

森圭介アナウンサー
「長期避難世帯を取材されていましたが、ライフラインもまだ復旧していない。復旧するまでに数年かかってしまうんですね」
羽生さん
「家は定期的に空気の入れ替えなど手入れをしないと、カビが生えるなど傷んでしまいます」
「高野さんは毎日自宅に通って手入れをなされているんですけど、自宅が奥まった場所にあって、道路の工事なども後回しにされてしまっていて、見捨てられてしまっているというような感覚があるとおっしゃっていました」
「そんな中毎日、整備が少ししかされていない道路で通っているので、本当に大変だと感じました。また、一時的に自宅に帰った時に、時間がたって荒れ果てた家を見て心が折れてしまって、なかなか戻る気持ちになれない方もいらっしゃるということでした」
「また、避難が長引くと避難先で生活の基盤ができて戻りづらくなる。ここだけではなく、他の地方の避難所や仮設住宅などを見ても、そういうことがありました」
森圭介アナウンサー
「家を保つのはもちろん、心を保つのも本当に大変だとよく分かりました。能登半島の長期避難世帯は、今年3月時点で輪島市や珠洲市など5市町の32地域の255世帯となっています」
■輪島朝市、観光で“復興の支援”

斎藤佑樹キャスター
「仮設住宅の暮らしが続くと、本当に大変ですよね」
羽生さん
「高野さんは『仮設住宅に住めるのはありがたい』とおっしゃりながらも、壁が薄いなど気を遣うことも多いと話されていました。実際の仮設住宅での生活は負担もかなり大きいと感じました」
森アナウンサー
「毎日のことですから、心にたまるストレスは計り知れないものがあります。今回、羽生さんは輪島の朝市も取材されました」
羽生さん
「元の場所での再開まで4年かかるとされながらも、やはり不安がありつつ、そこに向かって頑張ろうという気持ちにもあふれていました」
鈴江奈々アナウンサー
「そういった姿を応援したいという方は全国にもいらっしゃると思います。出張輪島朝市のホームページを見ると、東京や愛知などいろんな所で開催されています。そういった場所を訪れるのもきっと応援でしょうし、能登の魅力を知るきっかけにもなるといいですね」
羽生さん
「出張輪島朝市ももちろん、皆さん一生懸命頑張っていらっしゃいます。ただ、出張輪島朝市はあくまでも出張輪島朝市という話もされていて、やはり輪島朝市をなんとか再開したいというお話もされていました」
「輪島朝市は実際にまだまだ時間がかかるんですけれども、今観光に来てほしい、今のこの復興途中の姿を見てほしいという方もいらっしゃいました」
「現在でも観光ができる施設もありますし、朝市通りにはカフェなども営業している施設もありますので、ぜひ観光に行っていただくことによって、経済(的な効果)やお手伝いになったりもするかと思います」
森アナウンサー
「羽生さんは『今』という言葉をものすごく強調されていました。朝市の方々は『今来てほしい』ともおっしゃっています。朝市はもちろんですが、被災地の爪痕を回る観光ツアーも行われていて、隆起した海岸や朝市通りを回るツアーなどもあるということです」
「復興していく、まさに今しか見られない輪島を目に焼き付けるのも大事かもしれませんね」
羽生さん
「実際に私たちが3.11(の東日本大震災)から学び、台風や豪雨からどうやって命を守っていくかを学んできたように、そして今実践しているように、輪島からもたくさんのことを学びながら過ごしていけたらいいのかなと思います」
「輪島の観光協会の方々も、『地震や豪雨の爪痕を観光して、自分たちの防災について考えてほしい』とおっしゃっていました」
森アナウンサー
「なかなか被災地へは足が遠くなる、という方もいるかもしれませんね」
羽生さん
「被災地に観光しに行くのは不謹慎と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、足を運ぶことによって支援は成り立つというふうにも思いますので、ぜひ観光案内のアプリや自治体のホームページなどをチェックしてみてください」

