東京は単発バイトの"棒読み接客"ばかりだが…「料理は説明しない」北海道のレストランが「予約半年待ち」の意外

■「北の国から」ロケ地跡に佇む予約困難店
フランス料理店「ル・ゴロワ フラノ」は北海道産の野菜、果物、乳製品、精肉、鮮魚といった食材だけを使う。同店は富良野市の新富良野プリンスの敷地内にある。初夏から秋までは観光の人たち、雪が降ったら、スキー、スノーボードの客がやってくる。客席数は15席しかない。ランチ、ディナーを予約しようと思えば、6、7、8月であれば半年前には予約しなければならない。他の月もまた3カ月前には予約が必要だ。富良野でいちばん予約が取れない店になっている。
同店を利用する人は地元の人たちと観光客だ。観光客、インバウンド客は旭川空港から美瑛を経由して富良野、とりわけ麓郷(ろくごう)地区にやってくる。美瑛にはラベンダー畑、彩りの畑、青い池など景色の美しい場所がある。富良野にもラベンダー畑がある。景色の美しさもまた富良野、麓郷の魅力だ。加えて、人々が行くのが、かつて放映されていたテレビドラマ「北の国から」(フジテレビ系)のロケ地跡だ。富良野と麓郷にはドラマで使用した住居、店舗が残っていて、観光客は主役の田中邦衛を始めとする出演者たちを思い浮かべながら、跡地を巡る。
■大ファンの倉本聰監督に手紙を送った
そんな富良野は北海道の真ん中に位置している。同市の市民憲章には「わたしたちは、北海道の中心標が立つ富良野の市民です」とある。道内各地から、おいしい食材を取り寄せるには地の利がある。また、富良野は盆地だ。畑作に適していて、タマネギ、ニンジン、メロン、スイカの主産地だ。加えて肉用牛、養豚、酪農も盛んだ。北海道各地の産物とその日の朝、地元で収穫した野菜、果物を出している。
そして、長年、富良野に暮らしているのが「北の国から」の脚本を書いた倉本聰氏だ。倉本氏は「北の国から」のなかで、富良野の生活をリアルに描いた。ル・ゴロワのオーナー夫妻(大塚健一、敬子)は「北の国から」の大ファンだった。マダムの大塚敬子は北海道に移り住んで、店を始めたいと思い、倉本聰氏に手紙を出したのである。

■青山の人気店として20年近くやってきたが…
大塚敬子は「はい、私が手紙を出したことで、ここに店を構えることができました。倉本先生のおかげなんです」と言った。
「倉本先生は新富良野プリンスのなかに『グリーンハウス』という素敵な家を造っていました。グリーンハウスはテレビドラマ『風のガーデン』(フジテレビ系、中井貴一主演)のロケで使われた家です。私は倉本先生への手紙に『グリーンハウスのデザインを真似たレストランを北海道でやりたい』と書いたんです。すると、先生は『いいよ』と返事を下さいました」
マダムの大塚敬子は東京・目黒の生まれだ。動物が好きで大学は北海道の酪農学園大学に入学する。その後、パティシエとなり、夫の健一とは軽井沢プリンスホテルで出会った。
大塚夫妻は1994年、パパスカフェのシェフとなり、97年、東京の表参道でフランス料理店「ル・ゴロワ」を開いた。その頃から北海道の素材を使ったフランス料理を提供していた。2006年には店を表参道から外苑前に移転する。しかし、東京で店をやっている間、夫妻の夢は「北海道に移住してレスランをやること」だった。それはマダムが動物好きで、馬の「あかり」ちゃんを飼い、十勝の牧場に預けていたこともある。今では馬が5頭、犬が2匹、ネコが9匹となった。大好きな動物の近くで暮らそうと思ったら、それは北海道しかない。
夫妻は2016年、外苑前の店を閉めて北海道へ移るための準備に入った。倉本聰氏に手紙を書いたのはちょうどその頃だった。

■「建物自体がレガシーになれば、人を引き寄せられる」
こうして、『風のガーデン』に登場しそうなレストラン、ル・ゴロワは富良野で店を始めた。2018年のことだ。
倉本聰氏は大塚夫妻のこと、レストランのことをまとめた本『季節のごはんと暮らし方 レストラン「ル ゴロワ」のレシピから』(朝日新聞出版 北村美香)のなかで次のように語っている。
「北海道の食材は素晴らしいので、シンプルに素材を味わうほうが料理としては合っている。それならイタリア料理のほうがいいのではないか。イタリア北部と北海道は、チーズやバターなどの乳製品が豊富だし、似ていると思う」

■あえて「料理の説明」を控える理由
倉本氏はル・ゴロワの建物、インテリア、料理までをプロデュース、監修した。
また、同店の「サービスは丁寧で優しい」とも言っている。
「それにもましての魅力は何より、マダムの人柄でしょう。お客様の立場に立ってサービスをしている。とても丁寧で優しいサービスですが、つかず離れずで心地よい。ここのサービススタッフがマダムの教育をきちんと受けて育ってくれれば、言うことないでしょう。人材派遣会社から即席に派遣されたアルバイトでは務まらないと思う」
倉本氏の言う通りで、マダムのサービスの良さとは「つかず離れず」の接客だ。同店は地元食材、北海道の食材を使っている。通常、食材に自信があり、しかも、こだわりのある店のサービス係は皿を持ってくるたびに「これは厚岸(あっけし)の牡蠣です。今、厚岸では水温がこれぐらいで……」どうのこうのと2分くらいは滔々とまくし立てる。
だが、マダムのサービスはそうではない。静かに皿を置いて、客が味わうのをそっと見守る。客が一口食べて、「おいしい。この牡蠣はどこのものですか?」と尋ねてくるのを待つ。客が聞いてきた時だけ、「厚岸の牡蠣です」と答える。息せき切って、まくしたてるのではなく、質問したら答える。しかし、本来、料理の説明とはそういうものではないか。客は食材の調査をしに店に来るわけではない。食べる前から、こだわりやうんちくを聞きたくない客もいる。マダムはそのことをよくわきまえている。
また、自ら考えたデザート「グレープフルーツのプリン」についても、「これは私が苦労して作ったものです」とも言わない。自己承認欲求がゼロに近いサービスがル・ゴロワのそれだ。
■野菜でも肉でもない、名店を支える食材とは
静かな風景のなかにあるレストランには「攻めるサービス」ではなく、つかず離れずで適当な距離を保つサービスが馴染(なじ)むのだろう。そして、北海道の人たちの話し方とはそんな感じだ。都市に住む人たちのような速射砲の話し方の人は少ない。一呼吸おいて、相手の反応を見ながら話をする。マダムは北海道に移住して、自分らしいサービスに磨きをかけた。
倉本聰氏は「サービススタッフがマダムの教育を受ければいい」と書いていたが、実は夏の繁忙期以外はスタッフはいない。リゾートにやってくる短期のアルバイト志望者につかず離れずの静かなサービスを伝授するのは不可能だと感じたからだ。現在、ル・ゴロワではシェフが料理を作り、マダムがサービスをしている。
シェフ、大塚健一が推奨するのは富良野の水だ。ル・ゴロワで出す地元野菜は富良野の水で育てたものだ。牛は富良野の水を飲んで牛乳となる。バター、チーズは牛乳からできる。鶏もまた富良野の水を飲む。
シェフは「水がいいんです」と言う。
「ここの水は山の水なんです。山の湧き水を濾過して、滅菌しています。塩素処理ではありません。水がいいから、野菜がいい。パンの原料の小麦もいいです」

■「とれたて」でも2日かかる東京ではできない
小麦は地元産の「はるゆたか」だ。はるゆたかに幌加内でとれたそば粉をブレンドした自家製の「そば粉パン」を出している。
名物のル・ゴロワサラダは野菜だけでなく、ホタテ、パテ、スモークサーモン、ポテトチップ、チーズを焼いてチップにしたものなど、山と海のものが大量投入されている。
「季節の野菜とパテなど、入れ過ぎじゃないかと言われたくらいのサラダです。東京の店でも出していたのですけれど、こちらの野菜は東京とは鮮度が違います。アスパラ、トウモロコシなど、口に入れるとわかります。東京では『とれたてです』と言われても、航空便で届きます。梱包してから2日後になってしまう。しかし、こちらのとれたては朝、畑で収穫したもの。みずみずしさが違います。
ポテトチップのじゃがいもは道産品。チーズも道産品で、鉄板で焼いてチップにしたものをサラダの上に載せます。ビーツは近所の農家のお母さんが作っているもので、一度、アルミホイルで包んでオーブンで焼きます。火が通るまで焼いて、一口大に切ったものをピクルスの付け汁に漬ける。ビーツは即席のピクルスにしてサラダに入れます」

■意外な逸品「グレープフルーツのプリン」
サラダだけでお腹いっぱいになるのだが、ディナーであればその後、パスタ、魚、肉、デザート、コーヒーが出てくる。ランチでもパスタが出てきて、その後に魚もしくは肉が出てくる。ランチは6000円でディナーは1万6000円。肉は薪で焼いたものだ。
シェフは「薪で焼いた肉はそれはもちろんおいしいです」と言った。
「薪で焼くことは東京ではやったことがなかった。こっちでやろうと思ったのはやはり、レストランの周りに木がいっぱいあるから。最初は難しかったですね。なかなかうまくいかなかった。薪の火は調整するのが難しい。でも、焼いた時の香りが違います」
ル・ゴロワの食材のなかで、唯一、道産、国産ではないのがグレープフルーツだ。前述のようにグレープフルーツをプリンに合わせたデザートがマダム作の名物である。同店ではル・ゴロワサラダとグレープフルーツのプリンを二大看板メニューとしている。
マダムは説明する。
「グレープフルーツはちょっと苦みがあるでしょう。その苦みが甘いプリンと合うんです。前菜、サラダ、パスタからデザートまで、うちの味は香りだと思います。料理は香りが最初に来ます。香りを感じているうちに味がやってきます」

■フレンチシェフのおうちごはんは「和食」
富良野の水を生かしたフランス料理コースを作るのがふたりの仕事だ。では、レストランから離れた自宅ではどういったものを食べているのか。
マダムは「お豆腐に山わさびの醤油漬けを載せたもの」と言った。
「お豆腐もおいしいんです。大豆は道産で、水は富良野の水です。山わさびの醤油漬けは瓶詰めでどこでも売ってます。健ちゃん(シェフのこと)は山わさびの醤油漬けでご飯を食べます。私はお酒を飲みます。北海道の日本酒もおいしくて……。旭川の男山、国士無双、それから増毛の国稀(くにまれ)。お酒がおいしくて、飲んでいたら太っちゃいました」
健ちゃんは「自宅でよく食べるのは豚しゃぶです」と言った。
「特別なつくり方はありません。豚しゃぶに白菜と長ネギをたくさん入れる。どちらも薄切りにします。白菜、長ネギは地元の農家が作っているものだから鮮度がいいんです」

シェフの健ちゃんは豚しゃぶでご飯を食べる。米は炊き立てのゆめぴりかだ。米も地元産。水はもちろん富良野の水だ。
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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『京味物語』『ビートルズを呼んだ男』『トヨタ物語』(千住博解説、新潮文庫)、『名門再生 太平洋クラブ物語』(プレジデント社)、『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』(ダイヤモンド社)など著書多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。ビジネスインサイダーにて「一生に一度は見たい東京美術案内」を連載中。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
