定時に帰る優秀な人たち…人が足りない地方企業が苦戦する「若者の採用」の実態

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なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に……

話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

衣料品事業から介護事業へ

続いて訪問したある卸・小売業では、現在「介護事業部」と「ユニフォーム事業部」を2本の柱として事業を行っている。担当者に話を聞いた。

「当社は、創業当時は呉服問屋を営んでいました。バブルのときは地域の小売店に婦人服を卸していまして、婦人服の事業で20億ほど稼いでいた時期もありました。ただ、バブル崩壊以降は地域の小売店が次々と閉店し、大型ショッピングモールやECなどに需要が奪われてしまいました。このため、今では婦人服事業はたたんでいます」

衣料品の事業ではユニフォーム事業だけが残り、事業の一つの柱となっている。地域の建設会社から作業服の発注を受けたり、クリニックからは白衣の発注を受けたりと、企業のユニフォームを作りたいという依頼を受けて商品を届けるのが事業の内容となる。

もう一つの主軸となっているのが介護事業。介護用品の販売レンタルを手掛けており、介護が必要になった利用者に対して介護用ベッドのリースを行ったり、バリアフリーの依頼を受けて間取りの設計を行ったりといった事業である。

「介護事業が始まったのは、介護保険法が施行された2000年頃です。当時、確かタクシーの運転手さんに『おたくは介護ビジネスはやらないのか』という話をされて、そこから始まったと聞いています。ユニフォーム事業は売上が少しずつ下がっていっているのですが、介護事業は始まってからずっと右肩上がりで成長しています。介護事業の方が利益率も高いですし、いまではそちらの方が事業の中心になってきています」

同社における仕事の内容は営業が中心になる。ユニフォーム事業では、新しいユニフォームを発注してもらうためには新規の顧客を常に獲得し続けなければならない。そのためには企業の経営者と信頼関係を築くための営業活動が必要になる。

人材の確保に関しては、同社では中途採用ですべてまかなっているが、採用状況はユニフォーム事業と介護事業では大きく異なる状況にあるという。

「新卒採用は昔はやっていたのですが、今はもう採れないので中途採用だけです。ただ、その中途採用も近年では厳しくなってきました。ユニフォーム事業では募集をかけても応募者が集まりません。仮に採用できても長く続かないケースも多くなってきました。

営業という仕事はそもそも必要としていない人に対して買ってもらうように需要を作り出すという側面があるのですが、現在は商品をほしい人がほしいときに必要な分だけ買うというような時代ですから。時代と逆行している部分も否めません。特に若い人はこういった仕事の仕方にあまり良い印象を抱いていないように感じます。

ただ、介護事業の方は実は状況が異なっていて、採用はかなり堅調なんです。若い人を中心に介護の仕事で働く人は全国的に増えていますから。介護のマーケットもしばらく拡大していくことが予想されるので、若い人は将来性を見込んで参入しているのでしょう。当社では介護施設で働く方よりも良い待遇を提示することができるので、介護事業では女性を中心に採用はなんとか増やすことができています」

大幅に増える女性従業員、労働時間は大きく減少

同社の従業員は現在およそ30名。従業員の性・年齢構成は過去から大きく変わっている。これまで営業を担う社員はほとんど男性であったが、介護事業が成長するにつれて従業員の女性比率が高まり、いまでは子どもをもつ女性も事業の主戦力となっている。

働き方も過去から大きく変わった。十数年前は夜遅くまで働くことは当たり前であったが、いまではほとんどの社員が家庭の時間を優先し、定時の16時30分には仕事を終える。

「昔はハイエースに衣服を詰め込み、売れるまで帰ってくるなと、そういう営業をやっていました。ただ、もうそういう時代ではありません。国からも働き方改革を要請され、労働者側も労働条件をよく吟味する時代に変わってきています。この前中途で採用した人は、募集要項の『基本残業なし』という項目が決め手になって弊社を選んでくれたと聞きました。

私の部署にも若手のエースがいます。彼は非常に優秀で営業の数値も抜群です。ただ、彼も定時になると仕事を切り上げてきっぱりと帰っていきます。従業員により良い労働環境を用意しなければ、優秀な人を採用し、定着させることはできない時代になってきたと切実に感じています」

従業員の労働条件の改善に力を入れる中、短い労働時間で企業の業績を維持することは簡単なことではない。同社もここ最近で商品・サービスの価格を3%程度引き上げた。しかし、人件費単価の上昇圧力に加えて、商品の原価や運送料も上昇を続けており、企業利益を確保する難しさは増している。

「当社でも働き方の見直しを行って以来、短い時間で成果を出せるように従業員全員が生産性高く仕事をするようになりました。ただ、介護事業はたとえばベッドのリースにあたって、それがなぜ必要なのかを丁寧にカルテに書かなければいけません。必要な書類が山ほどあって、時間内で仕事を終わらせるためにみなが作業に忙殺されていて、生産性を高めるのももう限界だとも感じています。

世の中では賃上げの動きが広まっています。地域では働ける人が減少していく中で、当社としても優秀な人員を確保するためにもさらなる労働条件の改善や賃上げは考えていかなければならないでしょう。ただ、労働者にとってこうした流れは好ましいことなのでしょうが、その原資はどこから出すのでしょう。これ以上待遇改善の動きが広まっていくことに関して、経営者としての危機感は少なからずあります」

多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体