氷室冴子さんの絶版小説『少女小説家は死なない！』が面白すぎたので、ぜひ復刊してくれませんか？
こんにちは、Togetterオリジナル編集部のToge松です。
普段はよく漫画の紹介記事を書いているが、今回はある小説の紹介だ。タイトルは氷室冴子さんの『少女小説家は死なない！』（集英社）という。
氷室冴子さんといえば少女小説レーベル「コバルト文庫」の看板作家として知られ、累計売上部数は2000万部以上を誇る。
2008年に51歳で夭逝されたが、『なんて素敵にジャパネスク』『銀の海 金の大地』など代表作は数多く、『海がきこえる』はスタジオジブリ制作によるアニメ化でも有名だ。
『少女小説家は死なない！』は1983（昭和58）年に発行。過去に白泉社でコミカライズしたこともあるが、現在は絶版となっている。
読もうと思った経緯は覚えていないが、北海道立文学館が2024年11月10日まで特別展『氷室冴子の世界 ふくれっつらのヒロインたち』を実施していたことと、X（Twitter）で小説家の朱野帰子（@kaerukoakeno）さんが作品をおすすめしていたからだと思う。
いまをときめく作家さんたちに「おもしろいから！小説家小説書くなら読め！」といわれてなんとか入手した氷室冴子の『少女小説家は死なない！」がほんとにおもしろくてこのままだと眠れない勢い。これがコバルト小説かあ………！！！！ https://t.co/FCzV5zsG7b
— 朱野帰子 11/3技術書典17 こ22 (@kaerukoakeno) 2024年9月9日
先に読んだ感想を言うと「抱腹絶倒でめちゃくちゃ面白かった」。この面白さを誰かに伝えたくてたまらず、できることなら「復刊してほしい」と思ったので、記事を書くことにした。
小説家たちが紙とペン（以外）で争う破天荒なストーリー
絶版で本作の入手自体が難しいため、どんな作品なのか、やや詳細にあらすじを紹介したい。
主人公は朝倉米子（あさくら・よねこ）。春から東京の大学に通うため北海道から上京し、一人暮らしを始めた大学生だ。
親元を離れ、悠々自適の大学生活を楽しむつもりだった彼女だが、悩みがひとつあった。新生活を始めてまもなく、居候が自分のアパートに住み着いてしまったのだ。
その居候の名は火村彩子（ひむら・さいこ）。集学社（集英社みたいな社名）の「月刊Jr.ノベルス」でデビューを目指す新人小説家だが、傍若無人かつ気性の激しい性格で、いつも米子は召使いのように振り回されっぱなし。アパートを出ていってほしい米子だが、弱みを握られているため強く言い出せず、ホトホト困り果てていた。
そんな米子に、火村センセ（米子はそう呼んでいる）を追い出す千載一遇のチャンスが訪れる。火村に担当編集から連載の話がやってきたのだ。
火村が書く小説はいつも支離滅裂な内容で、お世辞にも面白いとは言えない。本当に連載が持てるとは信じがたいが、火村が小説家として生計を立てられるなら、アパートを出ていってくれるかもしれない（これまで食費などは米子が出していた）。
俄然やる気を出す火村（と米子）だったが、担当編集によると連載できるのは火村ら新人小説家5人のうち、原稿の評判が一番良かった1人だけだという。
火村は「私の小説こそ一番！」と信じて疑わないが、連載ゲットのため万全を期したい。そこで米子をそそのかし、「ライバルたちの原稿を盗む」という暴挙に出ようとする。
ただし他の4人も食わせ者ばかり。こうして小説家たちの仁義なき戦いが始まるのだった――。
…ここまでが物語のおよそ半分である。
「え、小説家なんだから小説の良し悪しで競うじゃないの？」と思ったアナタ、その感想は正しい。私も予想を裏切る展開にビックリした。
小説家たちのクセが強すぎる
全編で270ページ強のボリュームだが、怒涛の勢いで物語が進むので、読み出すと止まらなくなる。
本作の魅力は何と言っても火村彩子をはじめとする小説家たちだろう。唯一の連載枠をめぐって5人の小説家が「原稿を奪い合う」というバトルを繰り広げるわけだが、全員やたらとキャラが濃い。
とにかく登場キャラクターが我が道を行く個性派ぞろいなのだ。とりわけ女性陣がたくましく、立ちふさがる壁は自力で壊すかよじ登っていくかという感じで、強さと活力に満ちている。
5人を紹介するとこんな感じ。なお肝心の文章力はどんぐりの背比べで、あまり高くはないらしい。
火村彩子：米子のアパートに転がり込んで居座る。得意ジャンルはファンタジー。富士からは「天ぷら中毒」と呼ばれる
富士奈見子：火村とは犬猿の仲。得意ジャンルは耽美系。火村からは「鞭女」「SM奈見子」と呼ばれる
都エリ：都内の名門女子大出身のお嬢様。得意ジャンルはポルノ系。火村からは「ルンルン都」と呼ばれる
関根由子：外見に劣等感を持ち、見た目がいい都エリが憎い。得意ジャンルはラブロマンス系。火村からは「ハーレー由子」と呼ばれる
津川久緒：5人の中で唯一の男性。偏執的な一面あり。得意ジャンルは耽美系。火村からは「ロリータ津川」と呼ばれる
全員が全員、『極悪女王』じゃないが昭和の女子プロレスラーみたく蔑称で呼ばれているところが、何ともタダ者じゃない様子を際立たせている。
火村の「天ぷら中毒」に至っては、別に天ぷらで中毒になったエピソードがあるわけでなく、SM奈見子の「天ぷら中毒になってそう」という偏見に基づいた命名だけに、若干気の毒だったりする。
こうしたネーミングに加え、「このあと火村と米子はタッグを組み、まずはルンルン都を脱落させるべく彼女の仕事場へ行くと、SM奈見子と鉢合わせしたので共同戦線を張ることに…」などと続きを書くと、「何かすごい話だ」と興味を持っていただけるのではないだろうか。
少女小説なので流血沙汰とはならないが、終盤のドタバタ劇はクライマックスにふさわしい展開で最高だ。40年以上前の作品なのに、現代の感覚で読んでも色あせていない。ただただ氷室冴子さんの創作力にひれ伏すばかりだ。
氷室冴子さんが活躍した「少女小説」という世界
ところで、「火村彩子（ひむら・さいこ）」という名前を見て「おや？」と思った人もいるのではないだろうか。そう、氷室冴子（ひむろ・さえこ）さんご本人と名前がよく似ているのだ。
本作のあとがきを見ると、結びの言葉でこのように書かれている。
火村彩子とは無関係の 氷室冴子
氷室冴子著『少女小説家は死なない！』（集英社）あとがきより
あとがきでは他にも「私は登場人物の名前を考えるのが苦手」「この小説に出てくる火村彩子さんも、いわば、本棚を見て目についた小説家さんの名前をもじりました――と言っても、誰も信じないだろうなあ……」などと書かれている。
あくまで本作はフィクションで、火村彩子というキャラクターは氷室さんご自身を投影したわけではないことを強調しているようだ。
一方で、本作に出てくる「少女小説」業界の景色は、ところどころで当時の世情を感じさせるリアリティを帯びている。
たとえば、火村が小説を持ち込んでいる少女小説誌「月刊Jr.ノベルス」は、集学社の数ある編集部の中で赤字トップと位置づけられ、同誌の編集者たちは肩身が狭い思いをしているという。火村の担当編集である細田（あとがきで同姓の編集者がいることが明かされていた）も、漫画誌からの左遷組として描かれている。
Togetterにも同作の編集者に関する描写について、まとめがあったので参考になるかもしれない。
氷室冴子『少女小説家は死なない!』に出てくる編集者と漫画家
『少女小説家は死なない！』が発売した1983年頃の集英社といえば、「週刊少年ジャンプ」や「りぼん」が売上を伸ばしていた時代だ。あくまでフィクションでの話だが、花形だった漫画誌からの異動は無念だったんだろうな…と想像してしまう。
「少女小説」は1980年代に入り、氷室さんらの活躍もあってブームを迎えていく。したがって本作は少女小説ブーム前夜の物語という見方もできるかもしれない。少女小説というジャンル自体は明治期と古くから存在するが、『少女小説家は死なない！』が書かれた当時はジャンルとして軽視されてきた、ということだろうか。
そういった背景を踏まえて『少女小説家は死なない！』というタイトルを見ると、力強さとたくましさに溢れ、少女小説というジャンルが息を吹き返していく姿をイメージできた。
できることなら復刊を！！
実はその後、『少女小説家は死なない！』で大爆笑した私は氷室さんに関心を持ち、ご本人が書いたエッセイ『新版 いっぱしの女』（筑摩書房）を読んだ。『いっぱしの女』は1992年に刊行されたもので、現在は2021年に再刊行された新版を読むことができる。
同書ではまえがきとして、少女小説ブームによって氷室さんが取材を受けたとき、記者から「ああいう小説は処女でなきゃ書けないんでしょ」などと差別的な言葉をかけられたエピソードなどが明かされている。少女小説というジャンルが軽視されてきた当時の状況に、複雑な心情を浮かべていた様子がうかがえる。
氷室さんの人柄やその功績は、私の生半可な解釈よりNHK北海道が2023年に放送したドキュメンタリー番組などで詳しく知ることができるので、ぜひ読んでみてほしい。
願わくば『少女小説家は死なない！』が復刊され、さらに欲を言えばアニメなどで映像化されると嬉しいな…などと考えるのだが、同じようなことを願う人は相当いるのではないだろうか。
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