ブライトン戦に出場したリバプールの遠藤航【写真:Getty Images】

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逆転勝利でリーグ首位の座を奪い返した第10節ブライトン戦

「Hell Yeah(よっしゃー)!」――1列うしろの一般席で、男性ファンが声を上げた。

 11月2日にアンフィールドで行われたプレミアリーグ第10節リバプール対ブライトン(2-1)の後半アディショナルタイム4分。ディフェンシブサードで敵のパスをカットした日本代表MF遠藤航に対する称賛の叫びだった。

 リバプール移籍2年目の遠藤が、クラブでの公式戦通算50試合目のピッチへと送り出されたのは後半32分。アルネ・スロット監督体制下の今季は、MFライアン・フラーフェンベルフの「6番」起用が続く。遠藤の出場時間は、この日も20分弱に留まった。

 しかし、今季リーグ戦で最も長い時間を過ごしたピッチ上で残したインパクトは、ブライトンの左ウイングで先発した日本代表のチームメートであるMF三笘薫の87分間にも負けていない。当の三苫が、試合後にこう語っている。

「(同じピッチに立って)嬉しい気持ちはありますけど、自分たちのプレーの反省の方が多い。彼のところで潰される場面もあったので、(遠藤は)素晴らしいプレーをしていたと思います」

 何より、遠藤自身とリバプールにとって意義ある約20分間となった。象徴的なシーンの1つに、冒頭で触れたパスカットがある。

 三笘と交代したFWサイモン・アディングラが、するすると中盤から上がるMFマッツ・ウィーファーにパスを通そうとした場面。目視も予測もできていた遠藤は、当初、リバプールの中盤補強ターゲットとされてもいたウィーファーの前に身体を入れ、危険の芽を摘んでみせた。

 ブライトン最後の攻撃は、その1分後。ボックス内に放り込まれたクロスをFWダニー・ウェルベックとDFヤンポール・ファンヘッケという、高さで勝る敵のCFとCBに挟まれながらヘディングで跳ね返したのも遠藤だ。筆者の後方では、別の男性ファンが「ウェルダン(いいぞ)!」と反応。クリアボールを拾った味方が、敵のファウルを誘ってフリーキックをもらい、試合終了の笛が鳴った。

 同時進行だった他会場では、マンチェスター・シティがボーンマスに敗れた。即ち、リバプールにとっては、シティから首位の座を奪い返す逆転勝利に。逃げ切り実現直後のピッチ上には、両拳を2度、3度と突き出してガッツポーズを見せ、背後の守備陣だったDFフィルジル・ファン・ダイクとDFジョー・ゴメスの両CB、GKのクイービーン・ケレハーと、ハイタッチで任務遂行を称え合う遠藤の姿があった。

コントロール重視のチームで必要とされる能力と経験

 だからといって、巷で囁かれる「移籍すべき」との声がなくなることはないのだろう。昨季を主軸として終えた31歳にすれば、プレミアでベンチスタートが続く今季を「不遇の時」と理解されても無理はない。定位置を奪った格好のフラーフェンベルフは、遠藤に10点満点で7点を与えるとすれば、6点が精一杯と思えたこの一戦でも最後までピッチに立っていた。

 もっとも、新監督のチームとしては「フェア」な状況だとも言える。攻撃志向の基本線は同じだが、リスク覚悟だったユルゲン・クロップ前監督に対し、スロットは“リスク管理”派。中盤の底にはボールロスト後の“保険”よりも、ボール支配を続けるための“中枢”を好む。

 そこで抜擢されたフラーフェンベルフは、遠藤と同じ移籍1年目、出場機会も起用法も中途半端だった昨季を経て、新監督の期待にパフォーマンスで応えている。リーグ戦10試合を、20チーム中最少の6失点で首位に立つスロットのリバプールは、「“コントロール”は最大の防御」を地で行っているチームだ。

 とはいえ、中盤中央に「真の防御」を必要とする試合は必ずや訪れる。ブライトンにリードを許した第10節は、その一例でもあった。明らかに敵が上回っていた前半、フラーフェンベルフとMFアレクシス・マック・アリスターの2ボランチは攻守に機能不全に陥っていた。フィルターのかからない中盤を軽快なパスワークで通過された末、相手右ウインガーのDFフェルディ・カディオグルにゴールを決められた。

 後半の2分間で、FWコーディ・ガクポとFWモハメド・サラーがネットを揺らした一気の形勢逆転は、さすが優勝候補の底力だった。だが、トップ6候補からトップ4候補への脱皮を期すブライトンが引き下がるはずもなく、1点リードのリバプールはクローザーを必要とした。

 攻守のバランスや周囲との連携にも意識を割くボランチとして、その役割をこなす能力と経験を備えた戦力は現チームにただ1人。中央に残ったフラーフェンベルフとコンビを組み、投入40秒後にボール奪取を試みた遠藤しかいない。

 本人は、クラブ公式の試合後インタビューで、自身を含む途中出場5選手が揃って力を発揮した点に関して、「チームには全員の力が必要になる」と話している。国内外で優勝を狙う強豪では、スカッドとしての総合戦力がシーズンの成否を左右するのだ。

 今季開幕前に話を聞いた際に遠藤が「獲れるタイトルは全て獲りにいく」と言っていたリバプールも例外ではない。まだ前半戦半ばの第10節終了時点だが、同節の3日前には敵地でのリーグカップでブライトンを下し(3-2)、準々決勝進出を決めたばかり。3日後には、ポイント数ではリーグフェーズ首位タイのチャンピオンズリーグでレバークーゼン戦が控えているという忙しさだ。

遠藤はまだまだ必要とされている

 そのリーグカップでは、遠藤の交代に悲観的な見方もあったに違いない。今季2度目の先発出場は、2点差でリードしていた後半19分、17歳のMFトレイ・ニョーニとの交代で終わっている。

 もっとも、スロット監督からは後半早々のイエローカードを交代理由とする説明があったとのこと。試合前の会見で、ピッチ上での時間を与える必要性を認めていた指揮官だったが、準々決勝にも遠藤がいる重要性を優先したわけだ。

 アメックス・スタジアムでのブライトン戦序盤は、ほぼひと月前の前回先発以降、リバプールでの出場時間が計15分程度だった影響は見受けられた。前半3分、タッチライン付近でプレッシャーを受け、相手スローインとなったバックパスのズレなどは遠藤らしくなかった。一方で、相手ペナルティーエリア付近からガクポへのスルーパスを狙った同7分のように、新監督の注文を意識する今季の遠藤らしいプレーも見られた。

 しかし、遠藤が遠藤たる所以は、その直後のプレーにある。本職ボランチとして最も有効なアピール手段は、やはり本来の持ち味。フラーフェンベルフに勝る守備の本能だ。

 やや強すぎたスルーパスが相手ゴールキックに終わり、敵が速攻に出ると、中央を駆け戻った遠藤は、自軍ボックスの手前でルーズボールの競り合いに勝利。反応が一瞬遅れた相手のトップ下、フリオ・エンシソと接触して倒れると、背後のゴール裏スタンドに陣取っていたリバプール・サポーターから、「ウィー・ラブ・ユー・エンドー!」の合唱が起こった。

 続くホームでのリーグ戦対決、総体的に言えば、リバプールにとってチームとしての姿勢と執念の勝利だったと言える。ベンチを出るや否や、勝つためにやるべき仕事に徹した遠藤も、その勝因を体現していた。

 遠藤は、リバプールの戦力として、まだまだ必要とされている。逃げ出すことなどなく、戦い続ける価値は十分にある。

 その事実は、ゲスト同伴につき立ち止まることはなかったが、焦りとは正反対の穏やかな表情でミックスゾーンを通過した本人が認識しているはず。ベンチワークが奏功した、新監督も。そして、試合後の指揮官が「実感した」と言う「アンフィールドの力」を生み出す、サポーターたちも。(山中 忍 / Shinobu Yamanaka)