自分から話すことに対してハードルが高く感じる人の中には、いくつか心理的な障壁があるように思います(写真:polkadot/PIXTA)

会話の主導権を握ってグイグイと話す――。それができる人は意外と少ないのではないでしょうか。

「自分の話なんて面白くないのでは」というふうに考えて躊躇する場面があるかもしれませんが、それはもったいない話です。齋藤孝さんが40年にわたって続けてきたコミュニケーション講義のエッセンスを紹介した『「考えすぎて言葉が出ない」がなくなる』より一部抜粋、再構成してお届けします。

自分から話をしたほうがいい

話のうまい人がいると、自然に聞き役に回ってしまい、結局、自分から話をすることがなく終わってしまう……ということがあります。

しかし、少しくらいぎこちなくても、自分から話をしたほうがいいのは間違いないのです。「私生活の見えない、クールなキャラを演じよう」などと自分では気取っているつもりでも、周囲からは「何を考えているかよくわからない人」と受け止められる可能性が高いからです。

自分から話すことに対してハードルが高く感じる人の中には、いくつか心理的な障壁があるように思います。

1つは、「自分の話は面白くないから、話しても意味がない」という先入観。

「何を話しても喜ばれないから」と自己否定の感情を持っていたり、人に喜ばれた経験が少なかったりして、自分のことを話す意欲そのものがないという状態です。

まずは、短めに話す。15秒CMのような感覚で話せば、短いので話すほうも聞くほうも負担が少なくて済みます。あなたが話して誰かが一言でも返してくれたら、それでOKです。

2つ目は、「自分と周りの価値観が合わないから、話しても意味がない」という思い込みです。「せっかく○○の話をしても全然興味を持ってくれない。自分は面白いと思っているのに、周りの人と感覚がずれているのだろうか」と、他人との距離を感じている状態です。

ですが、すべての人と価値観が合わないわけではないと思います。話していて楽しい人と話す。自信がないときはそれで大丈夫です。そして元気なときに、「価値観が合わない」と思っていた人の話も聞いてみる。そうしているうちに相手もあなたの話を聞いてくれるようになるかもしれません。

秘密主義だと距離は縮まらない

3つ目は、完全な秘密主義。「自分のことを話すと、そこに相手が入り込んできそうで嫌だ」という恐れです。

しかし、普段の会話では、それほど深い話をしてほしいわけではありません。むしろ、最初からいきなり込み入った話をされても、相手も戸惑うだけです。言いたくないことは誰にでもありますし、その内容も人によって違います。

つまり「他人にあまり言いたくないこと」はよけておいて、残ったものの中から、差し障りのない話をしていけばいいのではないでしょうか。話したくない過去などのトップシークレットは、鍵をかけて永久凍土に埋めておきましょう。

また、「この人にはここまで話してもいいかな」と、相手に対して話す内容の範囲を変えてもいいと思います。

最近は、お互いの距離が必要以上に縮まらないように気をつけながら、コミュニケーションをとっている人が多いと感じます。でも、そのままだと、なかなか距離は縮まりません。

だからこそ、最初に「話してもよい話題」を出しておくとよいと思います。相手も「そこまでは聞いていいんだな」と安心して会話ができると思います。

たとえば、

「最近シリアルにハマっていて、毎日食べているんだ」

という話を聞いたら、相手は、

「食生活や健康の話は大丈夫かな」

とわかりますね。

「失敗談」から盛り上がることもある

私は、自動車の運転免許の筆記試験に落ちてしまった経験があります。この筆記試験は、大抵の人が受かるものです。私自身は、軽いネタとしてよく話をします。

ですが人によっては、自動車免許の筆記試験に落ちたというのは「絶対に言いたくない失敗談」として心の深い場所にしまっている場合もあります。


以前ある人が、私の「筆記で落ちた話」を聞いて、「先生、実は私も自動車運転免許の筆記試験に落ちたんです。それがずっと言えなくて苦しかったんですけど、先生がそう言ってくれてすごくラクになりました。これからは話すようにしてみます」と伝えてくれました。

こんなふうに、話をしても大丈夫な「失敗談」を言うことで、「実は私も」「私もなんです」と、盛り上がることもあります。

コミュニケーションという広い海の上に見知らぬ者同士が投げ出されたとき、溺れないためには「取りつく島」が必要です。そうでなければ、無言の海に沈んでしまいます。その島が三つくらいあれば、途中で話が途切れたとしても、会話が続きます。だからこそ、「話せること」を自分から出していくことが大事です。

ただし、聞きたくもないことまで披露してしまう人もいます。「誰もそんなこと聞いてないんですけど……」と思わず引いてしまうこともありますよね。

コミュニケーションは、相手へのおもてなしです。相手を意識して、適切な話題を選びましょう。

(齋藤 孝 : 明治大学教授)