北朝鮮の「兵器工場化」を目論むプーチン大統領
2024年6月19日、北朝鮮を国賓訪問したロシアのプーチン大統領(右)と金正恩総書記(写真・Anadolu)
2024年6月19日、24年ぶりに北朝鮮を訪問したロシアのプーチン大統領。金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記との間で、両国間の軍事協力拡大に道を開く「包括的戦略パートナーシップ条約」に調印した。
今回の調印におけるプーチン氏の本当の狙いは何なのか。国際社会を驚かせた今回の条約調印の背景には何があるのか。これを探ってみた。
プーチン氏の発言などを分析すると、今回の条約調印では、国連安保理常任理事国でありながら、国連制裁をいっそう無視する形で北朝鮮との軍事協力を拡大し、ウクライナ戦争でのロシア軍の戦力を高めることこそ、ロシアの当面の狙いであることが浮かび上がってきた。
ウクライナによる大規模反抗へのおそれ
今回の新条約では、「どちらか一方が武力侵攻を受け戦争状態になった場合、他方は国連憲章第51条やロシアと北朝鮮の法に準じ、遅滞なく保有するあらゆる手段で軍事的・その他の援助を提供する」と明記した、有事の際の相互軍事支援規定が最も注目された。
調印後の会見で、この規定を盛り込んだ要因としてプーチン氏は語気強く、こうまくし立てた。北大西洋条約機構(NATO)やアメリカがロシア領内を攻撃する目的で、長距離精密兵器やアメリカ製戦闘機F16をウクライナに供与することを計画しているからだ、と。そしてすでにウクライナ軍がロシア領内の攻撃を開始しているとも付け加えた。
つまり、西側によるウクライナへの軍事支援の拡大がロシアにとって大きな脅威であり、ウクライナによるロシアへの大規模な武力攻撃が始まるおそれがあるから、北朝鮮との間で有事における相互軍事支援の規定を盛り込んだとの認識を示したものだ。この発言には、ウクライナ情勢の現状に対するプーチン氏の強い危機感が滲んでいる。
さらにこの危機感を示す別の発言があった。プーチン氏は会見で、北朝鮮との「軍事・技術協力」の可能性も「排除しない」との考えを口頭で明らかにしたが、西側からのウクライナへの軍事支援拡大に「絡んで」と付け加えたのだ。
有事の際の相互軍事支援規定だけでなく、北朝鮮との「軍事・技術協力」についても、当面、ウクライナ情勢に絡んだ協力を優先するとの考えを強調したものだろう。
つまり、ロシアによる北朝鮮の核開発への技術支援など、国際社会が懸念する軍事技術支援の大幅拡大は当面、本腰を入れて行う考えがないことを示唆したものだ。
一方で、今回の条約締結で北朝鮮は、プーチン・ロシアを自国の安全保障の強力な後ろ盾にしたい思惑があるのは明らかだ。
この食い違いは「同盟」をめぐる両首脳の発言に端的に表れた。金正恩氏は今回の条約によりロ朝関係が「同盟に引き上げられた」と表明したが、本稿執筆段階ではプーチン氏は「同盟」という表現を使っていない。
ロ朝で食い違う「同盟」への認識
なぜ「同盟」をめぐる発言で両首脳間に温度差があるのか。その根本には、朝鮮半島情勢の現状に関する認識の差がある。
核開発を進める北朝鮮に対し、近い将来アメリカが何らかの軍事的強硬策を仕掛ける可能性はなく、現時点で相互防衛の義務を負う「同盟」関係の樹立を急ぐ必要はないとロシアはみているのだろう。
侵攻から2年以上が経過したウクライナ戦争に掛かり切りのプーチン政権にとって、今、北朝鮮との完全な同盟化を急ぐ余裕などないのだ。
それでは、プーチン氏が今回の新条約調印で具体的には何を目指しているのか。それはロシアに砲弾などの兵器を大量に供給する北朝鮮の「兵器工場化」だろう。
ロシアが北朝鮮の「兵器工場化」を急ぐ背景には、戦況の変化がある。2024年6月4日付の「アメリカとウクライナの足並みがそろわない理由」で、筆者は2024年2月以降、北部ハリコフ州や東部ドンバス地方でロシア軍は、いくら攻撃を繰り返しても、大きな占領地拡大に結び付けられないという手詰まり状態になってきたと書いた。
その後、ウクライナ軍はロシア軍から主導権を奪還できる可能性が出てきたと自信を持ち始めている。
このような戦況の中、まさにこの夏にF16の第1陣が欧州から到着する見込みだ。ウクライナ軍は、F16を切り札にした第2次反攻作戦の開始を密かに計画している。ウクライナ軍高官はその時期や規模については固く口を閉ざし、超機密事項となっている。
今回ウクライナ軍は、2023年夏に失敗した前回の反攻作戦とは異なり、ロシア領内への攻撃も想定しているとみられる。この動きを承知しているプーチン氏にとって、ウクライナ軍のロシア領への攻撃を含め、第2次反攻をどう跳ね返すか、という目の前の危機回避が喫緊の優先的課題なのだ。
その中でロシア軍では兵力に加え、砲弾不足も表面化している。エストニアの情報機関の推定では2024年初めの段階でロシアには最大で年間450万個の砲弾生産能力しかなかった。
北朝鮮に砲弾製造技術を提供
1日当たり、使用できる砲弾は1万2000個の計算で、とても足りない。このため、ロシアは北朝鮮に砲弾の提供を要請。平壌は約500万個の砲弾を提供した。
しかしロシア軍のこの北朝鮮製砲弾への評判は極めて悪かった。砲撃に使う前に爆発したり、公表されていた射程通りに飛ばなかったりと、品質に大きな欠陥があった。
このため、ロシアとしては北朝鮮に製造技術を提供、さらに電力や石油も提供することで、兵器生産国として大きな潜在的能力を有する北朝鮮の軍需産業を立て直す構えとみられる。北朝鮮にとっても、兵器産業の近代化は大きな利益をもたらすことになる。
北朝鮮との軍事協力については北朝鮮軍部隊を義勇軍的兵力として派遣するようロシアが求めるのではないか、との観測も出ていたが、プーチン氏が「その必要はない」と明確に否定した。
一方で、今回の北朝鮮、ベトナム訪問の中で目立ったのは、ウクライナへの軍事支援を拡大する米欧を強く牽制するために核兵器使用の可能性に直接、間接的にしばしば言及したプーチン氏の焦りだ。
具体的には、アメリカが超小型の新型核爆弾を開発しているとして、核使用の条件を定めた核ドクトリンの見直しに言及した。そのうえで、ハノイでの記者会見でプーチン氏は不気味な発言を行った。
西側がウクライナの戦場でロシアの「戦略的敗北」を狙っているとの表現で、これまでにない危機感を表明したのだ。そして、プーチン氏は「これは、ロシアの国家としての終わりであり、ロシア国家の千年に及ぶ歴史の終わりである」と述べた。
プーチンの「空虚な警告」
この表現は、以前からプーチン政権が西側に対し、軍事的に追い込まれれば、勝者なき、最終的な大規模核戦争に踏み切ることも辞さないとの威嚇を行う際に使ってきた発言を想起させるものである。
つまり、ウクライナと西側がロシアへの大掛かりな攻撃を始めるならば、全面的核戦争も辞さないとの警告を行ったことを意味する。これに対し、西側外交官の1人は「空虚な警告だ」と吐き捨てた。プーチン政権が、ロシアへの軍事的対抗姿勢を強める米欧に対し、焦りを深めていることを物語っている。
(吉田 成之 : 新聞通信調査会理事、共同通信ロシア・東欧ファイル編集長)