ガス計画乱立のフィリピン、問われる日本の責任
イリハンLNG輸入ターミナルのLNGタンカー(左奥)およびサンミゲル社が建設中のLNG火力発電所(提供:FoE Japan)
数十件にものぼるLNG(液化天然ガス)輸入基地やガス火力発電所の建設計画が存在するフィリピンで、漁業関係者がプロジェクトに反対の姿勢を強めている。
5月30日、LNG基地が計画されている地域の漁民連合のリーダーがフィリピンの環境NGO(非政府組織)の関係者とともに来日して記者会見を行い、国際協力銀行(JBIC)や日本の3メガバンクによるガス関連事業への支援の中止を求めた。
日本ではあまり知られていないが、フィリピンはベトナムと並び、LNG輸入基地やガス発電所などガス関連インフラの建設計画が目白押しだ。日本のエネルギー企業や総合商社、官民の大手金融機関も、投融資や技術協力を通じて関与を深めている。
フィリピンに本拠を置く環境NGOのCEED(Center for Energy, Ecology, and Development)によれば、世界で建設が計画されている新規ガス発電所の65%以上がアジアに集中。中でもフィリピンは計画されているガス火力発電所の設備容量で、ベトナムに次ぐ東南アジア第2位となっている。
フィリピンでのガス火力発電の計画規模は39基、約42.6ギガワット(約4260万キロワット)にものぼり、建設が計画されているLNG輸入基地の数は7施設、その設備能力は約2800万トンにもなるという。フィリピン政府は電力需要の増加への対応や、二酸化炭素(CO2)排出の多い石炭火力発電への依存度引き下げを目的としてガス火力へのシフトを目指しているが、過剰投資に陥りかねないリスクをはらむ。
プロジェクトが乱立、漁業などに悪影響も
建設計画の集中は、地域住民の生活や環境に大きな負荷を与えかねない問題となっている。
今回、来日したフィリピン・ルソン島中部バタンガス州の漁民連合で副会長を務めるマキシモ・バユバイ氏によれば、「バタンガス州では約20年前に最初のガス火力発電所が建設されてから海の汚染がひどくなり、漁業ができる場所も制限されるようになった。多くの漁民が生活の困窮に直面している。LNG輸入基地や新たな発電所の稼働で状況はさらに厳しくなる」という。同漁民連合はバタンガス州の漁民約1万人で組織されている。
首都マニラから南へ約80キロメートルと比較的近距離にあるバタンガス州は、フィリピンでも特にガスエネルギー関連施設の建設計画が集中している地域だ。バタンガス州ではすでに1基のガス火力発電所と2つのLNG輸入基地が稼働。さらにガス火力発電所9基、LNG輸入基地4施設の建設が計画されている。
そうした中、国際協力銀など日本の金融機関にも厳しい目が向けられている。漁業関係者は、バタンガス市イリハン村でのLNG輸入基地の建設に際して、同基地事業の親会社であるAGPインターナショナル・ホールディングス(本社・シンガポール、以下AGP社)に出資する国際協力銀が環境面に関する検証を怠ったなどとして、同行のルールに基づき2023年12月に異議申し立て手続きをした。AGP社には大阪ガスも出資している。
来日して記者会見するバタンガス漁民連合のマキシモ・バユバイ氏(左)と環境NGO・CEEDのアンジェリカ・ダカナイ氏(撮影:筆者)
異議申立書によれば、漁民はすでに生じている直接的な被害として、「土地の転換が拙速で、大規模な森林伐採が行われ、その結果として海岸線に大量の土砂が堆積している」「魚の生息地となるサンゴが損傷している」ことなどを指摘。「水質の悪化により漁獲高に悪影響が生じている」と主張している。また、今後生じる可能性の高い被害として、船舶による水質汚染や、海上交通量の増加に伴う油流出リスクの増大などがあるという。
違法行為による停止命令後も建設を継続
イリハンLNG輸入基地の建設ではトラブルも多発している。土地用途の転換に関する承認を得ずに進められたことから、2022年8月にはフィリピン政府の農地改革省は工事停止命令を出した。にもかかわらず、その後も工事は続けられ、LNG輸入基地は2023年5月に稼働を開始している。
こうした経緯を踏まえ、漁民らは国際協力銀に対して、異議申し立て手続きに踏み切った。申立書によれば、環境レビューの適切な実施や、生計手段の喪失への十分な補償の実施、出資持ち分の引き揚げなどを求めている。
国際協力銀が定めた「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」では、環境への重大な影響の可能性があるプロジェクトについては「カテゴリーA」に分類し、「プロジェクトがもたらす可能性のある正および負の環境影響について確認する」とされている。これには重大な人権侵害の可能性がある場合も含まれる。
しかし、国際協力銀はAGP社への出資に際して同ガイドラインに基づく環境レビューを実施しなかった。その理由について国際協力銀は、出資は同社に対するものであり、イリハンLNG輸入基地事業に対する出融資要請を受けていないことを、カテゴリーCに分類し、環境レビュー未実施の理由として挙げている。
そのうえで国際協力銀は「AGP社の環境社会配慮への対応状況については面談を通じて報告を受けており、適切な環境社会配慮が確保されていることを定期的に確認している」と、東洋経済の取材に回答している。
なお、漁民が異議申し立て手続きで主張している内容の当否については、「現在、環境ガイドライン担当審査役により調査が行われているところであり、調査結果を踏まえて改めて確認していく」と東洋経済に述べている。
大阪ガスはAGP社への出資について「数十億円のマイノリティ出資である」としたうえで、「当社はAGP社の株主としてプロジェクトの進捗などを確認しているが、基地への出資はしていない」と回答。漁民らの懸念については「詳細を回答する立場にはない」と述べている。なお、AGP社は東洋経済の質問に回答しなかった。
すでに海洋汚染が深刻化、問われる日本の姿勢
イリハンLNG輸入基地が立地する地域は、300種類以上ものサンゴが生息し、「海のアマゾン」とも称される世界屈指の豊かな海洋生態系で知られているヴェルデ島海峡に面している。そのため、ガス火力発電所などからの温排水や水質汚濁による環境影響も懸念されている。
前出のCEEDによる調査では、イリハンLNG輸入基地周辺の海域において、リン酸塩やクロム、鉛などの有害物質が環境天然資源省の水質基準を超えていると指摘されている。2023年2月にはヴェルデ島海峡に近いミンドロ島沖でタンカーが転覆し、産業用燃料油の一部が流出。一時、漁業ができなくなるといった被害が生じた。CEEDのアンジェリカ・ダカナイ氏は「ヴェルデ島海峡の生態系が危機に瀕している」と危惧する。
貴重な動植物が生息するヴェルデ島海峡の海洋生態系(提供:Alvin Simon, CEED/ Protect VIP)
日本政府は経済産業省を中心に、「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」構想を進めている。同構想では、LNGやガス火力発電も「脱炭素化」への移行過程における選択肢とされ、官民挙げてのアジア諸国へのインフラ導入が進められようとしている。
しかし、フィリピンの事例を見ても、ガスエネルギープロジェクトの数はあまりにも多く、その進め方には危うさが漂う。石炭火力発電の代替で一時的にCO2排出総量を抑制できたとしても、長期的には脱炭素化の足かせにもなりかねない。
国際協力銀への異議申し立て手続きの結果は6月末から7月初めにも判明するとみられる。フィリピンの地域社会の声にどう向き合うのか。
(岡田 広行 : 東洋経済 解説部コラムニスト)