旭化成がカリディタス社買収の発表に伴って開いた5月28日の会見には、工藤幸四郎社長(右から2人目)や医薬品事業を含むヘルスケア領域の幹部が出席した(写真:旭化成)

伝統的な石油化学(石化)事業が苦戦する総合化学メーカー。その中で旭化成の積極姿勢が目立っている。

5月28日にスウェーデンの医薬品メーカー、カリディタス社を約1739億円で買収すると発表した。スウェーデンの株式市場に上場する同社株と米国預託証券をTOB(株式公開買い付け)で取得する。7月18日から実施、9月中の完了を目指す。

TOB価格につけたプレミアム(上乗せ幅)は買収発表前の直近株価の8〜9割。高値づかみとの声も聞こえてきそうだが、工藤幸四郎社長は買収発表日の説明会で次のように自信を示した。「社内でそうとう精査を重ね、当社の持つアセットと親和性が高いとわかった」。

ヘルスケア領域担当のリチャード・パッカー副社長も「医薬業界でのプレミアムとしてはそう高くない。80〜100%が典型で200%もある。通常の幅に収まるプレミアムで納得感がある」と強調。旭化成ファーマの青木喜和社長は「売り上げ、営業利益の今後の推移を慎重に見極め『十分勝算あり』と考えて値付けした」と述べた。

他社では医薬品事業が「頭痛の種」

2004年設立のカリディタス社は2023年まで赤字が続いている。ただ、2021年から販売を開始した腎疾患治療薬「タルペーヨ」が着実に普及。昨年12月にはFDA(アメリカ食品医薬品局)から本承認を得るなど売上高の急成長が期待できる。

旭化成の業績に通年で寄与する2025年度には、のれんや無形固定資産の償却負担を勘案しても黒字化すると見込む。タルペーヨがピークを迎える2030年度以降は売上高が年間5億ドル超になるとそろばんをはじく。シナジーなどを合わせれば、旭化成の営業利益に200億〜300億円の貢献となるとみられる。

旭化成が見せる自信とは対照的に、医薬品事業が頭痛の種となっている総合化学メーカーは少なくない。その典型例が住友化学だ。

上場子会社の住友ファーマが主力薬剤の特許切れにより、2023年度は売上高が前年度比で4割減。北米でのリストラ費用や減損の計上もあり、最終赤字は3150億円まで膨らんだ。同社の業績を取り込む住友化学も3118億円の最終赤字に転落した。

住友化学は住友ファーマに対して債務保証による金融支援を実施するほか、合理化支援など関与を強化する。再建を進めると同時に売却も視野に入れるが、売り先が見つからないのが現実だ。

三菱ケミカルグループも悩ましい状況にある。100%子会社の田辺三菱製薬は2024年度の最終利益が5割近い減益になる見通しだ。国内医療用医薬品の薬価改定、新製品の上市に向けた販管費や研究開発費の増加の影響が大きい。

三菱ケミカルグループの筑本学社長は「ファーマの(研究開発)資金をどう稼ぐか頭が痛い」と語る。業界紙の取材では「製薬の売却も選択肢」と示唆している。5月の決算会見では製薬の切り離しについて「決まったものはない」としながら「すべて検討中」と答えている。

「腎臓・免疫・移植」のニッチを攻める

他社が苦戦を強いられている背景には、医薬品事業の性質の変化がある。新薬の主流がバイオ医薬品へとシフトする中、化学と医薬のシナジーは少なくなっている。

一方、新薬を生み出す確率は低く、臨床試験を含む研究開発費は高騰の一途。運よくヒット薬剤を持てたとして、住友ファーマのように特許切れを迎えれば業績は急降下する。

そうした中、旭化成はニッチ領域に絞り込むことで勝機を見出す。具体的には「腎臓・免疫・移植」の領域だ。

2020年には腎臓移植手術患者向け免疫抑制剤を持つアメリカのベロキシス社を、デンマークの親会社ごと1432億円で買収した。さらにカリディタス社を加えることで、腎移植から腎疾患へとカバー領域が広がる。

SBI証券シニアアナリストの澤砥正美氏は、「医薬品大手が参入しにくい専門治療領域でポジションを確立する。(薬剤を)持っていく病院も同じなので効率がいい。合理的な戦略だ」と評価する。

実は旭化成の積極投資は医薬品だけではない。今年4月には約1800億円を投じてカナダにリチウムイオン電池用湿式セパレーター工場を建設する計画を発表した。稼働は2027年の予定。生産会社にはホンダや日本政策投資銀行からの出資を受け入れるほか、カナダ政府などの補助金も活用する。

湿式セパレーター事業では、昨年10月にアメリカ(ノースカロライナ)、日本(宮崎)、韓国(平澤)に約400億円を投じて製造能力を拡大することを決めたばかり。足元で400億円強ある湿式セパレーターの売上高を2031年時点で1600億円とし、営業利益率は20%以上を見込む。

旭化成がにらむのは、電気自動車(EV)など電動車向けの需要の増加。足元でEV販売は世界的に減速しているものの、中長期ではEVシフトが進むと考える。とくにインフレ抑制法(IRA)によって電池材料の北米生産を求められるアメリカ市場にチャンスを見出す。

過去最大の買収案件では巨額減損

もっとも、思惑どおりにいくかはわからない。旭化成は2015年に2600億円で買収したアメリカのセパレーターメーカー・ポリポア社について、2022年度に約1850億円の減損を計上している。旭化成における過去最大の買収案件がポリポア社だった。

ポリポア社は「乾式」、今回の投資は「湿式」とセパレーターのタイプが異なる。従来、セパレーター事業として乾式と湿式を一体で運営していたが、湿式の拡大を受けて、それぞれ独立事業と位置付けたことでポリポアを減損することとなった。「湿式が有望だから減損を強いられた」といえなくもないが、ポリポアが買収時の計画を下回っていたのは事実だ。

カナダ工場については、北米でのEV普及が進むか、中国製品の流入が少ない状況が続くか、など先行きの不安がある。積極投資が想定どおり収益に貢献するか見通せない。

総合化学メーカーに対する株式市場の評価は低い。6月18日時点で大手5社の株価純資産倍率(PBR)を見ると、レゾナック・ホールディングスのほかは1倍割れ。旭化成も0.76倍しかない。


背景にあるのは石化事業の収益低迷だ。今後のカーボンニュートラル対応への懸念もある。生産能力過剰と言われて久しいエチレンのプラント再編を見てもわかるように、石化事業のリストラは数年単位の時間を要する。

それはそれで取り込むとともに成長事業を育成していく必要がある。各社ともヘルスケアや半導体、電池など成長領域の育成に注力しているが、果敢なリスクテイクでは頭一つ抜けている旭化成。これらの投資が実を結べば、低PBR群から脱却できるはずだ。

(山田 雄大 : 東洋経済 コラムニスト)