さまざまな世代に人気のイタリア料理チェーン「サイゼリヤ」(写真:西村尚己/アフロ)

イタリア料理チェーン「サイゼリヤ」で2022年まで13年間にわたり、2代目の社長を務めた堀埜一成さんは、創業者で初代社長の正垣泰彦さん(現会長)から「サイゼリヤの味」を継承。また安価での提供を安定して続けられるよう工夫を重ねてきました。本記事では堀埜さんの著書『サイゼリヤ元社長が教える 年間客数2億人の経営術』から一部を抜粋・再編集し、サイゼリヤの「おいしさ」について堀埜さんがどのように考えてきたのかに迫ります。

(注)同書は、堀埜さんがサイゼリヤに入社した2000年から社長を退任する2022年までの経験をベースに執筆したものです。

(1本目) 「初デートでサイゼはない」に元社長が喜んだ理由
(2本目) サイゼリヤのホワイトソース「さらさら」の秘密

「おいしさ」の定義が違う

味の素にいた私に「サイゼリヤに来ないか」と声がかかったとき、最初は断るつもりでした。化学プラントを担当していた私には、レストランチェーンというのは、まったく畑違いに思えたからです。

ところが、何度断っても、声がかかります。2年間断り続けましたが、最後に当時の社長で、現在は会長の正垣泰彦さんに会ってくれと言われ、しかたなくクリスマス・イブの日に出向いていったのです。

社長と私、そして私をサイゼリヤに誘ってくれた元上司の3人で、1人数万円はするであろう高級ホテルのディナーを囲みました。すると、豪華な皿を前にした正垣さんがビックリするようなことを口にしたのです、「これ、うまくないだろ?」と。

ここにあるような技巧を凝らした料理は「売るための料理」「高いお金を出させるための料理」だから、おいしくないし、毎日食べられない。つまり「おいしさの定義が違う」というのです。

正垣さんのこの言葉に、私の心はグラッときました。この人はいったいどういう人なんだろう?と興味を持ってしまったのです。

それでついにサイゼリヤへの入社を決意することになるのですが、この「売るための料理」「金をとるための料理」の話は、その後も正垣さんからよく聞きました。

たとえば、フランスワインやカリフォルニアワインは「売るためのワイン」で、イタリアワインは「飲むためのワイン」という分け方です。

何年も寝かせたヘヴィなワインはたまに飲むからおいしいのであって、毎日飲むには重すぎる。イタリアワインは毎日飲むワインだから、フレッシュなものこそ好まれる。


ワインの種類を多く取り揃えた店舗があり、「スペシャルワイン」という項目でサイゼリヤのHPから検索ができるようになっている(出所:サイゼリヤHP)

イタリアでは、空き瓶を酒蔵に持っていくと、ワインを注ぎ入れてくれるのでそれを買う、という風景が見られます。イタリアワインはそれくらい身近な飲み物なのです。

少なくとも、高いお金を払ってかしこまって飲むものではない。サイゼリヤのメニューと価格には、正垣さんのそうした思いが込められています。

試食を重ねて「サイゼリヤの味」を知る

サイゼリヤの商品開発は創業以来、正垣さんの領域でした。

正垣さんは常人離れした味覚を持つ人でした。さらに困ったことに、彼の表現する単語が独特でした。

「濡れた新聞紙のにおい」「ガラスが細かく砕かれたものの食感」などといった食べ物ではないものの比喩や、「ウーッとする味」のように理解が難しい表現などがありました。

部下の中に社長の言うことを完全に理解しているスタッフがいればよかったのかもしれません。しかしそのような部下はいませんでした。そこで、当時、商品企画部長だった私が正垣さんの味覚をしっかりと理解する必要があったのです。

そのためにやるべきことは、一緒にいろいろなものを食べて表現を体験するしかありませんでした。既存品の改良品や新商品などをできるだけつくってもらい、それを試食することを重ねていきました。

正垣さんの味を理解するため、いろいろな店にも足を運びました。有名ステーキハウスのコーンがうまいぞと言われたら、それを食べるためだけに数万円出費することもありました。そのような努力を重ねてサイゼリヤの味の方向性が理解できるようになっていきました。

商品企画を務めていた数年のうちに、体重が約15キロほど増えました。そのため腰痛になり、杖を突いていた時期もありました。

私が社長、正垣さんが会長になってからの役割は次のように変わりました。正垣さんはまずいものを検知する能力に長けているので、味のダメ出しをする役割です。そして私は、「どうやってこの味を商品化すべきか」を考える役割でした。

採れたて野菜をメニューに加える

私が社長になって以降、力を入れたのが「野菜」です。入社当初から農業を担当し、その後も工場の立ち上げチームを率いていたことから、野菜の生産・加工には、改良の余地がたくさんあると思っていました。

農家に行ってまず驚くのは、野菜の味や食感です。スーパーで買う野菜とはまるで違うのです。

だから、そのままの野菜をお客さまに食べてもらおうというのが当面の目標になりました。「売れそうだからつくる」のではなく、「おいしいから食べてみて」というのがサイゼリヤの原点であり、繁盛店に共通する点です。

野菜のおいしさは、鮮度で決まります。収穫後からすぐに味がどんどん変わっていくものが多くあります。また、破棄している部分でも普通に食べられるものが多くあることを知りました。

そこで野菜はできるだけ気温が低いうちに収穫して、すぐに温度を下げます。そして、これまで使用してこなかったものも買い取る。そして、工場につけばできるだけ早く加工する。

おいしさが落ちる前に、これでもかというくらい、ふんだんに使って加工するわけです。

ほかのレストランチェーンを見ればわかりますが、野菜のメニューは実はそれほど多くありません。とくに葉物野菜の量は限られています。

健康志向の高まりで、サラダを充実させたレストランは増えていますが、野菜は高いし、すぐに悪くなる。

だから、サイゼリヤと同じ価格帯で、サイゼリヤと同じ量のレタスを使ったサラダは、見たことがありません。日持ちがするキャベツならわかりますが、レタスではそもそも無理なのです。

トマトも力を入れた野菜のひとつで、品種改良を重ねました。日本で一般に使用されているトマトはカットすると果肉が崩れてしまうことから、店舗でカットしていました。そのためにかかる人件費は相当なものでした。

また、カットに包丁を使うとけがをするリスクが高くなるため、専用のカッターを使用していました。専用カッターを使うことでけがは減ったのですが、捨てる部分も多かったため、今度はカット方法をスライスから八つ切りへと変化させていきました。

カットしても果肉が崩れないトマトができてから、工場でカットすることが可能となりました。大量に処理するために、カットの形状は角切り(コンカッセ)となりました。

このように品種や形状を大きく変える際は、お客さまからクレームが一切出ないことをテストで確認しながら開発を進めていました。

食材までさかのぼって改善を積み重ねる

トマトの例からもわかるように、食材の品質向上やコスト改善のためにはいろいろなことを変えていく必要があります。

生産プロセスを全部手がけているサイゼリヤだからこそ、できることです。

一般に、新しいメニューを開発するときは、必要な食材をどこから調達するかが課題になります。

規模の大きなチェーンの場合、安定供給を優先するなら、契約農家との取引を中心とし、大量購入によるバイイング・パワーを活かして、そのときいちばん安いものを買って仕入れコストを下げる戦略も当然、視野に入ってきます。

ただし、安さによって仕入先を頻繁に変えると、どうしても品質にムラが出てきます。いつも同じ味、同じ品質のものを提供したければ、仕入先を固定したほうが安心です。

とはいえ、ただ同じ農家から買えばいいというわけでもありません。

より使い勝手のいい品種に改良し、農家ごとに生産量や納入時期を適切に割り当てるなど、生産プロセスに直接関与しているからこそ、圧倒的な安さと品質、そして安定供給という、簡単には真似できない強みとなるわけです。

食材の生産、調達、加工、物流、店舗での提供に至るまでを一気通貫で手がけるサイゼリヤは、バーティカル・マーチャンダイジングを標榜しています。

どこまで上流にさかのぼれるかを追求していくと、最後は食材そのものに手をつけるしかない。逆にいうと、食材から手を入れているから、向かうところ敵なしになるのです。

"レストラン版のユニクロ"だからできること

私はもともと化学プラントの生産技術者でしたから、新しいメニューを考えるときも、料理人や外食業の人たちとは発想のベースが違うようです。

はじめにレシピありきで、必要な食材の仕入先をその都度考えるのが対症療法的な発想だとすると、食材までさかのぼって、それを技術で解決しようという姿勢は、一般化そのものです。

サイゼリヤが目指しているのは、ユニクロで知られるSPA(アパレル版の製造小売業)のレストランバージョン(SPF:フード版生産小売業)に近いかもしれません。


製造プロセスを原材料にまでさかのぼって、技術で解決するという姿勢はよく似ていると思います。

ただし、ユニクロの素材開発には化学メーカーが関わっていると聞きますが、サイゼリヤの野菜栽培は完全自前主義です。そこまでやるから差別化できるのです。

サイゼリヤのことを、ただの安いイタリアンレストランだと思っている人は多いかもしれません。

でも、その裏側には、おいしさと安さを生み続ける確固たる仕組みがある。サイゼリヤは魔法ではなく、技術と知恵によって「奇跡の会社」となっているのです。

(堀埜 一成 : サイゼリヤ元社長)