BMWの2輪「M」シリーズの最新モデル「M1000XR」(筆者撮影)

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試乗したBMW Mシリーズ。手前から「M 1000 RR」「M 1000 XR」「M 1000 R」。一番奥は「S 1000 XR」(写真:BMWジャパン)

航空機メーカーとしてのルーツを持つBMWが、最初に実用化した車両は2輪車だった。しかし、なのか、だから、なのか、BMW本社内において2輪部門は、4輪部門と命令系統が異なる別組織として長らく運営されてきた。ロゴなどのCI(コーポレート・アイデンティティ)は共用していても、販売店や生産、マーケティングなどさまざまな戦略や意思決定は、別のチームによりなされていたのである。

それが2019年秋に組織変更を実施して、2輪部門であるBMWモトラッドはBMW全体の開発部門の傘下に入ることとなった。これを受けて、BMWのハイパフォーマンス・モデルとして50年あまりの歴史を持つ「M」が2輪にも設定された。

2輪版「M」の第1弾として、2020年にスーパーバイク・レースのベース車ともいえる「M 1000 RR」が誕生。2023年にはフェアリング(風防)を持たないロードスター・タイプの「M 1000 R」が、この2024年には乗車姿勢が高くツアラー性を高めた「M 1000 XR」が投入された。

「M」のエンジンは200馬力を超える

Mの3モデルでは、いずれも並列4気筒エンジンが搭載される。最高出力は、「R」が210馬力、「XR」が重心の高さなどを考慮してトップエンド・パワーを絞った201馬力なのに対し、ハイエンド・モデル「RR」は212馬力となっている。

【写真】BMWが2輪でラインナップする「M」3モデル、最新の「XR」、最上位「RR」、ロードスターの「R」を見る

チタン製コンロッドでエンジン回転部分の構造を軽量化し、ピストンリングを通常の3本から2本に間引くことで高圧縮比・低摺動抵抗化、さらに可変吸気マニフォールドを採用して高回転域のパワーを引き出しているのだ。

さらに「RR」のエンジンは、BMWベルリン工場でほかの2輪車用エンジンとは別のラインで組み立てられ、主要な部品の重量を緻密に計測してバランスさせることで超高回転の常用に耐える品質を実現している。エンジンの分解整備を通常より短い3万kmで実施することも求めている。

BMWモトラッド・ジャパンの平野司テクニカル・マネジャーは、「M 1000 RRは基本的な性能が極めて高く、マフラーや足回りの設定をレース専用に変更するだけでスーパーバイク・レースに出場できるだけの性能を備えており、レース用パーツの供給体制も万全です。ヨーロッパを中心に各国の選手権で活躍の場を拡大しています」と説明する。

Sシリーズをさらに高性能化

BMWのハイパフォーマンス2輪には「Sシリーズ」もある。Mは、そのSと比べてもすべてのモデルでエンジンの高出力化が図られており、対応する形でブレーキを強化、足回りの設定変更もなされている。

加えて、エンジンの上部前方には「Mウィングレット」という空力パーツが付与されている。F1などの箱型リアウィングをバイクの側方に据え付けたといえばわかりやすいかもしれない。車体の前方を、高速になるほど地面に押し付けることで操縦安定性を高めようという試みだ。


M 1000 XRのMウィングレットは高速走行でダウンフォースを生み出し、操縦安定性を高める(筆者撮影)

M 1000 XRでは、時速280キロメートルにおいて18.5キログラム、時速160キロメートルでも6.0キログラムのダウンフォースが得られるという。Mウィングレットによって荷重バランスが修正されることで、後輪の負荷が低減されて加速力も実質的に高まるという。

標準型のMシリーズはライト・ホワイトをベースとするMトリコロールに彩られているが、オプションの「Mコンペティション・パッケージ」では、カウルや前後フェンダー、チェーンカバー、タンクカバーなど随所にカーボン製パーツがあしらわれる。ボディカラーもブラックストーム・メタリックに変更され、前後のホイールも1輪あたり1.6キログラム軽いカーボン製になる。


ツインリンクもてぎのピットロードに集った、左からM 1000 R、M 1000 XR、M 1000 RR(筆者撮影)

前置きが長くなったが、5月28日、BMWモトラッドが2輪の「M」シリーズにとって日本で初のサーキット報道試乗会を実施した。

「ツインリンクもてぎ」のフルコースを使った試乗セッションは、Mコンペティション・パッケージを備えるM 1000 R/RR/XRを、それぞれ30分ずつ、先導のプロライダーを追いながら走行するというものだ。

「梅雨時にサーキットなんて恐ろしいなあ」と思いつつ、筆者は先代「S 1000 XR」を所有していてその高性能と先進的な電子制御に感服し、Mに強い関心を抱いていたので、蛮勇をふるって報道試乗会にアプライした。蓋を開けてみれば予想通りの大雨。多彩な走行モードもほとんどRAINにしたままだったが、サンデー・ライダーがM 1000の実力に触れるにはむしろ好都合だったかもしれない。


M 1000 XRのサイドビュー。シート高は850mm(筆者撮影)

「XR」の圧倒的な安心感

最初に走らせたのは新たに投入されたM 1000 XR。ほかの2台に比べて車体の重心が高い。サーキットではハイスピードの中で常に荷重が変化しており、ライダーのちょっとした操作や体重移動が状況によっては命取りとなるわけだが、M 1000 XRは、多少繊細さに欠ける操作をしても電子制御のダンパーやスロットルがそれを巧妙に補ってくれることを実感した。

ブルーに染められたキャリパーを備えるMブレーキ・システムも、まるでブレーキディスクに直に触るようにシルキーなタッチで扱いやすい。エンジンはトップエンドの出力を削って201馬力に抑えているのだが、自分が所有する先代S 1000 XRの160馬力に比べパワフルなことは如実に体験できた。

ストレート・エンドにおける速度は時速170キロメートル程度だったが、Mウィングレットと電子制御ダンパーの効果により不安定な印象は少しも抱かなかった。


特別なエンジンを擁し、少しのモディファイでスーパーバイク・レースで戦闘力を発揮するM 1000 RR(写真:BMWジャパン)

続いて走らせたのは、最上位に位置するM 1000 RR。XRに比べて30kg以上も軽い。サイドスタンドを跳ね上げて車体を起こす時点からその違いを感じる。

これが車両本体価格448万8500円(Mコンペティション・パッケージ。標準型は384万9500円)、スーパーバイクのベースマシンか、と感慨に耽りながらクラッチをミートしたところでエンジンストール(エンスト)してしまった。

フライホイールの重量を削ってあるせいか、リッターバイクといえど発進には気を遣わなければならない。本格的なスポーツ走行に合わせてシート高もけっこう高いから、立ちゴケには要注意である。

「ここまでやるのか」という技術へのこだわり

M 1000 RR用に限定製作されたエンジンは、元々BMWが技術の粋を注ぎ込んだS 1000 RRのエンジンにさらなるチューニングを施したものだ。雄々しくも整然とした排気音や放たれるパワー自体はほかのMシリーズと大きく変わらないように思えたものの、顕著な違いを感じたのは加速を終えスロットルを閉じて、エンジンブレーキを生じながらカーブへ進入していくシーン。

ほかの2モデルに比べて振動が少なくよりスムーズだった。バイクの姿勢が不安定でセンシティブな状況では、少しでもトルク変動が少ないほうがありがたい。

このセッションで先導を務めてくれた、元世界GPライダーで“青木三兄弟”の長男である青木宣篤選手にそのことを告げると、「ああ、そういう違いはあると思いますよ。BMWはMのチームと一緒に、そうした電子制御の作り込みを本当に丁寧にやっているのだと思います。ほかのメーカーのスーパーバイクと比べても、『ここまでやるのか』という技術へのこだわりは凄いですね」と同意してくれた。

ストレート・エンドでは、ライダーの負担を低減させるために採用されたハイ・ウィンドシールドの背後にヘルメットを埋め、カーボンパネルをまとったタンクの上に身を伏せる。


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勢いを増す雨の中でデジタルメーターが時速180キロメートルに達するのを、まるで居間のテレビを見るような気分で眺められたのは、整然と回るM特製エンジンとMウィングレットが生み出すダウンフォース、そしてMカーボン・ホイールによるバネ下軽量化の恩恵など、さまざまな技術が融合した成果だろう。

白状しなければならないのは、この速度でも2速のトップエンドには達しなかったために、212馬力の境地を見ることができなかったことだ。ただ、トップエンドでさらにホップするような気配は感じられず、とにかく高トルクを最後まで出し切るというスタイルだと想像する。


カウルは備えないが扱いやすいロードスター・タイプのM 1000 Rだが210馬力を発揮(写真:BMWジャパン)

扱いやすいモンスターマシン

最後に走らせたM 1000 Rは、フェアリングを持たないロードスター・スタイルだ。コンパクトなピュアスポーツのフレームをベースにアップハンドルが与えられ、RRに比べてシート高も低いため、格段に扱いやすく感じられた。

標準型なら車両本体価格も271万7000円〜、秘めたるパフォーマンスとBMW Mのブランド力に比べれば納得できる水準だ。210馬力のモンスターをカジュアルに乗りこなすのも悪くない。


M 1000 RRと筆者(写真:BMWジャパン)

1978年に放たれたスーパースポーツ「M1」以来、「M」はBMWの価値観をそのままに、周囲の期待を常に上回る性能とクオリティを届け続けてきた。それを生み出す骨太な情熱と誠実さが、これからはBMWモトラッドにも注がれるとすれば、将来の展開が楽しみでならない。レーサーとして先鋭性を極めたRR以外に、RやXRというバリエーションを投入してくれたことを、特に歓迎したい。

(田中 誠司 : PRストラテジスト、ポーリクロム代表取締役、PARCFERME編集長)