北海道東川町にある日本版デンマークのフォルケホイスコーレ(人生の学校)「School for Life Compath」(写真:Compath)

北海道のほぼ中央、旭川空港から約7kmの位置に「写真の町」として有名な東川町があります。

決して大きいとは言えないこの町は、この30年で人口が2割も増加している全国でも珍しい町です。移住者が多い理由は、大雪山の雪解け水を利用した天然のミネラルウォーターを生活水として利用できる点や教育環境の充実、そして自然や文化・人が調和した町づくりなどが挙げられます。

人生の学校 School for Life Compath

この東川町には日本版デンマークのフォルケホイスコーレ(人生の学校)があります(参考記事【日本人がデンマーク式「大人の学校」で学ぶ理由】)。コロナ禍を経て3年半が経ち、校舎が完成した「School for Life Compath」を訪れました。


北海道東川町(写真:畠田大詩)

旭川空港からレンタカーを走らせること15分、東川町の進化台という地域にそのユニークな形の校舎がありました。

ちょうどその日は50名以上の社会人が同窓会ということで全国から集まってきていました。

参加者はCompathの卒業生らしく、それぞれが思い思いにワークショップに参加したり、校舎の2階にあるヒュッゲなスペースで対話をしたりと自由に過ごしています。


ヒュッゲスペースで対話する様子(写真:畠田大詩)

ヒュッゲとは、デンマーク語で居心地の良さや一体感など心が満たされる状態を表現する言葉です。

ワークショップは校舎近くの農園での農作業や校舎の中でオリジナルのキーホルダーを制作するというもので、各々がリラックスしていて楽しそうな雰囲気です。

どんな人が参加しているのか

Compathによると、今までの参加者は254名(4月22日現在)。

たとえば短期コースの場合、年代は20代・30代が78%と最も多く、男女比では65%が女性、属性では全体の60%が会社員ということでした。一方、長期コースのほうは全体の72%の参加者が20代、男女比では女性が多く、属性では大学生が半数、離職者が3割という期間によって異なる層の受益者がいる点は興味深いことです。

参加の期間は、ミレニアル世代(29〜40歳)とZ世代(19〜28歳)を中心にショートコースと呼ばれる1週間程度の参加が多いということだったのですが、これは少し意外でした。なぜなら本家デンマークのフォルケホイスコーレは6カ月以上が基本です。日本では6カ月は難しいにしても1カ月間くらいの参加者が多いのではと考えていたからです。

ショートコース(8日間のコース)の内容は、参加者が校舎の2階にある宿泊スペースで共同生活を送りながらワークショップなどの体験や対話を重ねていくというもの。コースは大きく8日間の中で3つの段階に分かれています。(下記は2024年8月ショートコースの場合)

Day1
学びの土壌づくり

心地よい春の空気に触れながら今の自分を感じたり森にあるもので自分の"名刺"を作ったり、まずは今の自分をじっくり感じる。

Day2 to 6
東川町で暮らすように過ごす
基本的には自由行動。仕事をしても 観光したり静かな時間を過ごしたりしてもOK。朝晩の内省や対話のワークショップ、選択授業に参加することも可能。

Day7 to 8
Sense of Wonder

雄大な大雪山の自然、森歩きをしながら自分の”野性”を感じ、取り戻す時間に。
最終日は、Day1〜Day8の感情や気づきをじっくりと振り返ります。

タイムスケジュールは、いわゆる会社や学校のような9時から5時までの細かいものではなく、夕食や団欒の時間以外は選択コースや自由な時間となっています。

参加者が東川町での思い思いの時間を過ごしながら、団欒や対話を繰り返して1週間過ごしていくという設計です。


ワークショップの様子(写真:畠田大詩)


8日間のタイムスケジュール(画像:Compath)

参加費:14万5000円(オンライン授業料・宿泊費・企画費・材料費・食費込み)
*離職、休職、学生の方など、経済的な理由(目安:年収 300万円以下)で、参加を躊躇してしまう人には特別価格の設定あり。

おそらく分刻みの時間厳守の生活を送っている多くの社会人にとって、この自由さこそが普段の武装している自分を段階的に解放してリセットできる仕組みなのでしょう。参加者同士が伴走し、振り返りながら一定期間過ごせる環境が東川町やCompathにはあるのだと思います。

プログラムをきっかけに、自分の人生を考えるように

参加者に話を聞きました。

Aさん(30代男性、10週間ロングコース参加)は、もともと会社員として多忙な日々を送っていたそう。経営企画の部署にいたため、売り上げの管理、人の評価など慌ただしい毎日に心身ともに疲れていたと言います。そんな中でスマホアプリの記事でCompathのことを知り、申し込みました。

ただ実際に参加した当初は、対話の中で自分を曝け出すことがまったくできなくて苦しかったそうです。知らず知らずのうちに自分で会社員としての鎧を身に纏っていたため、ありのままの自分を出すことができなかったのです。

転機が訪れたのはある日のこと。木工クラフトの授業で自分の手に馴染むナイフを作る機会があり、木と対話するようなその行為をきっかけに変化が表れたそうです。徐々に自分を出せるようになってきたAさん、最終日には当時ハマっていたスパイスカレー作りを主導するようになったと言います。

プログラムをきっかけに、自分の人生について考えるようになったAさんは、現在は東川町に移住して地域の企業や農家さんの経理・経営企画的なサポートをしています。

Mさん(30代女性、1週間ショートコース参加)は、もともと会社でバリバリ働いていました。ただコロナ禍になり、オンライン会議が続くようになったことから同じルーティンの毎日でマンネリ化してしまっていることに孤独感や閉塞感を感じるようになりました。

何か変化のきっかけが欲しいと思うようになり、そんな際にCompathを知って参加に至ります。

参加して彼女が感じたのは、ちゃんと相手と「対話ができた」という実感。参加している人はわざわざ遠くから来ているためか、話したり聞いたりするイメージができている状態だったと言います。

どうしても人は立場で話したがるものですが、年齢もバラバラな人たちは、敬語禁止のルールの中でお互いをニックネームで呼び合います。そんな生活の中でMさんは人とのつながりを実感するようになりました。現在は新しいつながりを求めて転職への意欲が湧いてきているということです。

日常を離れることで価値観と目的が明確に

創業者の一人、遠又香さんに話を聞きました。


左から創設者の遠又香さん、安井早紀さん(写真:Compath)

―これまでの3年間はCompathにとってどのような時間でしたか?

そうですね、この3年間はまるで実験をしているかのような時間でした。最初はショートコースを提供しながら、ワーケーションのような形式に変えたりして、実際に日本でどんな方々が来てくれるのかを探りながら進めました。私はこの東川に移住してきたよそ者だったので、地域の人々とどのように協力しながら学校を作り上げていけるかを模索していました。明確な答えがあるわけではなく、試行錯誤しながら前に進んでいく感じでした。

―コロナ禍とコロナ後の変化はありましたか?

コロナ禍の間、2022年頃までは多様な層の方々が参加していました。仕事で忙しい人やキャリアブレイク中の人、大学生なども来ていました。ワーケーションコースでは当時リモートワークが進んでいたこともあり、比較的忙しい方々も来ていました。去年からは、徐々にキャリアブレイク中の方や仕事を一旦休んでいる方が増えてきました。リモートワークが推奨されなくなってきているので、その影響を感じますね。

―ショートコースは参加者にとってどのような変化をもたらすのでしょうか。

ショートコースでは、8日間で4回の授業を行いますが、地域の方々とコラボレーションして授業を作るスタイルをとっています。現在では30人以上の地域の方々が協力してくれています。写真家、テキスタイルデザイナー、ヨガの先生など、さまざまな方々が参加しています。

参加者の声として「忙しい仕事の中で価値観と目的、自分が何を大事にしてたのかわからなくなっていたのが、参加したことで明確になりました」というのがショートコースでも出てきています。興味深いのが、短期のコースでは人の良い部分にフォーカスする傾向があることです。多様な価値観の人との繋がりができたことを喜ぶ人が多いですね。

―社会人が休むことに関して日本はネガティブな印象を持っている人が多いと聞きますが……。

そうですね、休むということよりも学ぶことに対してもう少しポジティブな捉え方が広まるといいなと思っています。リスキリングに偏りすぎず、自分がどう生きたいかを考えることが重要だと思います。とりあえず何か学ばなきゃというのではなく、自分の生き方を見つめ直す時間も大切だと思います。

―今後の展開を教えてください。

新校舎が完成したので、その空間を活かした学びを提供していきたいと思っています。ショートコースや、数カ月の長期コースも今まで以上に展開していきたいと考えています。また(大人が学ぶことの)文化を醸成する意味で個人だけでなく法人や行政とも連携し、地域との仕事の在り方を考えるプログラムも作っていきたいと思います。また将来的には他の地域にもこういう学校が増えてほしいと考えています。

日本型の人生の学校の可能性

本家デンマークのフォルケホイスコーレをはじめとする海外留学は、キャリアブレイク中の社会人が人生を見つめ直し学び直しをするのに最適だと考えています。

ただ今回、東川町を訪れてみて、短期間でも海外留学に近い効果があることがわかりました。普段の武装した自身の鎧を脱ぎ捨てて、一人の人間としてコミュニティの中で生活し学びを深めていくプロセスは、いまの日本の労働環境の中で違和感を抱えている人たちに次のステップに進むきっかけを与えてくれるものなのでしょう。

デロイト トーマツ グループが毎年実施しているZ・ミレニアル世代年次調査によると、日本のZ世代がハラスメント被害を受けた際に職場に通報した割合は78%、一方ミレニアル世代は44%に過ぎず、職場に不満があった際も特にミレニアム世代はじっと耐える傾向にあるようです。これはグローバルの80%の通報率と比較しても異常に低い数値です(Z・ミレニアル世代年次調査2023より)。

声を上げない29〜40歳の会社員は特にストレスを抱えて社会生活を送っていると考えられます。普段在籍している組織から離れた場所で一定期間生活しながら自分を見つめ直したり、学び直したりする機会は個人だけでなく社会全体として今後より重要になると考えます。

(大川 彰一 : 留学ソムリエ 代表取締役)