認知症を予防したり、発症の時期を遅らせたりするには、普段の生活を整えること、認知症になる前の「軽度認知障害(MCI)」の段階で気づくことが大事だという(写真:78create/PIXTA)

30〜40代を過ぎると、とっさに人や物の名前が出てこなくなって「あの人」とか「あれあれ」などという指示語が増えたり、忘れ物が多くなったり、自身の両親が認知症になったりして、もしかして自分も……などと不安に思うことがあるかもしれない。

では、どうしたら認知症を予防したり、発症の時期を遅らせたりできるのか。東京都健康長寿医療センターの副院長で、脳神経内科部長の岩田淳さんに話を聞いた。

認知症もさまざまなタイプがある

日本における認知症高齢者数は、2012年には約460万人(高齢者人口の約15%)であり、2025年には約700万人(高齢者人口の約20%)になると推定されている。つまり、高齢者の5人に1人が認知症ということになる。

認知症とひとくちにいっても、タイプはさまざまだ。

中枢神経変性疾患のアルツハイマー病やレビー小体型認知症のほか、脳炎や甲状腺機能低下症などの病気、脳挫傷などのけがによる認知症、脳炎などの感染による認知症もある。

このうち最も多いのはアルツハイマー病で、認知症全体の半数以上を占める。次いで多いのが血管性認知症、レビー小体型認知症だ。

現在、アルツハイマー病などの中枢神経変性疾患では、認知症になる一歩手前を「軽度認知障害」と呼んでいる。軽度認知障害は、MCI(Mild Cognitive Impairment)ともいい、認知症と健常な状態の中間のグレーゾーンを指す。


岩田さんへの取材を基に編集部作成

「認知症ではないが、記憶力が低下し、順序立てて物事を考えたり、新しいことを覚えたり、テキパキと行動するのが苦手になるといった状態」だと岩田さんは説明する。

つい見逃す「もの忘れ」に注意

MCIの状態にある高齢者は、推定約400万人。認知症と違って、記憶力や注意力の低下は見られるものの、日常生活に支障をきたすほどではないため、本人も家族もつい見逃してしまうこともあるから、注意が必要だ。

下記にMCIが心配になる例を挙げた(※外部配信先では表を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。


「患者さんご自身やご家族から特によくお聞きするのは、同じ話を何度もしているのに話したこと自体を忘れてしまう、新しく買ったテレビなどの機器の操作がなかなか覚えられない、といった話です」(岩田さん)

MCIは、記憶障害の有無で大きく2つに分けられる。

記憶障害がある場合は「健忘型」といい、アルツハイマー病や血管性認知症になる確率が高いとされている。そして記憶障害のない場合を「非健忘型」といい、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症になりやすいそうだ。

MCIになった場合、早めに治療や対策を行ったほうがいい。なぜなら認知症へと進んでしまうリスクが高いからだ。

「認知症は、脳の神経細胞が減少して萎縮した状態です。萎縮した脳を元に戻すことはできませんから、早期の段階で見つけて、適切な治療や対策を行うことが大切になります」と岩田さん。

一方で、MCIになったからといって、必ずしもすぐに認知症へと進むとは限らず、「適切に対処すれば元に戻ることさえある」と、岩田さんは言う。実際、MCIになると1年で約5〜15%が認知症になるものの、約16〜41%は年相応のレベルに回復し、残りはMCIのレベルにとどまるとされている。

糖尿病は認知症リスクが高い

では、認知症へと進行しないために、自分自身でできることはあるのだろうか。岩田さんは「まずは、認知症に深く関わっているとされる生活習慣病を予防・治療・改善することです」と答える。

「高血圧、糖尿病、肥満、脂質異常症などの生活習慣病は、MCIおよび認知症になるリスクを高めます。普段から生活に注意して、こうした生活習慣病にならないことがMCIや認知症の予防につながります」」(岩田さん)

すでに生活習慣病になっている場合も、きちんと治療して病気をコントロールすることが大切だ。

特に糖尿病は、認知症になるリスクを大きく上げることがわかっている。九州大学の研究によると、糖尿病の人はそうでない人に比べ、認知症にかかるリスクが2〜4倍になるという。

これは糖尿病によって動脈硬化が進み、血管性認知症にかかりやすくなるだけでなく、アルツハイマー病の原因とされるアミロイドβの排出も阻害されることで、アルツハイマー病にもかかりやすくなるためだ。

また、いったん認知症になってからも高血糖状態が続くと、認知症が早く進行するおそれがある。治療の副作用により重度の低血糖になっても認知症のリスクが高まるため、適度な血糖コントロールが肝要だ。

「よく言われていることですが、普段からバランスのよい食事を心がける、しっかり睡眠をとる、規則正しい生活を送る、毎日30分程度の運動を続ける、などが大切です。つまり“健康にいいとされている生活を送る”ということにつきます」(岩田さん)

生活習慣病との関連ほど強くはないものの、趣味を持つ、多くの人に会って話をする、脳トレで頭を使うといったことも、認知症のリスクを下げることにつながるそうだ。

一方、テレビやウェブなどで宣伝している、イチョウ葉エキス、オメガ3脂肪酸、ビタミンEやセレンなどの「記憶力をよくする」という触れ込みのサプリメント類は、「認知症を防ぐという効果は証明されていないので、摂る必要はありません」と岩田さん。

「病的なもの忘れ」の特徴

そもそも、病的なもの忘れと、そうではないもの忘れはどう違うのか。岩田さんは次のように解説する。

例えば、たまにしか見ないタレントの名前などの固有名詞が出てこないのは、問題となるようなもの忘れではない。一方、バナナなどの一般名詞や、親しい人の名前が出てこない場合は少し問題とのこと。

また、お酒を飲んでいて同じ話を何度もするのはよくあるが、そうではないときに同じ話を繰り返すとなると心配したほうがいいようだ。

ほかにも、予定や約束をど忘れてしまうことは誰にでもある。しかし、予定や約束があったこと自体を忘れていたり、指摘されても思い出せないなら問題だ。

さらに、その年に起きた大きな事件や事故についてうろ覚えなのは普通だが、今年でいえば、能登半島の地震のことをまったく知らないとしたらおかしいということになる。

では、自身や家族がMCIかもしれないと思ったらどうしたらいいか。

もしかしたら?と思ったときの受診先

「まずは脳神経内科、もの忘れ外来、精神科などを受診してください。可能なら、最初は同居人やご家族と一緒に受診を。本人以外の視点が加わることで普段の様子が正確にわかり、診断や治療に役立ちます」(岩田さん)

診療では、問診で認知機能の低下があるかどうかを確認する。受診した本人は記憶力が著しく低下していると思っていても、ご家族の話を聞くとそうでもないという場合もある。


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こうした問診のほか、認知機能検査や心理テスト、血液検査、頭部CTなどの画像検査などでMCIと診断されたら、治療へと進むことになる。

「まず、生活習慣病が未治療であればその治療をしますし、病気のコントロールができていない場合は、投薬治療などでしっかりコントロールしてもらいます。さらに生活の改善、運動、認知トレーニングなどを行っていきます。またアルツハイマー病では、新しい薬物療法も選択肢の1つです」(岩田さん)

(関連記事:薬代は年間300万、アルツハイマー「新薬」の値打ち)

(取材・文/大西まお)


東京都健康長寿医療センター副院長
岩田 淳医師

日本認知症学会専門医、日本神経学会認定神経内科専門医、日本脳卒中学会認定脳卒中専門医、日本内科学会認定医、総合内科専門医。東京大学医学部附属病院脳神経内科「(旧)メモリークリニック」にてアルツハイマー病(AD)やレビー小体型認知症、前頭側頭葉型萎縮症等の疾患の診療を行ったのち、現在は東京都健康長寿医療センターへ赴任。専門は認知症性疾患、パーキンソン病、脊髄小脳変性症。

(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)