今後10年間で出生数が半減「最悪の悪循環」の正体
2023年の年間出生数は、75万8631人と統計開始以来最低となりました。さらに、このままのペースが続くと今後10年で出生数が半減するといいます。背後にある「悪循環」を解説します(画像:Ystudio/PIXTA)
「お金の本質を突く本で、これほど読みやすい本はない」
「勉強しようと思った本で、最後泣いちゃうなんて思ってなかった」
経済の教養が学べる小説『きみのお金は誰のため──ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』には、発売直後から多くの感想の声が寄せられている。本書は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」総合グランプリ第1位を獲得、20万部を突破した話題のベストセラーだ。
著者の田内学氏は元ゴールドマン・サックスのトレーダー。資本主義の最前線で16年間戦ってきた田内氏はこう語る。
「みんながどんなにがんばっても、全員がお金持ちになることはできません。でも、みんなでがんばれば、全員が幸せになれる社会を作ることはできる。大切なのは、お金を増やすことではなく、そのお金をどこに流してどんな社会を作るかなんです」
今回は、「少子化」と「老後不安」がお互いを悪化させ続ける「最悪の悪循環」について解説してもらう。
これから日本では「4倍速」で少子化が進む
少子化が加速している。
厚生労働省が5月24日に公表した人口動態統計によると、2024年1〜3月に生まれた赤ちゃんの数(出生数)は、前年同期比で6.4%も減少した。
昨年2023年の年間出生数は、75万8631人と統計開始以来最低であったが、今年はさらに下回るだろう。
少子化傾向が続いて久しいが、出生数が150万人を超えていた1983年から、75万人にまで半減するのには40年かかった。
しかし、このペース(年間6.4%減)で少子化が続くと、半減するまではたった10年しかかからない。少子化がこれまでの4倍の速さで進行しつつあるのだ。
これは、若者の意識変化にも如実に現れている。
就職サイトのマイナビが5月20日に発表した調査では、20代正社員の男女のうち25.5%が「子どもは欲しくない」と回答。欲しくない理由については、「お金が足りない」「増税・物価高の中、自分のことで精一杯で育てる責任が持てない」など、金銭面の不安を挙げる人が多かったそうだ。比較的収入が安定している正社員を対象にした調査であるにもかかわらずだ。
将来不安から資産形成を始める人が増え、新NISAに注目が集まっているが、「将来不安」が「お金の不安」に自動変換されるようになったのはいつごろからだろうか? おそらく、2019年に金融庁が「老後の30年間で約2000万円が不足する」と報告した、いわゆる「老後資金2000万円問題」のころではないだろうか。
筆者は大学生向けに講演することもあるのだが、最近では大学生たちからも「老後不安」という言葉を耳にするようになった。
少子化の要因として、「老後不安」に起因するお金の不安があることは間違いなさそうだ。
2000万円という数字は「蜃気楼」のように遠のく
しかしながら、みんなが資産形成に精を出して、無事に2000万円貯めたとしても、老後の問題は解決しない。
みんながお金を貯めるほどに、老後安心できる金額が蜃気楼のように逃げていくからだ。すでに物価上昇が起きているが、物価はさらに高くなり、2000万円では足りなくなってしまうだろう。
拙著『きみのお金は誰のため』では、この老後の問題について、先生役の“ボス”と呼ばれる人物が主人公・優斗に次のように説明している。
「僕もほんまにそう思うわ。少子化によって働く人の割合が減るってことは、(イス取りゲームの)イスが減るということや。その一方で、高齢者は増えるから、介護職の数を今後20年で3割増やさんとあかんと言われている。仮に、増やせたとしても、他の仕事をする人の数が減る。他の分野で物やサービスが足りなくなるんや」
優斗はため息をついた。
「無理ゲーですよ、それ。お金貯めても、物が足りなければ、値段が上がるんですよね。お金をたくさん持っていたらイスに座れるけど、誰かがイスからはじき出されるってことでしょ?」
まさに、相手を蹴落とすことでしか勝ち残れないサバイバルゲームだ。みんなで協力して生き残ることなんてできやしない。
「1億2000万人もおると、イスの数が減っていることにも、誰かをはじき出していることにも気づかへん。みんなが、お金を貯めさえすればいいと思ってしまうんや」
「イスを買うお金を貯めるんじゃなくて、すぐにイスを作ったほうがいいですよ」
「優斗くん、それなんや」
ボスはニカッと笑った。
「僕らは、未来のためにイスを作らんとあかんのや」
(中略)
「でも不思議ですよ。そんな当たり前のことに誰も気づけないなんて」
「気づいている人はいくらでもおるで。これは、社会保障の経済学では当たり前の話やし、年金制度を作る厚生労働省も同じ意見や。年金の問題を解決するには、お金を貯めてもしょうがない。少子化を食い止めたり、1人当たりの生産力を増やしたりしないとあかん」
『きみのお金は誰のため』112ページより
少子化が進むと働く人の割合が減る。働く人の割合が減れば、当然、提供される物やサービスの総量も減る。どんなにお金を貯めていても、必要としている人全員に行き渡ることはない。結果、物価が上昇するので、「老後の必要資金」は増えることになる。
5年前、2000万円必要だとされていた老後資金は、今では3000万円とも4000万円とも言われている。
この悪循環を止めるには、「子育てすると、老後がより不安になる」という状態を断ち切る必要がある。
子育て支援政策は最優先でおこなうべきだが、これまで本格的な支援をしてこなかった代償は大きい。その理由として、財源の問題がある。
「今後の高齢化による社会保障費の上昇を考えると財政赤字を増やせない」という理由は、正しそうに聞こえる。しかし、社会保障の前提になっているのは、「医療や介護をする人が十分に存在する」ということ。働く人が足りなければ、社会保障費を使う先が存在しないのだ。
また、「子供手当などのお金を配っても、出生率は上がらない」という反論も聞くが、これも反論としては成立していない。「お金だけではなく、他の理由も存在している」と考えるべきだろう。
実際、「子どもは欲しくない」と回答する若者の理由は、経済的な理由以外にも複数あるからだ。マイナビが大学生向けに行った調査では、その理由として「経済的に不安」だけでなく「うまく育てられる自信がない」「自分の時間がなくなる」「精神的に不安」などの項目も、約半数の学生が理由として挙げていた。
出生数75万人は「明治維新期」以来の少なさ
日本の年間の出生数が、現在と同じ75万人程度だったのは、明治維新真っただ中の1870年代にさかのぼる。当時の日本は、その人口3000万人程度。生産性は今よりもずっと低かった。
それから150年経ち、人口も生産性も増えているのに、当時と同じ人数の子どもを育てる支援ができない社会はいかがなものだろうか。
子育てとともに、人材育成も急務だ。
「老後不安」を口にする大学生の話をしたが、将来のお金への不安が強すぎるあまりに、奨学金の返済を急ぎ、学業よりもアルバイトを優先しているという話を聞いたこともある。
『きみのお金は誰のため』の中にも、主人公たちが学費で困っているシーンがある。
うらやましがる優斗に、兄は荷造りの手を止めて、あきれた顔を向ける。
「お前さあ、そんな気楽じゃねえよ。大学卒業したら奨学金も返さなきゃいけないし」
「奨学金って借金なの?」
「そうだよ。俺がもらうのは、将来、返さないといけないやつだからな」
「それって、いくらなの?」
「300万円」
「マジかあ……」
その金額に驚いて、優斗は天井を見上げた。
(中略)
優斗は愚痴をこぼしたが、それこそが擬似的な贈与だとボスは教えてくれた。
「お兄さんは、大学の先生に教わるけど、先生のために働いて返すわけやない。社会に出てから、お金を稼いで、奨学金を返す。そのお金を稼ぐときに、未来の誰かのために働いているんや。次の贈与が起きている」
(『きみのお金は誰のため』172ページ)
単に”大卒資格を得る”ためだけに大学に行くのなら問題だが、大学で学業に専念してそれを社会に還元してくれるなら、国が学費を全額負担することを考えてもいいのではないだろうか。
少子化が進むと「お金を使う場所」自体がなくなる
“子育て支援”という話題になると、「子どもを持つ世帯VS子どもを持たない世帯」という構図になりがちだ。
しかし、子どもが育たなくて困るのは、老後を迎える人すべてである。誰かの子どもたちが働いてくれるから、お金を使うことができる。
少子化が止まらなければ、十分な物やサービスを手に入れることができなくなる。繰り返しになるが、お金がその価値を発揮するには、働く人々の存在が必要不可欠なのだ。
明治維新のころは、西洋に追いつくべく人材育成に力を入れていた。その結果、日本は世界の列強に肩を並べることができた。
ところが、現在では諸外国に追い抜かれてしまった。
財源を理由に、人を育てることをいつまで後回しにするのだろうか。
現在推し進められている資産所得倍増計画についても、「NISAを利用して自己責任で老後の不安に備えてくれ」というメッセージにも受け取れる。
たしかに、金銭的な不安が競争原理を働かせ、社会を成長させるという側面もある。しかし、それはお金を得る目的の競争においてのみ有効だ。
金銭的な不安によって、学業に励むことや子どもを産み育てることが困難では、社会全体が沈んでしまうのではないだろうか。
(田内 学 : お金の向こう研究所代表・社会的金融教育家)