山積したモノたちの中から出てきたアイドルグッズ。「絶対捨てれへん!」と女性は言う(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

収集癖のある女性は、「何がいるモノで、何がいらないモノなのか、わからない」という悩みを15年間抱えていた。たまりにたまったモノを前に、夫も片付けに対して無関心になっていた。しかし、高校生になったばかりの息子に自分の部屋を与えたい。ついに女性は動いたが……。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷の片付け・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長(以下、二見氏)に、「絶対に捨てられない人たち」の片付けについて聞いた。

動画:「何を捨てていいか分からない」子供部屋も作りたい。30代主婦の悩み

子どものおもちゃとアイドルグッズでいっぱいの部屋

玄関を入ってすぐにある和室は、腰の高さまでモノで埋まっていて、畳が見えない状態だった。15年間ほとんど触れることができていないという荷物は、息子が幼少期に遊んでいたおもちゃが中心だ。息子が自ら残しているわけではない。息子との思い出の数々を、女性が捨てられないのだ。

ダンボールに入ったまま放置されているのは、主に女性が集めた趣味のモノだ。アイドル系、アニメ系のグッズが大半を占めている。


息子はすでに高校生。しかし幼少期のおもちゃがそのまま積み重なっている(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

【画像】どれもこれも捨てられない! なかなか片付かなかった部屋のビフォー・アフターを見る(19枚)

家族は夫と妻と高校生になる息子の3人暮らし。仕事帰り、学校帰りにくつろぐはずのリビングにその場所はない。モノの上に腰かけるか、モノをかき分けて座るスペースを確保するしかない。

壁際には収納家具が置かれているが、どれもキャパオーバーだ。入りきらなくなったモノたちが床になだれ込み、家族が食事をするローテーブルも化粧品など細々とした生活用品で潰されてしまっている。


あらゆるモノが詰め込まれたリビングでインタビューを受ける依頼主(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「掃除なんて自分ですればお金もかからない。自分でやれよ。怠けんなよ」

夫にはずっとそう言われてきた。夫婦関係は悪くはないが、夫は片付けに関して無関心になりつつある。夫の気持ちもわかる。収集癖があり、片付けられない相手に「片付けろ」と言ったところで口論になるだけだ。だったら、何も言わずに見て見ぬふりをしておいたほうがいい。

もちろん、妻だけに任せず、夫も一緒に片付けをすればいいじゃないかという意見もあるだろう。

片付けとは「整理」ではなく「捨てる」こと

今の家に住み始めたのは約15年前。当時から部屋はモノだらけだったというが、どうしてそうなってしまったのだろうか。片付けの依頼主である女性が話す。

「この家に引っ越してきたとき、私は妊娠10カ月でした。子育てでなかなか片付けられなくて、主人も土日いないことが多かったんです。子どもの面倒を見ながら片付けをするのは本当に大変で、どんどんモノが増えていって、置き場所がどんどんなくなって。汚い部屋を見ていたら何をしたらいいかわからなくなっちゃうんです」


家族のモノは勝手に片付けられないと、モノが山積していってしまった(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

当初から夫は協力的ではなかったようだが、今回の片付けが行われた日も不在だった。

そんな生活が続き、10年ほど前から本格的に部屋はモノであふれ返るようになった。女性は「何とかせなあかんって10年以上前から思っていた」と話す。それだけの長い期間を経て、どうして片付けを決意するに至ったのか。

「子どもの成長に伴って、プライバシーを確保してあげたかったんです。息子は自分の部屋がなくても大丈夫なんだろうなとも思うんですけど、自立を促すためにもやっぱり必要なのかなって」(女性)

今の状態になってしまった理由は本人もわかっている。それは、自分がどうしてもモノが捨てられない性格かつ収集癖があるからだ。

現場に入ったスタッフは計6人。玄関付近は、消費期限が切れた食品など一目で「いらない」と判断がつくモノが多いため、作業はスムーズに進んでいった。しかし、和室の片付けに入ると、女性の手がピタリと止まってしまった。


一向に片付かない和室(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「待って、こんなの捨てられない絶対」(女性)

10年近く触れていないモノでも、その出会いは1つひとつ覚えているのだという。すでに使わなくなっていても、思い出が邪魔してどうしても捨てられない。

「ええ〜、捨てれへん、捨てれへん、どうしよう〜。キンキは捨てれんわ」(女性)

水でドロドロになったアイドルのポスターが出てきたが、それも捨てられない。長年、ゴミの山に埋もれていた服には虫が湧いていたが、それも捨てられない。結局、息子が幼少期に使っていたおもちゃも、まるまる残すことになった。

「わかっているんですよ。他人から見たらめっちゃゴミなんですよ」(女性)


箱を開けるたびに1つひとつ手に取り考えてしまう(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

スタッフもなんとかモノを捨てる方向に促そうとするが、勝手に捨てることはできない。1つひとつ熟考した末、結局「いるモノ」に仕分けしていく女性を見守るしかなかった。

作業開始から2時間、和室の片付けが完了した。なんとか床が見えるようになったものの、モノを入れたダンボールが高く積み上がっただけで物量自体はほとんど減っていない。

モノは出して使わないことには意味がない。そうしなければ、ダンボールの上にまたモノがたまっていき、中のモノが取れなくなってその存在が忘れられていくだけだからだ。片付けの本質は「整理」ではなく、「捨てる」ことにあるのだ。


片付け前の和室(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付け後の和室。捨てられないという息子のおもちゃ類は、一旦段ボールの中へ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

意外と「ディズニーグッズ」のモノ屋敷は少ない

「アイドルの写真集は保存用も合わせて同じモノを7冊ぐらい買うんです。見る用、保存用、飾る用、持ち出し用……」(女性)

女性がためた趣味のグッズを見てみると、ジャニーズのグッズが多いことに気がつく。ここ近年は、世間でも「推し活文化」が盛んになってきている。そういった時代のトレンドも、モノ屋敷とゴミ屋敷の原因になっているのだろうか。二見氏に聞いた。

「推し活が今どきの文化と思うかもしれないですが、実はこれって昔からあって、ゴミ屋敷とモノ屋敷の要因になっているんです。場所柄もあるかもしれませんが、宝塚歌劇団のファンの方のモノ屋敷は多いですね。本、雑誌、パンフレット、ポスター、などもろもろのグッズであふれ返っている部屋を何度も片付けました。ほかにも、K-POPアイドルやAKBのグッズをどれだけ片付けたことか」(二見氏)

アイドルグッズ以上に、グッズがはるかに多そうなジャンルにディズニーがある。しかし、月130軒ほど片付けているイーブイのこれまでのケースを見ても、ディズニー好きの人の家でゴミ屋敷・モノ屋敷になっているケースはほとんどなかったという。あくまで推測だが、ディズニーグッズは食器、クッション、服など普段から使えるモノが多いからではないだろうか。


キッチンカウンターにもモノがぎっしり(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

一方、推しの対象がキャラクターではなく生身の人間の場合、写真が何かにプリントされているだけで集める動機になりうる。たとえ使い道のないモノだったとしても集めたくなる。いくらグーフィーが好きだからといって、「グーフィーがプリントされたうちわを眺めているだけで幸せ」とまではいかないだろう。

ビデオテープすべてに1万円札を挟んでいる住人

人の収集癖というのは他人には理解しがたいものがある。こんな不思議なモノを集めているゴミ屋敷・モノ屋敷の住人たちがいた。


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「急に倒れてしまった父親の部屋を片付けてほしいという依頼があったんですが、お父様は昔のアダルト本のページをきれいに切り取り、クリアファイルに入れて大量に保存していました。ここまで来ると“性欲”の範疇を超えているわけじゃないですか」(二見氏)

本人は「昔のアダルト本」に対し、家族でも計り知ることのできない並々ならぬ情熱とこだわりを持っていたのかもしれない。


「捨てられない」を繰り返す依頼者に根気強く寄り添うスタッフ(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「今ではもう馴染みがないかもしれませんが、ビデオテープが入っているプラスチックのケースがありますよね。そのケースとビデオの間すべてに1万円札を1枚ずつ入れている人もいました。でも、そのとき作業をしていたスタッフの一人が“俺も漫画本に1万円挟んでる”って言ったんです。本人いわく、自分の好きなモノに挟んでおけば忘れることがないので貯金の代わりにそうしているそうです」(二見氏)

本人が大切にしていたモノでも、親族がわからずに捨ててしまう可能性は大いにある。そう考えると、代金をもらって片付けている手前だとしても、女性の「他人から見たらめっちゃゴミなんですよ」という言葉を軽く流すことなどできないのだ。

最終的には予定していた物量の3割しか捨てることができなかった。しかし、作業が後半になるにつれて、女性のモノを捨てるペースは上がっていた。だんだんとモノを捨てることに慣れ、捨てることで部屋が広くなることに楽しみを覚えていたようだった。


片付け前のリビング(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)


片付け後のリビング。モノはまだ残るが、だいぶスッキリした(画像:「イーブイ片付けチャンネル」より)

「前までの状態やったら、どこから手つけていいかわからないから、やる気が起きなくて。でも今やったら、仕事が休みのときに頑張ろうかなと思えます。和室がちょっと片付いたので、ゴミの日までに片付けたモノを置いておけるスペースができました。それがあるだけでもモチベーションが上がります」(女性)

ただ、何よりも「子どものために」という動機があったことが、女性が前に進む原動力になったのだろうとも思う。

(國友 公司 : ルポライター)