山中に違法な繁殖場「悪徳ブリーダー」偽装の手口
生後56日以下の犬猫の販売は禁止されているなど、さまざまな数値規制がありますが、それらを守らないブリーダーも少なくありません(写真:ふるさと探訪倶楽部/PIXTA)
6月1日から完全施行される数値規制
ペットを虐待する悪質業者の存在や、動物愛護意識の高まりを背景に、2019年に成立した改正動物愛護管理法(動物の愛護及び管理に関する法律)。
それに伴い、2021年6月に施行された基準省令の一部の数値規制については経過措置がとられていましたが、第1種動物取扱業者に対する規制は、6月から完全施行されました。
法律では、生後56日以下の犬猫の販売禁止(8週齢規制)、寝床や休息場所になるケージの広さの規定、従業員(週40時間勤務)1人当たりの飼育頭数の規定、繁殖の回数や年齢の規定など、第1種動物取扱業者に対する数値規制などが定められています(具体的な数値は文末でご紹介します)。
しかしながら、一部の繁殖現場では、数値規制に関わるさまざまな法令違反が行われていることを、筆者は耳にしています。その偽装は多岐にわたり、まさに法とブリーダーの「いたちごっこ」になっています。
第1種動物取扱業を営むTさんは、猫の譲り先であるブリーダーが多頭飼育崩壊に陥っているのではないかと不安になり、ブリーダーが住む香川県まで見に行きました。
玄関で何度呼びかけても応答がなく、外から見える障子もボロボロ。家の周りには家具が放置されています。ほこりにまみれた窓のガラス越しに見える猫は目やにだらけで、何らかの疾患にかかっていることが容易に想像できました。
Tさんが見たブリーダーの飼育状況(写真:Tさん提供)
Tさんは管轄の自治体に対応を要請していますが、担当者は「ブリーダーに会えていない」という返答をするばかり。
「勇気を出して同業者を通報しても、後手後手の対応では、助けられる猫の命も救えない。このようなブリーダーを野放しにするなら、法改正しても意味がない」と、悔しそうに話します。
ほかにも多頭飼育が疑われる例があるので、ご紹介します。
ケース1:山の中に無登録の犬の繁殖場がある
あるブリーダーは、1人当たりの飼育頭数をごまかすために、人里離れた山の中に無登録の繁殖場を作り、何種類かの小型犬を繁殖させていた。親犬はケージに閉じ込めたままで、飼育環境は劣悪。そこで産まれた子犬は、登録してある繁殖場で同じ時期に産まれた子犬の兄弟姉妹と偽って販売されている。
ブリーダーに注意したところ、『余剰ぶんは隠せばいいだけ』と話した(山梨県で第1種動物取扱業を営むAさん)
ケース2:自治体の職員が来るときだけ余剰の犬を移動し数をごまかす
知人のブリーダーは、動物取扱業の更新時だけ余剰な犬を別の場所に移動させ、いかにも数値規制を守っているように見せかけている。『自治体が繁殖場を見るのは更新時だけ。普段は(法令違反の)30匹近い親犬で繁殖をしているが、見に来るときは頭数制限内の匹数なので、問題なく更新できる』と話していた(東京都で第1種動物取扱業を営むHさん)
動物愛護管理法では、生後8週齢以下での犬猫の販売を規制しています。
この「56日規制」は、幼い犬猫の販売は衝動買いを招きやすい、親から早くに離すと社会性が身に付いていないなど、結果的に飼い主の飼育放棄につながることを懸念し、設けられた数値規制です。
しかし、こちらについても規則違反があちこちで見られています。
一斉調査、50事業所で規制違反
2023年2月、環境省はペットオークションで犬猫の出生日偽装が横行している疑いがあるとして、ブリーダーへの一斉調査を実施。その結果、約1400事業所のうち50事業所で規制違反を確認しました。
昨秋に環境省が動物取扱業者に義務付けられているマイクロチップの登録情報を確認したところ、犬の出生日に偏りがあるブリーダーが一定数いることが判明。
オークションの開催日に合わせて販売可能な生後56日を超えるように、出生日を偽造している疑いが浮上したのです。
環境省の動物愛護管理室は「ブリーダーなどの関係団体に法令順守を要請する」としていますが、出生日偽装は数値規制案の段階からある程度予想されていて、「数値で規制するだけでは何も変わらない」「悪徳ブリーダーはさまざまな法の抜け道を考えるにちがいない」との意見も多くありました。
出産回数やスタッフの数をごまかしているブリーダーについては、こんな事例もあります。
ケース3:無登録のブリーダーから子犬を仕入れている
無登録で犬を繁殖している人から安価で子犬を仕入れ、自分が繁殖した子犬に混ぜて販売しているブリーダーがいる。ブリーダーは「数値規制で母犬の生涯出産回数が6回と限られたため、1回の出産でより多くの利益を上げるためにやっている」と話していた(神奈川県で第1種動物取扱業を営むIさん)
ケース4:猫以外の動物の世話をするスタッフも従業員としてカウント
猫だけでなく、ほかの動物も繁殖をしているブリーダーがいる。実際に猫の飼育に関わっている従業員は3人なのに、約150匹の猫を飼育している。3人なら75匹までしか飼育できないが、他の動物の世話をするスタッフも猫の世話をする従業員としてカウントしているため、飼育が可能になっている。
これは法の抜け道。当然、手が足りていないので、猫の飼育環境は良くない。病気の子もたくさんいる(千葉県で第1種動物取扱業を営むSさん)
これらのケースは氷山の一角です。
悪徳ブリーダーはさまざまな法の抜け道を考え、のうのうと営業を続けています。
しかも、こうしたことを同業者が知っていても、「仲間を売るようで言いづらい」と名前を公表したり、自治体などに通報したりすることはまれです。この隠蔽体質こそ、悪徳ブリーダーがのさばる要因になっているのです。
自治体の対応に大きな格差
一方で、自治体に通報しても、状況の改善には至らないケースも少なくありません。
動物愛護管理法では、都道府県などは第1種動物取扱業者に対し、勧告、措置命令、業務停止、登録取り消しを命令できるようになっています。
複数回指導して改善されない場合は勧告を行い、それでも改善されなければ措置命令、続いて業務停止や登録取り消しを行います。立ち入り検査などを拒否された場合は、警察と連動して立ち入ることもあります。
しかし「数値規制」が始まって以降、各自治体における法の運用には、大きな格差があると筆者は感じています。
厳しい対応をしている自治体もあるものの、具体的な手順や条件について定めていない、業務多忙や職員数・獣医師職員の不足などを理由に、法の運用がなされていないところが多いのです。
そのため、前述のような数値規制の偽装をする悪徳ブリーダーがまだまだ多く存在しているのが現状です。
問題飼育で命を奪われる犬猫
悪徳ブリーダーのもとで飼育されている犬や猫の苦しみは、時間の経過とともに増していきます。命を奪われてしまうことさえあります。
各自治体により置かれている状況や問題は違いますが、監視体制の確立は急務だと考えます。数値規制の徹底、想定される偽装への対策など「監視の目」を強化し、法を順守できない悪徳ブリーダーは排除していかなければ、何も変わりません。
法の運用は、「動物の権利や命を保護するため」「劣悪な環境での繁殖・販売を防ぐため」には必須です。最後に数値規制の具体例を示しておきます(※外部配信先では表を閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)。
今年6月から完全施行される第1種動物取扱業者に対する数値規制。各自治体の動きを注視していく必要があるでしょう。
(阪根 美果 : ペットジャーナリスト)