薬代は年間300万、アルツハイマー「新薬」の値打ち
アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ」の効果や課題点について解説する(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)
2023年9月、アルツハイマー病の治療薬「レカネマブ(商品名:レケンビ®点滴静注)」が承認され、12月に発売された。いくつかの使用条件はあるものの、認知症になる手前の段階の人に使用する点がこれまでの薬と違い、画期的だ。
発売から半年たった今、この新薬の研究・開発に協力した東京都健康長寿医療センターの副院長で、現在はレカネマブによる治療を行っている脳神経内科医の岩田淳さんに話を聞いた。
2025年には高齢者5人に1人が認知症
現在、認知症の高齢者(65歳以上)は増え続けており、2025年には5人に1人が認知症になるという。これは、なんと国民の17人に1人ということになる。
認知症にはいまだ根本的な治療法はなく、しかも今までは進行を遅らせる治療しかなかった。ところが、2023年9月に承認され、同年12月に発売されたレカネマブは、アルツハイマー病になる前の軽度認知障害(MCI)の段階から使用できる。
レカネマブは、日本の製薬会社エーザイと、アメリカの製薬会社バイオジェンが共同開発した薬で、アルツハイマー病の原因とされる物質を除去することで、進行を遅らせる。
その効果については、「1年半の投与で半年、3年の投与で1年ほど進行を遅らせる程度の効果が見込まれています」と岩田さん。
2023年12月から使われ始めたレカネマブ(レケンビ)。アルツハイマー病になる前の軽度認知障害(MCI)の段階から使用できる(写真:エーザイ株式会社提供)
脳に蓄積するタンパク質を除去
アルツハイマー病は、認知症の中でもっとも多く、約半数以上を占める。原因は、アミロイドβという体内で作られるタンパク質だ。
健康な人の脳にも溜まるものだが、通常は分解、排出されていく。だが、これが何らかの理由で排出されないと、どんどん脳内に溜まり、脳の神経細胞にダメージを与えていく。
同時に、脳内に存在するタウというタンパク質が異常化して、記憶をつかさどる海馬の神経にダメージを与える。アミロイドβがタウに何らかの影響を与えていることはわかっているが、その詳しいメカニズムは現段階では明らかになっていない。
「アルツハイマー病では、実際に認知症の症状が表れる10年以上も前から、脳内にこのアミロイドβが少しずつ蓄積していることがわかっています。レカネマブはこれを除去することで、アルツハイマー病の進行を抑えます」(岩田さん)
レカネマブはアルツハイマー病の原因物質に働きかけるという意味で、世界で初めての薬だが、アルツハイマー病であれば必ず使えるというわけではない。
「レカネマブが投与できる条件は、厳格に定められています。まずMCIか、初期の軽度アルツハイマー病であること。進行した中等度や重度には使えません」(岩田さん)
中等度や重度になると、服を着替えるなどの日常の動作ができない、自宅の近所でも道に迷う、自分で排泄をコントロールできない、といった状態になる。
そのほか、レカネマブの成分に対して重篤な過敏症の既往歴がある場合も使えない。また、脳MRI検査の結果、脳出血の痕跡など異常が見つかった場合も使用不可だ。
それらを鑑みると、レカネマブが適応になるのは、アルツハイマー病患者の1割強くらいだという。「当院ではこれまでに200人くらいの患者さんがレカネマブによる治療を希望されて受診されましたが、実際に治療を行っているのは35人くらいです」と岩田さん。
2週間に1度、点滴で投与する
エーザイによると、すでにレカネマブの投与を受けられる国内の医療機関は600カ所を超えている。投与前に詳しい検査が必要なため、大学病院や国立の医療機関といった大規模な病院が中心となっている。
「検査に関しては、当院では問診のほか、アミロイドPET検査または腰椎穿刺(せんし)によるバイオマーカー検査のどちらか一方を行って、脳にアミロイドβが蓄積しているかどうかを確認します。また脳MRI検査を行い、脳に別の疾患がないかも確かめます」(岩田さん)
アミロイドPET検査とは、脳内に蓄積したアミロイドβを可視化する画像検査をいう。一方、腰椎穿刺によるバイオマーカー検査とは、腰に針を刺して脳脊髄液を採取し、その中に含まれるタウの量を調べる検査だ。
アミロイドPET検査は金額が高いが、画像検査なので比較的、患者への負担が少ない。
一方、腰椎穿刺によるバイオマーカー検査は金額がやや低いものの、腰に採血に使用する程度の太さの針を挿入する。そのため患者への負担が大きく、骨粗鬆症などがあると行えないことがある。
さらに、レカネマブ治療のための検査では、いずれか1つの検査しか健康保険では認められていない。
陰性だったからといって、もう一方の検査を受けてしまうと、検査代は自費になる可能性がある。すると、その後の治療もすべて自費になることがあるので、注意が必要だ。
こうした問診や検査の結果から専門医が適応と判断した場合、レカネマブを使うことができる。
レカネマブは点滴薬なので、定期的に受診する必要がある。
「2週間に1度、1時間20分くらいかけて点滴で投与していきます。初回は投与後にアレルギー反応などが起こらないかどうかを確認するため、さらに1時間程度は院内での待機が必要です」(岩田さん)
気になる副作用「ARIA」とは?
レカネマブの副作用については、次のような報告がある。最も頻度の高い副作用は、発熱や関節の痛み、吐き気などのアレルギー反応だ。
このほかに、投与から半年程度は、ARIA(アリア:Amyloid-Related Imaging Abnormalities)と呼ばれる副作用が起こることがある。
「ARIAはアミロイドβをターゲットとする治療に特有の有害事象で、脳の血管の周りに水が溜まる浮腫、脳内の微小出血や鉄の沈着の2種類があります。多くは一時的であり、日本人における頻度は4.5%と、さほど高くありません」(岩田さん)
ARIAは自覚症状のない場合が多いため、「最適使用推進ガイドライン レカネマブ(遺伝子組み換え)」では5、7、14回目の点滴前に脳MRIを撮り、確認することになっている。副作用が見つかった場合、その程度によって、治療を一時休止または中止することもあるそうだ。
レカネマブは期待されるMCIや早期アルツハイマー病の新薬ではあるが、課題もある。その1つが、「進行した場合どうするか」という問題だ。
基本的にレカネマブは進行を遅らせる薬なので、多かれ少なかれアルツハイマーが進行する。中程度まで進行した場合はレカネマブの投与をやめ、既存のほかの治療を行うことになる。
もう1つの問題は費用だ。レカネマブの薬価は、1人あたり年間298万円(体重50キロの場合)と高額だ。高額療養費制度を使えば薬代は抑えられるが、それでも大きな負担であることに変わりない。
「このため、費用が高くなってしまう若年性アルツハイマー病の方には使いにくいと言わざるをえません」(岩田さん)
「猶予期間」をどう過ごすか
レカネマブを1年半投与すると半年ほど、3年間投与すると1年ほど進行を遅らせることができる。この意味をどう受け取るかというのも、人によって違うだろう。
岩田さんはこう話す。
「レカネマブがアルツハイマー病の進行を遅らせることによって、(重症になるまで)猶予時間ができる。この時間で、ご自身のやっておきたいことをしたり、その後の人生の過ごし方について家族や周囲と相談して手続きしたりしていただけたら、と思っています」
(取材・文/大西まお)
東京都健康長寿医療センター副院長
岩田 淳医師
日本認知症学会専門医、日本神経学会認定神経内科専門医、日本脳卒中学会認定脳卒中専門医、日本内科学会認定医、総合内科専門医。東京大学医学部附属病院脳神経内科「(旧)メモリークリニック」にてアルツハイマー病(AD)やレビー小体型認知症、前頭側頭葉型萎縮症等の疾患の診療を行ったのち、現在は東京都健康長寿医療センターへ赴任。専門は認知症性疾患、パーキンソン病、脊髄小脳変性症。
(東洋経済オンライン医療取材チーム : 記者・ライター)