SNS上での詐欺広告の問題を議論する自民党の会合に出席した、実業家の前澤友作氏(中央)と堀江貴文氏(左)(写真:時事)

「前澤友作、僕のお金の哲学を語ろう」「池上彰氏が推奨する優良株」――。こうした著名人になりすました投資詐欺広告が、フェイスブックやX(旧ツイッター)などのSNSを跳梁している。

SNS上の詐欺広告に引き寄せられて、現金を騙し取られる「SNS型投資詐欺」。被害多発を受け、SNSなどを運営するプラットフォーム事業者に対する規制を強化する動きが強まっている。

自民党でこの問題に取り組む「著名人にせ広告・なりすまし等問題対策ワーキングチーム」(座長・平井卓也衆議院議員)は5月24日、政府への提言案を示した。ワーキングチームは総務省、経済産業省、金融庁などと連携し、詐欺被害を減らすための政府一丸となった対策を求めている。対策の詳細は犯罪対策閣僚会議での議論を経て、6月中にも公表される見通しだ。

SNSに掲載される広告を舞台にして、いったい何が起きているのだろうか。そして、この問題を解決するために必要なことは何なのだろうか。

直近3カ月だけで219億円の被害

まずは被害の実態を見ておこう。SNS上の広告で著名人・有名企業の名前や写真を無断使用し、主催するセミナーや投資ビジネスへ勧誘する詐欺は、文字通り”爆増中”だ。

警察庁の調べによると、2023年のSNS型投資詐欺は認知件数2271件、被害額278億円だった。ところが2024年に入ってから急増する。2024年1〜3月の3カ月だけで被害の認知件数は1700件(前年同期比6倍以上)におよび、被害額は219億円(同約7.5倍)にもなっている。


被害の最高額は4億5000万円と高額だ。今年1月には、非課税期間の無期限化や非課税上限額の拡大によって個人の株式投資を促進する新NISAが始まった。資産運用を国民に広く普及させようと政府が力を入れているのと同期するかのように、投資詐欺被害が増えているわけだ。

投資詐欺だけではない。恋愛感情を抱かせて現金をむしりとるSNS型ロマンス詐欺も横行している。SNSが詐欺の巣窟になっているのだ。

自民党ワーキングチームでは4月10日、投資詐欺集団に名前を使われている実業家の前澤友作氏、堀江貴文氏を招いてヒアリングを実施。その後もメタ・プラットフォームズ(フェイスブック、インスタグラムを運営)、X、グーグル、バイトダンス(TikTokを運営)などの外資系プラットフォーム事業者、国内からはLINEヤフーを招いてヒアリングを行い、どのような対策を行うべきかについて議論を重ねてきた。

「詐欺被害をすぐに止めることが重要。そのためには、あらゆる方法でプラットフォーム事業者に有効な対策を求めていく必要がある」(ワーキングチームの事務局長を務める小林史明衆院議員)

ネット広告の質の向上を目指して長年取り組みを進めてきたクオリティメディアコンソーシアムの長澤秀行事務局長は「外資系プラットフォーム事業者の日本法人の権限、機能不足により、詐欺広告や、詐欺的フェイク記事メディアへの広告掲載が常態化している。日本は、内外からの反社会勢力の資金稼ぎのターゲットになっている可能性が高い。底割れをしてしまった感のある広告のエコシステムを健全化するための取り組みは待ったなしだ」と指摘する。

プラットフォーム事業者は詐欺を幇助?

自民党の提言案では、目先の被害を食い止める緊急対策として、各プラットフォーム事業者に広告出稿時の事前審査を行うように求めている。事前チェックの目をすり抜けて掲載してしまった広告についても、削除基準や対応のために必要な日数を明示するとともに、削除を依頼する窓口を整備することを求める。

また、詐欺集団が公式アカウントを作ることができないように、公式アカウントを作成する際に本人確認実施も要請する。プラットフォーム事業者の刑事責任が問われる場合がある旨も、関係省庁がガイドラインなどを通じて明示することを求めている。

詐欺広告への対応の遅れが目立つメタは、4月に「詐欺対策には社会全体でのアプローチが必要」と、責任回避とも取れるような声明を出している。5月15日、前澤氏はメタ本社とフェイスブック・ジャパンに広告掲載停止と損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こしており、裁判の行方にも注目が集まる。

中には、詐欺広告対策の取り組みを前進させている事業者もある。TikTokを運営するバイトダンス日本法人では、事前審査を行う体制を整備。クローズドチャットを遷移先とする広告を排除している。グーグルは2023年からLLM(大規模言語モデル)を活用した高度な詐欺広告排除システムを稼働させており、広告の正常化に向けた投資を増やしている。

ただし、プラットフォーム事業者のチェックだけに頼ることはできない。「詐欺広告なのかどうか」を事前に見破ることは容易ではないためだ。

著名人の動画などをAI(人工知能)で加工して本人の許可なく使っているのであれば、判断しやすい。ところが、広告だけで詐欺と特定するのは難しい場合がある。

「今こそ株式投資を始めよう」「株式投資の勉強を始めよう」などと、一見クリーンな広告が入り口となり、その奥に別の事業者をブリッジさせて詐欺行為を行っているケースが多い。審査段階でその全体構造をつかむことは難しいのだ。

そこで必要になるのが、警察による犯人の摘発強化だ。詐欺集団が「SNS型投資詐欺は割に合わないもの」と考えるように、捜査体制を構築する必要がある。警察庁では、2023年7月からサイバー犯罪や「匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)」に対応するための体制強化を行っているが、そこにSNS型投資詐欺も含め、摘発を進めていくことが重要になる。

広告主側は出稿をやめないのか

プラットフォーム事業者の詐欺対策を促進するうえで、もう1つ見逃してはいけないポイントがある。

プラットフォーム事業者を支えているのは広告収入だ。収入の柱になっているのは金融、自動車、食品など世界の名だたる企業からの広告だ。多くの大企業がSNSなどに莫大な広告費を投入し続けている。

小林議員は「今回の問題に関連して、多くの広告主企業と話をした。詐欺広告が載っているようなプラットフォームへの広告を出すのをやめないのですか、と。すると、広告をストップした途端に売り上げが減るので、やめるのは難しいという回答だった。まさにデッドロック状態。民間に任せておくと動かない。だからこそ、政府の役割が重要になっている」と指摘する。

確かに広告主の動きは鈍い。詐欺広告への対策が不十分なプラットフォームには広告を出さないことを検討する、と表明するだけでもインパクトは大きいのだが、目立った動きはない。広告主は、自らの意思で広告を出すプラットフォームを選んでいるため、詐欺広告と一緒に掲載されることを看過していることになる。

またSNS型投資詐欺の広告はプラットフォーム事業者が運営するアドネットワークを通じて、基準を緩めてでも、できるだけ大きな広告収入を得ようとするネットメディアにも掲載されている。

ブランドを重視する広告主が「質の悪い広告が掲載されているネットメディアには広告を掲載しない」と宣言すれば、たちまちメディアも襟を正すだろうが、多くの広告主は目先のクリック数に目を奪われ、全体のエコシステムが抱える問題には無頓着なままだ。

ネット広告の品質に関する議論は今に始まったことではない。

前出の長澤氏は2014年に28人のメディア関係者への取材をもとに『メディアの苦悩』を上梓しているが、指摘している問題の本質は変わっていないという。「一部のプラットフォームに依存することで生じる問題については10年以上議論してきた。詐欺集団まで入り込んできて底が抜けたようになってしまった今こそ、いよいよ変わらなければならない」と、広告主やメディアの軌道修正を訴える。

「広告は嫌われ者。それをユーザーに受け入れてもらうためにコンテンツメディアの包み紙につつみ、広告クリエーティブに粋をこらしてお届けして、ようやく見てもらえる存在だ。これはアナログでもデジタルでも変わらない人の感性原理だ。にもかかわらず、プラットフォーム事業者が主導してきたネット広告は、ユーザーの好意度とか信頼度を踏みにじるような土足マーケティングをしてきた。そのなれの果てが、なりすまし広告の蔓延。広告主もメディアも、そして広告代理店も、社会的課題になっている今こそ軌道修正する必要がある」(長澤氏)

広告主、メディアの覚醒が必要

広告主には、一部の良質なメディアへ出稿できるPMP(プライベート・マーケット・プレイス)を活用したり、メディアへの直接出稿に切り替えていく選択肢がある。ユーザーには、アドブロックソフトを使って、広告を表示させないようにするという選択肢がある。

こうした動きはまだまだ少数派だが、選択肢はあるのだ。広告主やユーザーがプラットフォームから逃げる動きが始まれば、プラットフォーム事業者の収益を直撃する。尻に火がつくわけだ。そうなれば、政府からのお小言がなくても、率先して質の改善に乗り出していくことになるだろう。

「ネットサービスの多くは広告収入で成り立っている。だからこそ広告のエコシステムが健全な形にならなければいけない。諸外国とも歩調を合わせて、プラットフォーム事業者への規制を進めていきたい。広告主やメディアの今後の動きにも注目していきたい」(小林議員)

SNS型投資詐欺による被害を減らしていくために、政府による規制強化が必要になっている点は間違いない。しかし同時に、広告主、メディアの覚醒が求められているのである。

(山田 俊浩 : 東洋経済 記者)