金曜日朝8時半過ぎのロンドン地下鉄レスタースクエア駅。平日のほかの曜日ならラッシュ時のはずだが人影はまばらだ(筆者撮影)

コロナ禍中に奨励されたテレワーク。イギリスでは、自宅などからのリモート対応で仕事をする習慣がそのまま維持されたことで、毎朝定時に出勤する人の数が大きく減っている。そんな中、ロンドン交通局(TfL)は今年2024年の3月から、金曜日の運賃設定を土日などと同じく休日扱いとするトライアル運用を始めた。

地下鉄やバスを運営する公共機関が「金曜日は週末」と認定したことは、人々の暮らしにも変化をもたらすのではないか。その現状を追ってみることにした。

コロナ後に激減した「金曜出勤」

イギリスの就業時間は日本の一般的な例と同様、午前9時開始、午後5時半もしくは6時に終了というパターンになっている。ところが、WFH(Work from home=日本でいうテレワーク)の普及が進む中、毎朝出勤する人が大きく減少。とくに金曜日の出勤者減少は顕著だという。

実際に4月中旬の金曜朝、ロンドンの都心にある地下鉄駅に行ってみた。本来なら通勤時間に間に合うようオフィスに駆け込む人々が多そうな午前9時前でも、ホームにはほとんど人がいない。そのまま地上に上がっても、街を行き交う人々の姿はまばらで、まるで日曜の早朝のような雰囲気だ。


通勤時間帯とは思えない金曜朝の地下鉄車内(筆者撮影)

こうした極端な状況は数字の上でも明らかだ。

ロンドンの公共交通の利用状況統計を見ると、このところ金曜日の乗車率はことのほか低い。例えば、4月5日(金)のロンドン市内を走る公共バスの利用率は、コロナ禍前の2019年の同日と比べ約24%減少、地下鉄は27%も減っている。ただ、筆者の実感では半分以下まで減っているのではないかという印象を受ける。学校が少ない都心は通勤利用者が大半を占めるため、減り具合がより顕著なのだろう。

WFHの普及により、金融街のシティーを中心に行われていた仕事後の飲み会も、木曜日が“新たな金曜日”となったことでその様子は様変わりしている。コロナ禍前は金曜日の午後から夕方にかけてパブが混み合っていたが、こうした習慣さえも変わってしまった。


地下深いホームと改札階を結ぶエスカレーターも人影はまばらだ(筆者撮影)

「オフピーク」どれだけ安くなる?

ここで、改めてロンドンの公共交通料金設定の仕組みについて説明しておきたい。

ロンドンでは、通勤・通学者が多い時間帯を「ピーク」と設定。平日の朝6時半〜9時半、午後4時〜7時の時間帯に改札内に入場するとピーク運賃が取られる。一方、土・日・祝日の全日および平日のその他の時間帯は「オフピーク」に設定しており、鉄道(地下鉄や旧国鉄のナショナルレールなど)の片道運賃がピーク運賃よりおおむね3〜4割安くなる。

この「オフピーク」設定が金曜日にも導入されたことで、通勤者にとってはかなりの費用節約が期待できる。具体的には、都心から西郊外にあるヒースロー空港までの移動はピーク運賃だと5.60ポンド(約1100円)かかるが、オフピーク運賃なら3.60ポンド(約710円)にとどまる。また、郊外エリア相互間の行き来はピーク時なら2.80ポンド(約550円)かかるが、オフピーク運賃が適用されれば1.90ポンド(約375円)まで下がる。


金曜朝のロンドン・ウォータールー駅(筆者撮影)

今回のトライアルは3月8日に始まり、5月31日まで実施される予定だ。狙いについて、ロンドンのサディク・カーン市長は「ロンドン中心部のサービス業への支援が主な動機」と述べている。トライアルの実施はTfLにとって2400万ポンド(約47億4680万円)の減収になると見込まれているが、実際には金曜日の地下鉄・バスの運行数も平日より絞っているので、コストもその分減っている。


ロンドン・ウォータールー駅。平日の夕方はそれなりの数の退勤者がターミナル駅を利用している(筆者撮影)

筆者はトライアル開始後の金曜日、日本から来た訪英客とともにロンドンを巡ってみたが、週末と違い欧州大陸などから来る観光客が少ないため、どこでもスムーズに入場でき、地下鉄やバスでも必ず座れるなど、快適に回ることができた。


金曜日午前9時前のロンドン中心部(筆者撮影)

金曜日「週末化」は定着するか

運用開始に当たり、カーン市長は平日の金曜日の交通量が他の曜日に比べて低いことから「経済活動の促進や市内への通勤者増加を目指す」と説明。「公共交通の利用者数を増やし、ビジネス活動の支援方法として効果的かどうかを見極める」とも述べている。ビジネスの活発化のみならず、劇場やコンサート鑑賞、博物館の観覧といった文化活動に参加する人々への経済的な支援も念頭にある。さらに、観光やショッピング、エンターテインメントを楽しむためにロンドンをめぐる人々へのメリットも期待されている。

しかし、一部の市民やカーン市長と対立する政治家などは、このトライアルについて「選挙対策」と批判。「持続可能な交通政策ではなく、短期的な選挙戦への利益を追求しているのでは」との見方もある。

金曜日の「週末化」導入について、効果に対する意見は分かれているのが現状で、人々の受け入れ方もまだまとまりを見せていない。3カ月余りのトライアルの結果が、今後の方針決定に影響を与えることになるのは間違いない。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)