静かなラグジュアリーのトレンドはいまも盛況だ。ハンドバッグ、プレタポルテ、そして最近のスニーカーに続き、控えめなデザインを取り入れた最新のカテゴリーが、高級時計業界である。

時計マーケットプレイス、クロノ24(Chrono24)のCEOであるティム・ストラッケ氏は、エレガントで控えめな時計で知られるパテック フィリップ(Patek Philippe)やリシャール ミル(Richard Mille)といったブランドの成長には、さまざまな要因が寄与していると語る。

「静かなラグジュアリーのトレンドは、派手さも知名度もない特定のブランドへの欲求を反映している」とストラッケ氏は語り、その有力な例としてグランドセイコー(Grand Seiko)を挙げた。「(グランドセイコーは)コレクターのあいだではロレックス(Rolex)と同じような評価を得ているが、それを知る人はかなり少ない。時計に詳しくない人がグランドセイコーを見ても、それがどれだけ高価でよくできているのかまったく理解できないかもしれないが、鑑定家ならすぐにわかるだろう」。

パテック フィリップは昨年売上が80%急増し、リシャール ミルは2022年の15%増に加え、今年も15%増を記録している。これらのブランドは投資としてもうまくいっており、時計コンサルタント会社のジ・アワーマーカーズ(The Hour Markers)によれば、静かなラグジュアリー時計は最初の5年間で最大40%も価値が上昇している。同社は「静かなラグジュアリー時計」をA.ランゲ&ゾーネ(A. Lange & Söhne)、ヴァシュロン・コンスタンタン(Vacheron Constantin)、パテック フィリップ(Patek Philippe)、ジャガー・ルクルト(Jaeger-LeCoultre)などのブランドの時計だと定義している。

トレンドの変化や景気が控えめな高級時計の需要を牽引



静かなラグジュアリー時計への欲求の高まりの一因は、単純にトレンドの変化にある。しばらくのあいだ、時計のケース(風防、文字盤、ムーブメントを含む部分)は年々大きく、派手になり、中には60ミリに達するものもあった。参考までに、従来の標準的な男性用腕時計のケースは40mm前後である。だが、たとえば今年のウォッチズアンドワンダーズ(Watches & Wonders)のショーケースで主流となっていたのは、36mmほどの小型の時計だった。

ストラッケ氏によれば、昨年から大型の時計が好まれなくなったため、時計のケースサイズは縮小傾向にあるという。しかし、控えめな高級時計の需要を牽引しているもうひとつの要素は、景気にある。

「人々が電気代を払えず、世界中で戦争が起こっていて情勢が不安定な時代こそ、我々の顧客が派手ではないブランドを求める時だ」とストラッケ氏は言う。

今年20周年を迎えるクロノ24は、世界最大の時計マーケットプレイスである。昨年初めには10億ドル(約1501.5億円)の評価を受け、7月にはサッカーのスター選手、クリスティアーノ・ロナウド氏が投資家となった。

犯罪に対する恐怖も目立たない時計を求める動機に



人々が自暴自棄になっている時代には富を誇示することが魅力的ではなくなるという考えは、静かなラグジュアリーの支出の牽引力としてよく知られている。最後に密かな富が流行したのは2000年代後半で、世界的な不況と重なり、セリーヌ(Celine)やザ・ロウ(The Row)のような静かなラグジュアリーブランドが脚光を浴びた。

時計マーケットプレイスのホディンキー(Hodinkee)のCEO、ジェフ・ファウラー氏は4月、Glossyに対し、犯罪あるいは少なくとも犯罪に対する恐怖もまた、控えめな時計を求める動機になり得ると語っている。

「1万ドル(約150万円)もするロレックスGMTを身に着けていたら、その時計が狙われて襲われるかもしれない」とファウラー氏。「一方で、パテック フィリップの2499をどこに行くにも身に着けていて、まったく気にしていない人を知っている。ロレックスの70倍もする値段の時計だが、ほとんどの人は認識すらできないからだ」。

そして、服やアクセサリーにおける静かなラグジュアリーといえばフィービー・ファイロ氏時代のセリーヌやブルネロ・クチネリが定番の名前となっているように、時計においてもパテック フィリップやパルミジャーニ・フルリエ(Parmigiani Fleurier)のようなブランドが同様の扱いになっているとファウラー氏は語る。

「このようなブランドは、基本的に時計におけるゼニア(Zegna)やロロピアーナ(Loro Piana)なのだ」 とファウラー氏は述べている。

[原文:Watches are the next frontier for quiet luxury]

DANNY PARISI(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)